
評判は聞いていたが、まさかここまでとは──。
浦和学院の猛攻を目撃して、そう思わずにはいられなかった。
5月1日、UDトラックス上尾スタジアムで行なわれた春季高校野球埼玉大会準々決勝で、浦和学院は宿敵・花咲徳栄を11対1の7回コールドで破った。バットを力強く振れる打者が多いだけでなく、ミート力が高い打者、バントなど小技を得意とする打者と、バラエティに富んだ役者が揃っている。
森大監督の積極的な用兵もあり、この日は17選手が出場。途中出場の選手も、攻守に存在感を見せている。分厚い選手層と圧倒的な戦いぶりは、衝撃的ですらあった。間違いなく、全国トップクラスの破壊力だろう。
【パワーよりも柔軟性】
その打線の4番に座るのが、右投右打のスラッガー・藤井健翔(けんしょう)である。この日までに高校通算28本塁打を放ち、今後の進路は「プロ一本」を表明する。
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身長181センチ、体重96キロの筋骨隆々の肉体。てっきりウエイトトレーニングで鍛え込んだのかと思いきや、藤井は「基本的にウエイトはあまりやりません」と意外なこだわりを明かした。
「パワーというより、柔らかさのなかで強さを出したいと考えているので。しなやかさを求めています。自分が常に持っている基盤に対して、出力が落ちたなと感じたらウエイトをします。自分の体の確認作業としてする感じです」
理路整然とした話しぶりからは、思考力の高さが伝わってくる。大きな体は父・伸さん譲りで、藤井は「恵まれた体格に産んでくれた両親に感謝です」と語った。
一時は体重が100キロを超えていたが、「体のキレを出したい」と約10キロも減量した。花咲徳栄戦では三塁線の強烈な打球を横っ跳びで好捕し、一塁に向かって鋭い送球で刺すファインプレーを披露。ベースランニングも躍動感があり、重量感のある体であっても動きに鈍重さはない。
花咲徳栄戦では2四球と空振り三振のあと、大器の片鱗を見せたシーンがあった。花咲徳栄の背番号1・正岡大弥の前に2ストライクと追い込まれながらも、藤井は強振。打球はレフト上空に舞い上がる大飛球になった。
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「打った瞬間にいったと思いました」
そう語る藤井だったが、この時、UDトラックス上尾スタジアムの上空は本塁方向へ強風が吹いていた。藤井の大飛球は、逆風に押し戻されてしまう。レフトフェンスに張りついた花咲徳栄の左翼手・田島蓮夢がフライを捕球し、あえなくアウトに。しかし、とてつもない滞空時間に藤井の恐ろしさが垣間見えた。
「自分のなかでは完璧な当たりだったんですけど、もろ逆風で戻ってきた感じでしたね」
【憧れの選手はアーロン・ジャッジ】
今年の埼玉県には、櫻井ユウヤ(昌平)という右投右打のスラッガーがいる。4月中旬の時点ですでに高校通算40本塁打をマーク。ポジションが同じ三塁手ということもあり、藤井は櫻井の存在を意識している。
「コンタクト率が高くて、勝負強いバッターだなという印象を持っています。ライバルではあるんですけど、これからプロで活躍することを考えたら、すごい同級生に対しても圧倒的な結果を残していかないといけないと感じています。今の自分はまだまだなんですけど、圧倒していきたいですね」
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憧れの選手はアーロン・ジャッジ(ヤンキース)。その理由がまた、独特だった。
「打撃成績に偏りがないのがいいですよね。ホームランが多いのはもちろんですけど、打率もそれなりに残すし、打点も多い。均等に数字を残せるのがいいなと感じます」
自身の課題は「得点圏打率があまり高くないこと」ととらえている。それが4番打者の自分に求められる数字だと、自覚しているからだ。ただ単にパワーを求める大砲タイプではない。
現時点で大学・社会人からの誘いを断り、進路を「プロ一本」に絞っている。なぜプロになりたいのか。そう尋ねると、藤井はてらうことなく答えた。
「小さい頃からの夢でもありますし、自分は何かをやるからには一番上を目指したい性格なんです。野球なら、やっぱりプロが最高峰だと感じます。ただ、今はまだ、憧れのほうが強いと感じます。単純に大勢のお客さんの前でプレーしたい思いが強いです」
森監督に退路を断った藤井の決断について聞くと、34歳の若き指揮官は真っすぐにこちらを見て答えた。
「彼にはそれだけの魅力がありますし、『プロ待ち(大学・社会人の内定を得たうえでプロ志望届を提出すること)』はしてほしくないと感じたんです。プロを狙い続けるなかで、泥臭く、プレッシャーに打ち勝ってほしい。本当に努力家なんですよ、彼は。考え方も大人っぽくなってきていますし、あとは結果を残すだけですね」
浦和学院は準決勝、決勝と勝ち上がり、春季埼玉大会で優勝。藤井は2試合で3本塁打と荒稼ぎし、通算本塁打の数を31本としている。17日から始まる関東大会でも、浦和学院は横浜(神奈川)や健大高崎(群馬)と並ぶ優勝候補と言っていいだろう。
浦和学院の恐ろしさが世間に周知されるにつれ、藤井健翔の株も自然と上がり続ける。そんな春になる予感がする。