
Text by 原里実
「社会を変えなければ、誰かが無理をし続けることになる」――作中のそんなセリフが印象的だ。
1月からフジテレビ系「木曜劇場」枠で放送されているドラマ『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』は、さまざまな「無理」を強いられ、極端な「AかBか」で分断され続ける現代社会の様相を描写しながら、現状をよりよく変えるための「AでもBでもない第3の道」を見出すヒントを与えてくれる作品だ。
不祥事で退職を余儀なくされたテレビ局の元報道マンが、名誉挽回のため選挙の当選を目指し、イメージ向上を狙ってシングルファーザーの義弟とその子どもたちと暮らす――あらすじだけを見ると、タイトルに偽りなく「最低」なんじゃないかと思わされる主人公・大森一平。演じるのは、11年ぶりにフジテレビ系連続ドラマで主演を務めることとなった香取慎吾だ。
慣れない子育てに悪戦苦闘する一平は、変わりゆく価値観や社会の構造的な問題に直面するなかで、徐々に目の前の人々への共感を募らせていく。そして、やがて社会を変えていくことに本気で熱意を抱きはじめる。作中で取り上げるテーマは、同性婚や労働問題、再開発問題、既得権益との戦い、などなど。どのトピックも、いままさに現実の日本社会が抱える課題であり、ないがしろにできない事柄だ。
そうした課題と向き合い続けた一平は、果たして選挙で勝つことができるのか? そして、社会をどのように変えていこうとするのか? 3月20日22:00から放送される最終回でどんな結末が描かれるのか、いまから楽しみだ。
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※本記事は、『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』に関するネタバレを含みます。
—本作は香取慎吾さんの11年ぶりのフジ主演作でもありました。香取さんに主演を依頼した理由や、ご一緒されるなかで感じたことを教えてください。
北野:今回、香取慎吾さんに主演をお願いした理由は「光と影」の両面を演じ分けられる絶妙なバランス感覚のお芝居の力があると感じていたからです。選挙のために次々と家族や周囲の人たちを利用していく最低男でも、香取さんが演じることで、「本当は悪い人ではないのではないか」「最後までこの主人公の行く末を見届けたい」と思わせる魅力があると思っています。
香取慎吾演じる大森一平と、その姪・小原ひまり(演:増田梨沙)、甥・朝陽(演:千葉惣二朗)©フジテレビ
北野:ドラマ『人にやさしく』などで演じられてきた光の部分、映画『凪待ち』などで演じられてきた影の部分、その二面性の魅力を一つの作品で同時に引き出すことをチーフ演出の及川拓郎監督たちとともに心掛けました。
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一平の義弟役は志尊淳が演じた(写真左)©フジテレビ
—同性婚や不登校、働きながら子育てすることなどさまざまな社会課題に向き合った本作に対しては、同じように悩んでいる当事者の方からSNSなどを通じて多くの感想が届いたと思います。それらを見てどのように感じていましたか?
北野:おかげさまで初回から毎話それぞれの課題の当事者の方々からあたたかいメッセージをいただいております。例えば、第3話の不登校の回では、当事者の親御さんから香取さん演じる一平の「学校に通っている子も偉いし、通えなくても自分なりに勉強している子も偉い。それぞれの子どもに合わせた多様な学びの場を確保することが大事だ」というセリフに救われたという声を多数いただきました。
また、第6話は反響が最も大きい回でした。奥野瑛太さんが演じた、ひまりの実の父親が自殺を踏みとどまるこの回は、多くの方々から心が救われたという声が届きました。脚本家の蛭田直美さんの書かれた圧倒的な脚本のチカラに触発され、香取さん・志尊さん・奥野さんの3人が想像を超える素晴らしいお芝居をしてくださいました。
奥野瑛太演じるひまりの実父・中林康太(写真右)©フジテレビ
北野:自殺して娘に保険金を残そうとする実父に対して、『死んで嬉しいなんて、そんな社会は間違っている』という香取さん演じる一平のセリフに、大げさではなく、自殺を踏みとどまれる人がいるのではないかと思っています。
—ドラマ『フェイクニュース』の際、CINRAにて「今起きていること(社会的な課題や問題)をニュースのようなスピード感で、ドラマにしてみる試みをしたい」「記者からドラマ部に来たのも、『社会的なテーマを、エンターテインメントを通して、世に問いたい』という思いがあった」とお話しいただきました(該当記事はこちらから)。ここまでその試みを続けてこられて、感じている手応えや思いを教えてください。
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ドラマというエンタメの殻に包んで、多くの人に社会課題やその先にある希望を伝えることができ、さらには人の心を動かせるという点でも、より良い社会を築くための一助となる大きな可能性があると感じているところです。
—本作はアクチュアルな社会的なテーマを扱うファミリードラマであるだけでなく、主人公の経験が具体的な政治活動に結びついていく点がユニークだと感じます。こういった構成を採用した背景を教えてください。
北野:日常の問題は政治につながっていて、個人で解決するには限界があるというところが出発点にあります。取材を進めると、令和の時代の家族ドラマをつくる際に、個人・家族・地域・周りの人たちの絆だけで解決していい問題ではないと感じました。そこから発想して、「ニセモノ家族×選挙ドラマ」というジャンルの掛け算をしようと考えました。
そのうえで、エンタメ作品に仕上げるため、まずは主人公を愛すべきキャラクターにしようと。そして1話から8話までの「ニセモノ家族ドラマ編」のなかで、視聴者の方にも彼と一緒に「家族や地域の問題は、政治的な解決が必要だ」と実感してもらえたらと考えました。
それから9話以降、「選挙ドラマ編」として主人公が立候補していく選挙ドラマを持ってくることで、小難しいドラマだと避けられることなくスムーズに見ていただけるかなと考えました。
堺正章演じる現江戸川区長・長谷川清志郎と区長戦を戦うことになった一平。選挙の結果は果たしてどうなるのか?©フジテレビ
—本作が、視聴者の方々にどのようなことを感じて・考えてほしいとつくられた物語なのか、あらためて教えてください。
北野:香取慎吾さんの11年ぶりのフジテレビ連ドラ主演作を楽しんで見てもらえるのが一番だと思っています。少しだけ補足させていただきますと、9話から最終話までの「選挙ドラマ編」は特にいま起きている社会情勢や政治状況をニュースのようなスピード感で取り込んだものになっていると思っています。
とは言っても、いまの選挙戦では現実のほうが想像を超える出来事が起きていて、現実がフィクションの先をいっているように見えてしまうところがあるので、そうした現実をどう物語の力で超えていけるかみたいなところは意識してつくりました。
脚本家の蛭田直美さんの珠玉の物語、香取慎吾さんや安田顕さんら俳優陣の選挙戦での熱演にぜひ注目して最終話を見ていただければ、こちらが届けたいと思ったメッセージは必ず伝わると信じています。
©フジテレビ