
今年3月まで放送されていたフジ「119 エマージェンシーコール」に主演していた清野菜名。夫は生田斗真である。
「清野」という名字は「きよの」「せいの」という2つの読み方があり、清野菜名は「せいの」と読む。この「せいの」と読む「清野」のルーツはわかりやすい。
現在のような「名字」が生まれる前の平安時代には、みな「姓(せい)」を名乗っていた。
「姓」は「名字」とは違って数が少なく、とくに朝廷に仕える貴族たちの「姓」は、「藤原」「源」「平」「橘」の四大姓をはじめ、「清原」「大江」「菅原」「紀」「小野」など限られたものだった。昨年の大河ドラマ「光る君へ」でも登場人物の大多数が「藤原」だったことは記憶に新しい。
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また、当時は中国(唐や宋)が圧倒的な先進国であり、朝廷の貴族たちは中国風に「姓」を漢字一字にして呼ぶことも多かった。
藤原氏は「藤(とう)家」といい、ここから藤原氏出身の紫式部は「藤式部(とうしきぶ)」と呼ばれていた。同じように、菅原氏は「菅(かん)家」、大江氏は「江(ごう)家」、清原氏は「清(せい)家」という。清少納言という名前も清原氏出身であることに因んでいる。
平安時代後期頃になると、次第に「姓」とは別に「名字」を名乗ることが増え始め、鎌倉時代には日常生活では「名字」を名乗ることが一般的になる。
多くの人は、「姓」とは別に住んでいる地名などから名字を名乗ったのだが、「姓」から「名字」を作った人達もいた。
ところで、平安時代以前の人物は「姓」と「名前」の間に「の」を入れた。藤原道長は「ふじわら・みちなが」ではなく「ふじわらのみちなが」が正しい。菅原道真や源頼朝も同じで、姓名間には「の」を入れることになっている。
清原氏の一族は「清(せい)家」といったことから、「清(せい)の〜」とも名乗っていた。ここから、姓名間の「の」までを取り込んだ「せいの」を名字にした一族があり、漢字では「清野」と書いたのである。
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現在「清野」は東日本に多く、東北ではほとんどが「せいの」と読むのに対し、関東では「せいの」が7割で、「きよの」が3割ほどと読み方が分かれる。
一方、西日本には「清野」はそれほど多くなく、東日本とは逆に6割ほどが「きよの」である。
清野菜名の出身地愛知県では「きよの」と「せいの」はほぼ半々で、「せいの」がやや多い。
◆森岡 浩 姓氏研究家。1961年高知県生まれ。早稲田大学政経学部卒。学生時代から独学で名字を研究、文献だけにとらわれず、地名学、民俗学などを幅広く取り入れながら研究を続ける。2017年から5年間NHK「日本人のおなまえっ!」のコメンテーターを務めた。著書は「47都道府県名字百科」「全国名字大事典」「日本名門名家大事典」など多数。
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