
小雨が赤土を湿らせた6月8日。陸上自衛隊が実弾を使用する国内最大の火力演習、富士総合火力演習が今年も開催された。
【写真で見る】海上自衛隊の採用活動のSNSに謎の「ゆるキャラ」が登場
「敵勢力による島しょ部への侵攻を阻止するため、洋上や沿岸部での戦闘」というシナリオのもと、およそ3000人の陸自隊員が演習に参加。ウクライナ戦争を念頭に、塹壕戦の演習を初めて実施したほか、今年度中に配備を目指す国産ミサイル「12式地対艦誘導弾能力向上型」の一部など、開発中の装備品がはじめて展示された。
防衛省・自衛隊は演習のシナリオについて「特定の国や地域を想定したものではない」としているが、中国が台湾への軍事的圧力を強めるなど緊張が高まる中、最前線となり得る南西地域を念頭に置いたものとみられる。
一方で、この演習では数年前からある“異変”が起きているー。
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かつて、演習は一般にも公開されていた。早朝から少しでもいい席を確保しようと、大勢の見物客らが行列を作っていた“恒例の”情景はなくなっている。
2020年の新型コロナウイルスの影響で取りやめた一般公開は、現在も行われていないのだ。
陸上幕僚監部の説明
「我が国を取り巻く安全保障環境がますます厳しく複雑になる中、防衛力を抜本的に強化していく必要があることを踏まえ、部隊の人的資源を本来の目的である教育訓練に注力するため」
つまり、一般公開を取りやめることで、より「隊員の教育に専念する」ということだ。
この演習は1961年に自衛官の教育機関である富士学校が生徒に火力戦闘の様子を学ばせるために初めて開催された。1966年には、自衛隊の活動をより幅広い人たちに理解をしてもらうために一般公開を開始。いわゆる“自衛隊マニア”だけに限らず、幅広い国民から人気を集め、抽選によって現地で公開されていた。一般公開最後の年となった2019年にはおよそ5200人の応募枠に対し14万人以上から応募があり、その倍率は27倍にもなった。
しかし、コロナ禍が終わりを迎えた2023年になっても一般公開は再開されなかった。理由は先述したとおりだが、ある深刻な実情を陸自の関係者はこう漏らしている。
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陸上自衛隊・関係者
「一般の方に演習を見てもらいたい気持ちはあるが、一般公開することでその対応に人を割く必要があり、本来の教育に専念できない。人手不足の影響がここまで来ているんです」
2023年度の自衛官採用は19598人の計画に対し、実際に採用されたのはわずか9959人。割合は51パーセントと、過去最低の数値となった。(※2024年度は9724人と人数は減少したが採用計画数の見直しが行われたため割合は上昇している)
問題は採用数だけではない。自衛官がどのくらいの人数が必要という数字に対し、実際の自衛官の割合を示す「充足率」は2024年度には9割を切った。(2023年度の充足率は91パーセント。2024年度は89パーセント。)
こうした状況を受けて、政府が力を入れているのは「処遇改善」と「採用活動」だ。
自衛官の処遇改善をめぐっては、石破総理が去年の自民党総裁選から訴えている肝いりの政策。石破内閣が発足した直後には関係閣僚会議が立ち上がった。
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自衛隊の人手不足の背景には、自衛官を取り巻く環境が他の業種と比較しても厳しい実態がある。
防衛省によると、生活のための営舎などの施設の4割が1982年以前の旧耐震基準にあたるという。戦前にできた施設もあるという。
また、警察官や消防士と違って自衛官には転勤がつきもの。全国各地へ転勤する可能性があり、平均すると2〜3年に1回は転勤が行われる。
筆者が取材を始めてからも、あちこちで聞こえた声もある。
防衛省・幹部
「やっぱりわかりやすいのは金」
陸上自衛隊・幹部
「(人気が出ないのは)任務の緊張感や責任感に比べて、初任給の“少ない感”じゃないですか」
自衛隊・幹部
「入隊した時の給料を増やすとか手当を500円増やすとかじゃ限界だ。抜本的に給料体系を変えなければいけない」
現在、政府は自衛官に対する手当などを拡充することで、手取りを増やす取り組みを始めている。しかし、自衛官の俸給表(階級などに対し給与を決めるもの)は、1950年に自衛隊の前身である警察予備隊発足時から適用されていて、本格的な改定はこれまで行われていない。
今後、この俸給表の見直しが行われることになるが、実際に見直しされるのは3年後の2028年だ。将来的な人員確保につながる可能性があるとはいえ、この数年間で自衛官を目指す若者や現役の自衛官にとっては不満が残る。
採用活動も「あの手・この手」自衛隊は新たな隊員の採用活動に必死だ。
例えば、冒頭で紹介した富士総合火力演習は一般への公開を取りやめる代わりに、将来、自衛官を目指してくれるであろう青少年や学生などを対象に全国への「招待枠」を増やしている。
演習の中ではより自衛隊の魅力をアピールするため、戦車が目の前を横切るような迫力を感じさせる演出を盛り込むなどしている。
陸上自衛隊トップの森下泰臣陸幕長は「総合火力演習に限らず、各種の自衛隊関連のイベントに参加していただくことが、募集・採用に一定の効果があるものと認識をしている」と話していて、実際にこうした取り組みは採用に効果が出ているというのだ。
森下泰臣陸上幕僚長(2025年5月22日の定例会見)
「約8割の入隊者は何らかのイベントに参加したという経験があるという(アンケートで)回答を得ています」
「約1割弱は、総合火力演習に参加したということであります。(中略)しっかりと採用に繋がっているという効果はあるものとして引き続き実施をしていきたい」
採用に力を入れる取り組みは陸上自衛隊だけではない。
海上自衛隊の採用活動のSNSアカウントでは去年12月から“異様な光景”がうかがえる。
これまで、隊員の生活や任務の紹介などに特化していた投稿に、突如として謎の「ゆるキャラ」が登場。オリジナル曲を配信したり、49種類ものキャラクターを登場させ、海上自衛官の任務や活動をよりポップに紹介している。
筆者はどうしてもこの「ゆるキャラ」の存在が気になり、海上自衛隊トップの齋藤聡海上幕僚長に聞いてみたことがある。
筆者
「今回こういったキャラクター等を採用活動に利用する背景等ご解説を」
齋藤聡 海上幕僚長
「ご承知のとおり、海上自衛隊は陸・海・空の中でも一番人気が低い。ちょっと尖っている広報が必要じゃないかと考えて行った状況であります」
筆者
「キャラクターが49種類もいるが、ちなみに海幕長のお気に入りのキャラクターは」
齋藤聡 海上幕僚長
「49種類、各職種に応じたキャラクターが備わっていると認識しております。海上幕僚長の立場でどのキャラクターがというと大変問題になりますのでこの場では差し控えさせていただきたいと思います」
(2025年2月25日の定例会見でのやりとりの要旨を抜粋)
海幕長は含み笑いを浮かべてこのように答えた。
採用担当者によれば「若い世代からの反応は確実に現れている」ということだ。
取材を続けているが、海幕長の“推し”は現在も分かっていないー。
航空自衛隊は全国の基地で開催されている航空祭でブルーインパルスや航空機のパイロットと観客たちの交流の場面を増やすなど、自衛官の仕事の魅力をよりダイレクトに伝えることに尽力している。
自衛官が不足している現状は日本を取り巻く安全保障に大きな影響を与えかねない。
私たちが自衛隊の活動をより感じる機会でもある、災害派遣などの人命救出活動にも支障が出る可能性もある。
石破総理は「防衛力の最大の基盤は人だ」と強調しているが、その「基盤」をこのまま失ってしまうのかー。
「防衛力の抜本強化」に向けて必要なのは、最新の装備品だけではない。
政府の本気度はこれからも問われていくことになる。
TBS報道局政治部・防衛省担当 渡部将伍