セブン&アイ・ホールディングスは、井阪隆一社長が退任し、5月27日に予定している定時株主総会の承認によってスティーブン・ヘイズ・デイカス社外取締役が後任に就く人事を発表した。デイカス氏は米国カリフォルニア州出身で、同社初の外国人社長となる。
セブン&アイが買収提案を受けているのは、日本企業ではなくカナダのコンビニ大手であるアリマンタシォン・クシュタール社だ。クシュタール社はファミリーマートが買収して消滅した「サークルK」などを運営しており、米国のコンビニ業界では「セブン-イレブン」に次いで2位の企業である。
クシュタール社は日本のコンビニにあまり関心がなく、米国のコンビニ事業でシェア拡大を狙っているといわれる。そこでセブン&アイは、日本のみならず米国の小売事情にも詳しい、国際感覚に長けたプロ経営者をトップに据えて、経営危機を乗り切ろうとしているわけだ。
社長に就くデイカス氏は、ファーストリテイリングや西友など名だたる企業で要職を歴任し、2022年にセブン&アイの社外取締役に就任。2024年4月には筆頭独立社外取締役となっていた。
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母親は日本人で、日本語も堪能である。幼少期に実家がセブンのフランチャイズ(FC)店を経営しており、当人も店番をしていたという。記者会見からは「知日家で、FCオーナーの気持ちがわかるセブン愛ある思慮深い人物」かつ「日米ビジネスのエキスパート」といった印象を抱いた。
もちろん、デイカス氏はクシュタール社からの買収提案にくみせず、独自路線を貫く方針だ。
●ファンドの言いなりで、求心力を失った
井阪氏がトップに立ったセブン&アイの9年間は、グループ全体がコンビニ事業に寄りかかった“一本足”の経営から、脱却できなかった。カリスマ性のある鈴木敏文氏から経営を受け継いだものの、イトーヨーカドー、そごう・西武の不振というグループの経営課題を解決できなかった。
結果的にそごう・西武やヨーク・ホールディングスを切り出したものの、いわゆる「物言う株主」である米国投資ファンド、バリューアクト・キャピタル・マネジメントからの「コンビニのみに経営を絞るべき」という提案に右往左往し、対策が後手後手に回った。
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結果的にバリューアクトの言いなりになったように、コンビニ事業に集中することになる。事業多角化による負の側面は「コングロマリット・ディスカウント」と呼ばれる。セブン&アイは事業間の相乗効果を生み出せず、株価が低迷していたといえ、バリューアクトはそこに警鐘を鳴らしていたのだ。
最終的には頼みのセブンも不調になって、今回の発表は井阪氏の引責辞任と見る向きも多い。本記事ではあらためて、井阪氏が率いたセブン&アイの9年を振り返り、デイカス氏が取り組む問題をあぶり出してみよう。
●PB立ち上げで権力を掌握も、終幕はあっけなかった
2016年、社長に就任した井阪氏は、セブン-イレブン・ジャパンの大卒社員1期生であり、商品開発のエキスパートとして歩んできた。プライベートブランド「セブンプレミアム」の立ち上げでは、中心的な役割を果たしたという。
社長就任の背景には、大株主である創業家・伊藤家の意向があったとされる。世代交代を主な理由として、絶対的権力者の鈴木氏を引きずり下ろしたというのが通説だ。
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伊藤家に視点を移すと、グループ創始者である故・伊藤雅俊氏の長男、裕久氏が鈴木氏の後任を期待されていたが、2002年にイトーヨーカ堂の専務を突如退任。代わって鈴木敏文氏の次男である鈴木康弘氏が台頭し、2015年にセブン&アイ取締役となった。康弘氏がそのままセブン&アイの次期社長になると目されたが、井阪氏を担いだ伊藤家のクーデターにより、敏文氏のみならず康弘氏も取締役を辞任している。
伊藤家はクシュタール社からの買収を逃れるため、MBOを実施して非上場化を狙うものの、自社株を買うための9兆円という巨額の資金を調達できずに断念。当てにしていた伊藤忠商事も出資を断念した。
●セブン&アイの株価は低すぎる
井阪氏の退任は、伊藤家のつたない策謀やリーダーシップ不足の巻き添えとなったような形だ。しかし、記者会見では「過去の総合小売業を目指す方向からの転換にめどが立った」「国内外のコンビニ事業にフォーカスし、食を中心とした世界トップクラスのリテールグループを目指す」「そのために、今までと異なる施策が必要なフェーズに入った」と、社長交代の意義について力説するなど、案外サバサバしていたように見受けられた。
セブン&アイの売り上げは、2024年2月期連結決算で11兆5000億円弱。前期比2.9%減だ。とはいえ国内の小売ではトップであり、NRF(全米小売業協会)によれば、2024年に世界の小売業で8位に入っている。
ところが時価総額は、年商の半分くらいしかない。同じ世界に展開する小売り企業でも、ファーストリテイリングは、年商3兆1038億円に対して時価総額が14兆円超と、4倍以上もある。要するにセブン&アイの株価は安すぎる。
ちなみに、クシュタール社は2024年4月期の売上高が693億ドル、10兆円以上である。時価総額は6兆円以上で、セブン&アイより売り上げが少ないのに、時価総額では上回っている。2021年の東京五輪では、日本のコンビニが世界から評価された。弁当やおにぎりなどのレベルは高い。円安の影響もあるが、世界的にブームである和食の発信地の一つとして、セブン&アイの株価は実力に釣り合っていない。異常な低さ、とまでいえる。
さて、井阪氏が社長に就任したのは2016年5月。2016年2月期は連結営業収益が6兆457億円だった。ここから2024年2月期の数字を考えると、就任期間で売り上げがほぼ倍増した。営業利益も成長している。
主要3事業を見ると、コンビニエンスストア事業は営業収益の大半を海外が占める。井阪体制で海外の売り上げが躍進したわけで、これだけの実績を上げて、何が不満なのか、井阪氏としては納得できなかっただろう。全世界の店舗数も大きく伸びている。
国内は2016年2月末に1万8572店だったのが、コンビニ業界は頭打ちとされながらも現在は2万を超えた。北米でもM&Aを積極的に進め、1万店を超える。20の国と地域に進出しているが、就任期間でここは大きく伸びておらず、株主から見れば物足りなかったかもしれない。
イトーヨーカドーを中心とするスーパーストア事業は、縮小しながらも利益率は少々改善。ヨーク・ホールディングスはベインの保有株式比率が6割、セブン&アイと創業家が4割として再出発し、3年以内の上場を目指すという。井阪体制でできなかったイトーヨーカドーの再建を、3年で成し遂げられるかは疑問だ。売却済みの百貨店事業は、2016年から売却前の2023年にかけて6割ほどに営業収益が縮小し、スーパーストア同様に利益率が低いまま推移していた。
ヨーカドーやそごう・西武を再建するため分散していた人材を、セブンだけに集中させれば、もっと業績を伸ばせる可能性はあるだろう。2026年以降に、米国事業会社を上場させるプランもある。
●日米の「コンビニ」は、似て非なるものだ
クシュタール社は3月13日、創業者かつ会長のアラン・ブシャール氏が来日して記者会見を行い、あらためてセブン&アイ買収の意欲を示した。しかし、同じ「コンビニ」でも、米国のサークルKと日本のセブンは別物だ。
クシュタールの売り上げで大半を占めるのは、ガソリンスタンドなどの道路運送用給油事業である。クシュタールに、日本の食にこだわるコンビニを経営できるとは到底思えない。北米セブンもガソリンスタンドに売り上げを依存しているのは同じだが、日本で培ったフレッシュフードのノウハウを生かして業績回復を目指す。
デイカス新社長には、日本と海外、特に日米におけるコンビニの違いを踏まえた上で、適切な施策を打つことを期待する。国内ではまず、批判の絶えない“上げ底弁当”疑惑の解消から始めてはどうか。
(長浜淳之介)
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