暴力を振るわれても「月給は多くて30万円前後」…介護業界で働く35歳女性が直面する“現実”「安心して生活ができるか疑問」

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2025年05月23日 09:30  日刊SPA!

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畑江ちか子さん
 2023年11月に上梓された畑江ちか子さんの『気がつけば認知症介護の沼にいた。』(古書みつけ)は、超高齢社会を迎えるこの日本の現状を伝えてくれる一冊だった。
 現役の介護職員である彼女が、業界の未来に思うこととは――本人の口から忌憚ない意見を語ってもらおう。

◆こめかみに鉄拳を喰らったことも

――認知症介護がたいへんであることは誰もが何となく想像しつつも、肌感覚として知っている人はごく一部だと思います。ご著書は、それがダイレクトに伝わってくるものでした。入居者から暴力を振るわれることもあるとか。

畑江ちか子:そうですね、入職1年目だったと思いますが、男性の利用者からこめかみに鉄拳を喰らいました(笑)。原因は男性利用者同士の喧嘩だったんです。ひとりは昭和の雰囲気漂う頑固な方、もう片方はいわゆるスマートなジェントルマン風な方で、もともと相性がよくない2人だったんですよね。

 それで、テレビのリモコン争奪戦から殴り合いに発展して……。施設長からは「喧嘩は身体を張ってでも止めるように」と言われていたもので、当時は施設のなかでも若手だった私は仲裁に入りました。すると、こめかみに激痛が! 今もなお、トラウマになっている出来事です。

 あの頃はまだ、トラブルが起きる予兆みたいなものがわからなかったんですよね。経験を積んだ現在では予測できるようになったんですが……。

◆凶暴な利用者より困るのは…

――コミカルにおっしゃるけど、結構な事件ですよね。やはり男性のほうが凶暴な傾向がありますか?

畑江ちか子:いえ、性別は関係ないですね。女性利用者でも、噛みついたり暴れたりする人はいますから。ただ、たいていの場合は、入居前に実地調査といって施設の責任者がご自宅や病院に伺って面談のようなことを行うので、暴れそうな方は事前共有されているんです。既往歴や服用している薬の情報などから、ご本人がどんな状態なのかも予測が立ちますしね。

――凶暴性のある利用者以外に、たいへんなケースはありますか。

畑江ちか子:確かに暴力を振るわれるケースはトラウマになりかねませんし、重大な問題です。でも実務で最も困るのは、凶暴な利用者よりも、介入をさせてくれないパターンですね。いわゆる“介護拒否”です。言うまでもなく介護の重要な目的には、健康や衛生の保持があります。介護拒否をされると、そうした前提が崩れてしまいかねないため、職員は頭を悩ませます。

◆「職員によって対応を変える」ケースも

――気難しい方がいらっしゃるわけですね。

畑江ちか子:そうですね。さらに複雑なのは、職員によって対応を変える方も少なくありません。その人のなかで「この職員には介入させるけど、あっちの職員の介入は嫌だ」という線引きがあるんです。

 介護は誰がやってもケアの質が担保される前提になっていますから、ある職員だけしか成り立たなくなってしまうといろいろと不都合が起きます。たとえば、その職員が特定の入居者の専属のようになってしまうなどの問題です。

 私も数年のキャリアになりましたので、「畑江さんなら介入させる」という方がいて、そうなると他の方のケアに割く時間が奪われるなどの経験をしました。

◆額面の月給は30万円に達したり、しなかったり

――ところで、畑江さんが介護職を志したのは、お祖父様の認知症が原因だったそうですね。

畑江ちか子:幼い頃から私のことを可愛がってくれていて、一緒に住んでもいた祖父が、グループホームにお世話になっていたんです。かれこれ7年間くらいお世話になって、看取りもしてもらいました。当時は別の仕事をしてもらいましたが、祖父のケアを手厚くしてくださる介護職の人たちを家族目線でみていて、この世界に飛び込みました。

 認知症の現場は綺麗事ではないんです。たとえば祖父も、とても優しい人でしたが、認知症の兆候が出てからは、口論になった母を文鎮で殴ろうとするなど、人が変わってしまいました。そのこともショックですし、祖父に向き合って疲弊していく母を見るのも悲しかったです。認知症は家族のあり方を変えてしまうため、専門職による介入が必要だと実感しました。

――実際に介護職として働いてみての、率直な感想を教えてください。

畑江ちか子:とてもやりがいのある仕事です。しかしその一方で、問題点もあると思います。最もわかりやすいのは給与水準の低さですよね。たとえば給与は施設形態によりますが、特養(特別養護老人ホーム)などでさえ、額面の月給は30万円に達したり、しなかったり……だと思います。

 たとえば私が働いている施設は、現在35歳の私が年齢でいえば上のほうになっています。つまり職員のほとんどが結婚適齢期なのですが、この給与で安心して生活ができるか疑問だと思います。もし仮に、男性職員のみが働いて妻子を養うことを望んだ場合は、かなり厳しいと言わざるを得ませんよね。

◆経験を積む前に人が辞めていく現実

――そうなると、若手職員が介護職に見切りをつけて他業種へ行くことがありそうですね。

畑江ちか子:そういう場合も多いでしょうね。しかし一方で、介護は経験がものを言う世界でもありますから、経験のある職員が離れていくことは、施設利用者にとってもデメリットになります。先ほどもお話した通り、介護はどんな職員も同じ質を担保する前提ではありますが、実際には人が人を介護するので、いろんな力学があるわけです。利用者からみて、新人職員とベテラン職員を等しく信頼するのは難しいことは想像できますよね。そうしたなかで、やっと育った職員が離れていくことは、かなり痛手なんですね。

――畑江さんは今後の介護のあり方として、どのようなことが望ましいと考えていますか。

畑江ちか子:介護は利用者家族のいろんな面を知る現場でもあり、決してきれいな話ばかりではありません。しかし介護職の存在が利用者家族を支えている部分は多く、ひいては高齢化していく日本を支える大切な仕事です。

 利用者の既往などを把握し、医療職に淀みなく伝えられるためには、経験を積む必要があります。しかしその経験を積む前に人が辞めていく現実があるんです。介護職員もまた生活をしていかねばなりませんから、経済的な基盤を確保できるような仕組みが構築されることを望んでいます。

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 介護は人のリアルの詰め合わせだからこそ、現実を常に突きつけられる。大切な仕事だから、尊い業務だから、心優しい人たちが働いているから――。そんなファンタジーで片付けて、介護する人たちをケアしなければ、国は傾く。畑江さんの著書は読みやすく、ややもするとコミカルに描かれているが、読む人を怖がらせないように心を配りながらも確かな警鐘を鳴らしている。

<取材・文/黒島暁生>

【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

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