外食大手の2024年10〜12月の営業利益がおおむねコロナ前を上回った、という報道がされるようになった。周知の通り、多くの外食産業はコロナ禍で甚大なダメージを受けたし、そこから復活したというのは日本経済にとって喜ばしいことだ。実際に外食大手企業の直近の業績を並べてみた(図表1)。確かにほとんどの企業が増収増益を達成しているし、その伸び率も割と大きい。
【画像】外食大手の直近業績、所得階層別エンゲル係数(公開情報をもとに筆者作成)
図表1でまとめた業績を見る限り、外食業界は順調にみえる。ただ、既存店データを見てみると、手放しで安泰とはいえないようだ。既存店売上の対前年増減率を見ると、業績と同様に多くの企業が増収を維持しているものの、客数を見るとマイナスに転じているケースが多い。
ざっくり言えば、少しずつ実施した値上げの効果で客単価が上昇し、客数が減っても売上が若干プラスになっている、というほうが実態に合った見方といえるだろう。
図表2は、主な上場外食チェーンの既存店売上・客数・客単価を分解して開示している企業を任意に抽出し、既存店売上の前年同月比増減率を並べたものだ。
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マイナスになっている月を網掛け表示してみたところ、マイナス目立つのはくら寿司、かっぱ寿司を展開するカッパ・クリエイトの2社ぐらいだろう。回転すし業態については米をはじめとした原材料価格高騰の影響もあり、コスパの維持に苦しんでいるようだが、その他の企業は順調に推移しているようにみえる。
図表3は、同じ銘柄で既存店客数の増減率を抽出したものであるが、こちらでは一転して、マイナスの網掛け部分がかなり多くなっている。つまり、値上げによって客離れが起きているが、単価の上昇により全体では増収が実現している、という状況が示されている。
●実質賃金の低下と消費者の財布事情
業績的には売り上げが上がっていれば問題ないともいえるし、値上げ自体は現時点では成功しているともいえる。ただし、今後も客数の減少が続けば、次期の減収要因となりかねない危険をはらんでいる。
客商売において、来店してもらうことのハードルは非常に高い。当然ながら、店に来てもらえなければ単価で補うこともできない。筆者が懸念しているのは、物価上昇を背景に実質賃金のマイナスが続き、消費者の財布のひもがかなり固くなってきていることだ。
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消費者にとって、食品やエネルギー(水道光熱費・燃料費)への支出は削ることが難しいが、外食への支出の優先順位は相対的に低い。外食への予算配分が減少しつつある兆しと捉えるならば、業界としては見過ごしてはならない。
実質賃金(賃金上昇−物価上昇)の定例支給分に関しては、ここ数年ずっとマイナスで推移している。大企業を中心に賃上げが進んだことでマイナス幅は縮小傾向にあるが、中小企業勤務者に関しては依然として水面下から浮上していない(図表4)。数年間続いているその累積を考えると、消費者の財布はコロナ前に比べてかなり目減りしているのが実態だ。
最近、消費者のエンゲル係数が急上昇していると報じられることがある。ただし、このエンゲル係数に関しては、所得階層によって二極化が進んでいるという事実は、あまり報道されていない。
図表5は、家計調査データから、所得の高い層と低い層の世帯支出に占める食品購入額の割合(≒エンゲル係数)の推移を示したものである。直近1年を見るだけでも、所得の少ない世帯の逼迫ぶりがよく分かる。
大企業勤務者などの高所得層では賃上げが進み、負担増がある程度抑えられているが、賃上げの恩恵が及ばない中小企業勤務者らの負担はもともと高い上に、さらに加速している。今後もこの差は広がる見通しだ。中小企業では価格転嫁交渉がようやく始まった段階であり、賃上げはそのさらに先にあると考えれば自明である。
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こうした状況下で、支出優先度の高くない外食需要に対しては、今後、消費者の財布の二極化を意識した対応がこれまで以上に求められてくる。
●「客層別価格」の必要性
では、どのような対応が必要かといえば、「顧客層別の価格設定」がキーワードになると筆者は考えている。外食チェーンでは、全国または広域に店舗展開していても、価格は一律というのがこれまでの一般的な手法であった。
しかし、最近ではマクドナルドやすかいらーくが展開するガストなど、一部のチェーンでは店舗の周辺環境に応じた地域別の価格設定を導入する例が増えている。考えてみれば、地域によって所得水準もコストも異なるのだから、マーケットに応じた価格設定の方が道理にかなっている。
地方の消費者にとっては、生活圏内での相対的適正価格が判断基準となるため、大都市圏と同水準の価格ではコストパフォーマンスに見合わない。今後さらに二極化が進めば、価格の高い都市型の店は敬遠されるのも当然だ。市場の把握と、きめ細かい価格設定が大手チェーンにはより一層求められるようになるだろう。
少し前には、カレーの大手チェーン「CoCo壱番屋(ココイチ)」が値上げ後に客数減へ転じたことが話題となった。全国展開するココイチでは地方店舗も多く、少し具を多くすれば簡単に1000円を超える今、「高い」と感じるのは当然かもしれない。
筆者は具の少ないメニューで1000円未満に抑え、今でもよく通っているが、他の店に行くようになった人が多いのもうなずける。実際、地域別価格を採用しているマクドナルド、すかいらーく(ガスト、バーミヤン)、餃子の王将、リンガーハット、大戸屋、スシローなどの客数は、偶然かもしれないが、おおむねプラスで推移している。
●DX化と外食業界の未来
こうした理屈は以前から存在していたが、従来はマーケティングやデータ分析が困難で、コストも見合わなかったため実施されてこなかったのだろう。しかし近年は、企業のDX化や決済手段のデジタル化が進んだことで、店舗ごとの市場分析や検証も技術的に可能になってきている。
外食におけるDX化といえば、注文の無人化やロボットによる配膳といった省人化が想像されがちだが、本質は顧客行動のビッグデータを収集し、顧客ニーズをより正確に把握・分析し、マーケティングへ活用することにある。
広域に展開する大手チェーンこそ、DXインフラを活用して市場を細分化すべき段階に来ている。
標準化(店舗の仕様やオペレーションを統一すること)はチェーンストア理論の基本ではあるが、全国どこでも同じ店を多数出店し、統一オペレーションによって利益を最大化するという単純なスケール戦略は、市場が縮小しつつある日本では今後、通用しなくなっていくだろう。
地域や顧客層、時間帯などに応じて、よりきめ細かく対応していくことが必要な時代に入っている。DXを活用した緻密なマーケティング基盤を持つ企業こそ、二極化しつつ縮小していく国内市場で生き残れるはずだ。
●筆者プロフィール:中井彰人(なかい あきひと)
みずほ銀行産業調査部・流通アナリスト12年間の後、独立。地域流通「愛」を貫き、全国各地への出張の日々を経て、モータリゼーションと業態盛衰の関連性に注目した独自の流通理論に到達。執筆、講演活動:ITmediaビジネスオンラインほか、月刊連載6本以上、TV等マスコミ出演多数。
主な著書:「小売ビジネス」(2025年 クロスメディア・パブリッシング社)、「図解即戦力 小売業界」(2021年 技術評論社)。東洋経済オンラインアワード2023(ニューウエイヴ賞)受賞。
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