
クックパッドのポッドキャスト番組「ぼくらはみんな食べている」。食や料理に熱い思いを持ち活躍するゲストを迎え、さまざまな話を語ります。クックパッド初代編集長の小竹貴子がパーソナリティを務めます。第30回目・31回目のゲストは、料理研究家のウー・ウェンさんです。
家庭料理に関してはみんな“凡人”
小竹:まずはウー・ウェンさんのプロフィールをご紹介します。中国・北京生まれ。文化大革命や天安門事件といった激動の時代をくぐり抜け、1990年に26歳のときに仕事で来日。その後、日本人の方とご結婚され、2人のお子さんに恵まれます。お母様から受け継いだ小麦粉料理が評判となり、料理研究家の道へ進み、中国に伝わる家庭料理の味を日本の素材で気軽に作れるように工夫を凝らして紹介。クッキングサロンの主催に留まらず、さまざまなメディアで料理を通じて日中の懸け橋となるべく日々奔走されていらっしゃいます。
ウーさん(以下、敬称略):よろしくお願います。
小竹:ウーさんの著書『10品を繰り返し作りましょう』は、「第10回料理レシピ本大賞in Japan2023」のエッセイ賞を授賞されていますが、私は特別審査員をさせてもらっていたんです。その授賞式でのウーさんのスピーチがすごく感動的で、思わずメモを取ったので読ませていただいてもいいですか?
ウー:はい。ありがとうございます。
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小竹:「日本に来て34年。豊かな日本で家庭を持ち、子どもたちにはいろいろなものを食べさせようと頑張ってきたが、結果として食卓はいつも季節の食材で、いつもの料理が一番人気だと気づいた。いつもの料理を繰り返し作ることにより、それが自分の十八番になり、そう言えることはとても楽になること」といったお話をされていました。
ウー:そうですね。
小竹:私も子育てや食事作りなどで日々バタバタしていたので、この言葉を聞いてすごく楽になった記憶があります。ウーさんも慣れない土地で大変でしたか?
ウー:言葉から何から、慣れないことしかなかったです。子どもも日本で生まれて日本で育つには、日本での全てをわかっていかないといけないので、私も一緒に勉強しながらという感じでした。
小竹:そうですよね。
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ウー:あと、食べ物が子どもたちを育てるし、健康も維持しないといけないけれど、日本はいろいろな料理を食べますよね。今日は中華、明日はイタリアン、明後日は和食といった感じで…。だから何を食べさせればいいのかに迷う日々でしたが、一生懸命作った料理もそんなに感動して食べてもらえない…。
小竹:わかります! ウーさんでもそういうことがあるのですね。
ウー:ありますよ。もう疲れ切っちゃって、今日はチャーハンか焼きそばでいいかと思って作ると、それは逆に1粒も残さずに食べる(笑)。「今まで私は何をやっていたの」と思って、なんか悲しくなっちゃって。初めてお母さんになったので、周りの影響もものすごく受けてしまっていたから、それは自分でも疑問を持つようになったんです。
小竹:うんうん。
ウー:結局、自分ができることや子どもたちが本当に望んでいることが大事で、「今日はこれを作ったらみんなが喜んでくれたからよかった」みたいに、もっと楽に考えるように切り替えたんです。
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小竹:大事ですよね。
ウー:ある日、娘が夜なのに「サンドイッチが食べたい」と言い出したんです。娘はすごくきゅうりが好きで、息子はきゅうりを見るのも嫌で卵が大好きなんです。だから、きゅうりと卵だけのサンドイッチとスープを作ってあげたらすごく喜んでくれたんです。
小竹:うんうん。
ウー:一食一食、豪華な物を食べさせるより、食べたいものや食べて喜んでくれるものを食べさせてあげたほうが自分の励みにもなる。一番のきっかけはそこでしたね。
小竹:ウーさんの料理はシンプルで研ぎ澄まされたイメージがありますが、悩みながら子育てをした時期もあったと聞いて、少しホッとした感じもあります。
ウー:言葉を選ばずに言うと、家庭料理に関しては全員凡人じゃないですか。作る人も凡人で食べる人も凡人なんだから、そんな特別なものではなくて、食べたいものを作るのが一番いいと思いますよ。
日本の“水”のおいしさにカルチャーショック!
小竹:日本での生活ももう35年になるそうですね。
ウー:長いですよね。10月でもう36年目に突入します。
小竹:もうカルチャーショックなどはないですか?
ウー:いっぱいありますよ。最初のカルチャーショックは水です。「これは富士山のお水ですごくおいしいですよ」って言われて、水に味があるのかと驚きました。
小竹:中国では水の話はあまりしない?
ウー:お茶の話はしますが、水の話はしないです。お茶は冷たい水では作れないので、加熱をしてちょっと味を付けたほうが飲みやすくなるというのが中国のお茶文化です。日本以外の国でこんなにおいしい水を飲める国はないですよ。
小竹:蛇口をひねったら飲めますからね。
ウー:そうですよね。しかも、その水でなんでも解決できる。食材を洗ったらそのまま食べられるし、喉が乾いたら飲める。水に味があることに最初はすごくびっくりしましたが、最近は私もだんだん水を語れるようになってきました(笑)。
小竹:そうなのですね。
ウー:軟水と硬水はやはりちょっと違うので、中国のお茶を日本でおいしくいただくにはどこの水がいいのかなどが少しわかるようになりました。
小竹:最近はどういった水が好きなのですか?
ウー:中国のお茶は基本的には硬水のほうがいいと思うので、私はいつも岩手の龍泉洞という水を取り寄せています。特に、私が飲んでいるお茶とは相性がすごくいいです。
小竹:中国は油の文化ですよね?
ウー:日本が水の文化であれば、中国は油の文化ですね。だから、炒めもののときには油の温度をうまく利用してコーティングさせることで外は消毒されて、中はまだ生に近い状態が保たれている。日本が水で食材を洗うのと同じように中国は油で食材を洗っていると、いつも生徒たちに説明しています。
小竹:逆に、中国で水が流行ったりはしないのですか?
ウー:広い国なのでいろいろなところで水が汲み取れますし、最近はペットボトルの水なども飲めるようになったのですが、基本的にはお茶を語ります。そもそも漢方の起源はお茶ですからね。
おいしくなる一番のポイントは“時間”
小竹:今日はウーさんに中国の家庭料理を作っていただきながら、お話を伺いたいと思います。何を作っていただけるのでしょうか?
ウー:チャーハンです。我が家に人が来ると、チャーハンとエビチリと焼豚をよく作るのですが、中国には実はお米が2種類あるんです。インディアン米みたいにサラッとしたお米があって、それがチャーハンには最適なんです。ご飯って作りすぎて残ってしまうこともありますよね?
小竹:あります。ラップにくるんだ状態で冷凍庫に溜まっていきますね。
ウー:残ったご飯をもう1回加熱して、さらにおいしくいただくにはチャーハンがいいんです。残りものであっても、もう一度手を加えることでおいしくいただけるのがこのチャーハンです。
小竹:では、一緒に作っていこうと思います。「卵とネギのチャーハン」の材料ですが、2人分でご飯300グラム、卵2個、長ネギは青い部分も含んで10センチ、太白ごま油が大さじ1と2分の1、粗塩が小さじ3分の1、こしょう少々、ごま油少々です。
ウー:残りものだから、わざわざいろいろなものを買ってくる必要がなくてシンプルです。まずはネギを切りますが、私は緑の部分も少し入れます。いろどりがきれいですし、食感や香りも変わるのでね。
小竹:今回は太白ごま油を使いますが、これにはどういう理由があるのですか?
ウー:アジア人にはごまが一番いいと思いますね。油を入れてから火にかけて、この油を温めていきます。
小竹:このフライパンはウーさんがプロデュースされたんですよね?
ウー:ウーウェンパンと申します。深さがあるのが特長で、20年前くらいに作りました。日本の家庭で中華料理を作るときに中華鍋がないといけないと思われがちですが、別に中国の女性たちがみんな使っているわけではありません。中華料理は加熱する料理が多いし、蒸し料理もよくします。蒸し料理はたくさん水分を入れないといけないので、この上にせいろを乗せればいいです。
小竹:では、温めたところに卵を入れていきますね。
ウー:そうしたら油をなじませます。ふわふわになったところにネギも入れたいと思います。
小竹:ウーさんのネギ油を私は常備していますよ。
ウー:ネギ油は万能の調味料です。すべてのうま味がそこから出てくる。そもそも油自体が天然のうま味調味料なので、おいしい油を使ったほうがいいですね。中華料理の最後にごま油を入れるとおいしいとよく言われますが、ごま油がおいしいというよりも、全体のうま味を引き出しているということだと思います。
小竹:なるほど。
ウー:こちらも炒めることでネギのいい香りが出てきましたよね。この香りを何に移したいかというと、ご飯です。なので、ここでご飯を入れます。
小竹:これは朝炊いたご飯の残りものです。
ウー:ここで火を強くしてしまうと卵が焦げてしまうので、すぐに塩を入れてください。塩を入れることで、ご飯がパラパラになりやすいです。あとは、卵の周りにある油をお米の粒の周りに回していればパラパラになってきます。だから、チャーハンは強火で絶対にやらないでください。
小竹:イメージでは強火のほうがいいのかと思っていました。
ウー:ご飯は加熱すればするほど粘りが出るものなので、なるべく粘りを抑えるようにする。それは塩と油で十分です。だから、強火ではなく弱火で周りの水分を炒めることによって蒸発させると、中はしっとりとします。これは日本のお米の特徴ですからね。
小竹:だけど、表面は油でコーティングされているのですね。
ウー:そうです。油があればくっつかないです。ただ、チャーハンはご飯を再加熱をして作るので、しっかりと芯まで温めないとおいしくならないです。
小竹:本には10分くらい炒めると書いてありましたね。
ウー:そうです。じっくり炒めたほうが、お米の周りにコーティングされた油が全体を香ばしくしてくれます。はっきり言って、家庭料理には強火は必要ないかも。だって凡人が作るんだから(笑)。
小竹:そうでしたね(笑)。
ウー:じっくりと炒めているとだんだん香りが出てきます。このネギや卵の香りをご飯と一体化させるのが“時間”なんです。
小竹:弱火でじっくりですね。
ウー:うちの息子がまだ子どもの頃にチャーハンを作ってあげたときには、「まだ? まだ?」と言って10分間も待てなかったんですよ。でも、おいしくなるには時間が一番のポイントになる。早くできるものより時間をかけて作られているもののほうがやっぱりおいしいんですよね。
“チャーハン作り”は2人分から始めるべし!
小竹:中華料理というとお店の料理のイメージがありますが、中国の家庭でもこういったチャーハンを食べるのですか?
ウー:こういうチャーハンをみんな家庭で食べています。日本は生でも食べられるものが多いから、そもそも加熱する料理が少ないですよね。加熱に対する意識がちょっと弱いから、中華料理を見たときに、あんな鍋であんな強火では自分は作れないという思い込みがあると思います。でも、中国の家庭がみんなそうしているわけではないんです。
小竹:あと、油をたくさん入れるとべちゃべちゃしちゃうので控えめにするという考えもあるかも。
ウー:お米を水で炊いていて結構水分が多いから、そんなに油を吸わないんです。だから、全部浮いている状態です。チャーハンというより揚げ飯になっているかもしれない。
小竹:結局、調味料で味付けしてごまかすみたなこともありますね…。
ウー:チャーハンはご飯がおいしくないといけない。焼きそばはそばがおいしくないといけない。シンプルにするのが一番ですね。「飯を炒める」「そばを焼く」という風に名前通りにするのが一番です。
小竹:いい感じに仕上がってきましたね。
ウー:最後にごま油とこしょうを入れます。ごま油は香りがする油なので、絶対にたくさん入れないでください。香り付けなので、たくさん入れれば入れるほど香りが立たなくなる。少ないほうがすごく香りを感じます。これで完成です。
小竹:では、完成したチャーハンをいただきます。口の中に卵とネギの香りがふわっと広がりますね。しかも、全然油っこくないです。
ウー:子どもたちは私の料理は大体すべて好きなのですが、おにぎりだけが不評なんです。私は小麦粉料理をよく作りますが、形のないものから形を作っていくのが小麦粉料理なんです。だけど、ご飯の場合はそもそも形があるので、この形をおいしく食べるには感覚や空間などを大事にしないといけない。だけど、私はすごくきれいな形にしちゃうんです。
小竹:ギューッとしてしまうのですね。
ウー:チャーハンも同じで、ふんわり感を出さないと、噛むときに香りのリズムが出てこないのではないかなと思います。
小竹:油の感じだと、噛みしめたときに日本のご飯のみずみずしい感じが出ないですよね。
ウー:そうです。結局ご飯なので、最初に出てくる香りがネギとか卵とかですが、最後にはご飯しか残っていないですからね。
小竹:ほかにもチャーハン作りで大事にされていることはありますか?
ウー:絶対に強火にしない。あと、一気に4人分とか、あまりたくさん作らないほうがいいです。4人分でも6人分でも8人分でも作れますが、最初は2人分から作るようにして、コツを1つ1つ自分がちゃんと理解した上で、少しずつ量を増やしていけば問題ないです。これは量の問題ではなくて腕の問題ですね(笑)。
小竹:香りの感覚とか火の音の感覚とかをちゃんと理解しないと、同じ状態にならないですよね。
ウー:同じ材料でもならないですね。弱火と簡単に言うけど、アジアの台所は強火、弱火、とろ火しか表現できない。オーブンみたいに何百何十度と温度で言えないので、作っているうちにコツを掴んでいくことが大事ですね。
小竹:ウーさんの書籍の中では、冷凍のご飯は蒸し直したほうがいいと書いてありました。
ウー:自然解凍だと水分が出てしまうので、絶対に蒸し直したほうがいいです。大きさにもよりますけど、1人分なら10分くらい蒸せばいいですかね。
小竹:私も家で復習して、頑張ってチャーハンを4人分作れるようになります。
ウー:作れますよ。私だって今は料理家と言っていますが、もともと凡人からなっているんですから。
小竹:私も35年くらい料理を頑張ればいけるかもしれませんね(笑)。
(TEXT:山田周平)
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【ゲスト】
第30回・第31回(5月2日・16日配信) ウー・ウェンさん
中国・北京で生まれ育つ。ウー・ウェンクッキングサロン主宰。1990年に来日。友人、知人にふるまった中国家庭料理が評判となり、 1997年にクッキングサロンを開設。医食同源に根ざした料理とともに中国の暮らしや文化を伝えている。近著に『最小限の材料でおいしく作る9のこつ』(大和書房)。他著書に『本当に大事なことはほんの少し』『10品を繰り返し作りましょう』(ともに大和書房)、『ウー・ウェンの麺ごはん』『ウー・ウェンの100gで作る北京小麦粉料理』(ともに高橋書店)、『ウー・ウェンの毎日黒酢』(講談社)など多数。
プロフィール写真・福尾美雪
HP: ウー・ウェン クッキングサロン
Instagram: @wuwen_cookingsalon
【パーソナリティ】
クックパッド株式会社 小竹 貴子
クックパッド社員/初代編集長/料理愛好家。 趣味は料理🍳仕事も料理。著書『ちょっとの丸暗記で外食レベルのごはんになる』『時間があっても、ごはん作りはしんどい』(日経BP社)など。
X: @takakodeli
Instagram: @takakodeli