4月23日から25日まで開催された教育ITの総合見本市「EDIX 東京 2025」では、さまざまな基調講演が行われた。中でも4月23日にはGoogleと日本マイクロソフトという二大プラットフォーマーが相次いで講演を行った。
文部科学省が掲げる「GIGAスクール構想」の第2期(Next GIGA/GIGA 2.0)が始まる中で、両社共に生成AIにフォーカスを当てて自社の教育市場向けソリューションの強みをアピールしていた。
●Google:世界が注目する「GIGAスクール構想」はこれから重要に
Googleの基調講演では、Googleで教育部門のトップを務めるケビン・ケルス氏(Google for Education マネージングディレクター)が最初に登壇した。同氏は「日本の野心的なGIGAスクール構想は、世界が大きな関心を寄せている。(日本の)教育の状況を劇的に変えている」と、日本の教育デジタル化への取り組みを高く評価した。
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ケルス氏によると、「Google Workspace for Educationが世界で1億7000万人以上、Chromebookは5000万人以上が利用している」という。その上で同氏は生成AIと教育の関係について「今の学生は、生成AIを意識した教育を受けているわけではありません。しかしこれから先、彼らの職業生活全体がさまざまな形でAIの影響を受けることになります」と指摘する。
世界経済フォーラムが公表した「未来の仕事レポート2023」にある予測では、2027年までに約23%の仕事が変化し、6900万件の新たな仕事が創出される一方で、8300万件の仕事が失われるという。ケルス氏はこの件に触れ、「環境の変化に学生たちを準備させるには、イノベーションを学び、コラボレーションツールを使いこなせるようになることが重要で、だからこそ(日本の)GIGAスクール構想は重要なのです」と語った。
生成AI「Gemini」を教育現場に本格展開
ケルス氏は、Googleの生成AI「Gemini(ジェミニ)」の教育利用に関する現状を語った。
Geminiモデルが使われているGoogle製品の月間ユーザーは、既に世界で20億人超となっている。当初、Geminiの利用年齢は「18歳以上」とされていたが、現在は「13歳以上」にまで拡大されている。規約上は、13歳の誕生日を迎えた中学1年生から使える計算となる。今後、年齢を「13歳未満」に引き下げることも検討しているという。
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ケルス氏は「教育者にとって、Geminiは時間削減につながります。よりパーソナルな学習を実現できるので、児童/生徒ひとりひとりの心をつかむこともできます。(児童/生徒が)自信をもって学ぶ助けになるでしょう」と力説する。
Geminiの活用例として、ケルス氏は信州大学付属松本中学校の富永渉平先教諭の事例を紹介した。富永教諭は「Googleフォーム」で収集した授業に関する生徒のコメントをGeminiに入力して生徒の傾向を分析し、その結果から分かった課題を踏まえてGeminiに新しい授業計画を提案してもらったという。
スライドで示された具体例では「あなたは中学校の教師です。中学生に向けてセキツイ動物の進化の単元に関する授業を計画しています」という状況に対し、Geminiが「進化すごろく」や「化石ハンター」といったアクティビティのアイデアを、具体的な実施方法まで含めて提案していた。
Geminiは教育で使うには「ハルシネーション」が気になる――そのような不安に対して、ケルス氏はGoogleには「NotebookLM」という生成AIもあることを紹介した。NotebookLMは学習の範囲を特定の情報源に絞り込むことで、ハルシネーションのリスクを軽減できる。これにより、指定した資料の内容に基づいて回答を得ることが可能だ。
Next GIGAではChromebookのシェアが6割弱に
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続けて、グーグル(Googleの日本法人)の杉浦剛氏(Google for Education 営業統括本部長)が登壇し、日本におけるNext GIGAに向けたGoogleの取り組みを紹介した。
日本では、独自のソリューションとして2024年に「Google for Education GIGA スクールパッケージ」を導入した。杉浦氏が「3種の神器」と表現するこのパッケージでは、学習用端末(Chromebook)、コミュニケーションツール兼アプリスイート(Google Workspace for Education)と、MDM管理ライセンス(Google GIGA License)を一括で提供する。Google GIGA Licenseも、日本独自のサービスだ。
この成果もあってか、杉浦氏が言及したMM総研の調査によると、Next GIGAでは57%の自治体がChromebookを導入する意向を示しており、第1期の42%から大幅に増加しているという。
Chromebookの紹介パートでは、実演を交えつつChromebookの耐久性向上についても紹介された。「ディスプレイパネルが割れる」「キーキャップが外れる」「バッテリーの持ち(駆動時間)が悪くなる」という、特に多かった3つの課題に対し、製造メーカーと4年かけて解決策に取り組んできたと杉浦氏は語る。
ディスプレイパネルの破損対策としては、画面保護にCorning製の「Gorilla Glass 3」を広く採用している。またキーキャップが外れる問題については、キーキャップ自体に物理的な対策を施し、そもそも外れにくい設計とした。そしてバッテリーの駆動時間への対策としてはアダプティブ充電機能の実装を行ったという。
実演では、鉛筆を挟んだChromebookを参加者に力いっぱい閉じてもらうという衝撃的なデモも行われ、会場を沸かせた。思っているChromebookよりも、3倍強くなっている――杉浦氏は胸を張る。
NotebookLMで「ポッドキャスト風音声」を作るデモも
Googleの公演では、NotebookLMで「音声概要」を作るデモも行われた。本機能は公演当時は英語以外の言語に対応しておらずテスト版で披露していたが、4月30日に日本語を含む50以上の言語でも利用できるようになった。
講演内容を入力してから「20分くらいの要約で音声にまとめる」ように指示をすると、男女の対話形式で学校のICTセキュリティについて自然な会話をする「ポッドキャスト風の音声」が再生された。人間がラジオで話すように間の取り方や相づちを含む、高度な音声合成技術が披露された。
杉浦氏は、教室でのChromebookの活用を支援する新機能として「先生が指定したWebサイト/アプリだけに開けるようにする仕組み」や、就寝時間を設定して指定時間内はログインできなくする「ベッドタイム」機能なども紹介した。
講演の締めくくりに杉浦氏は「(Google Workspace for EducationやChromeOSには)今回紹介しきれなかった多くのアップデートがたくさんあります。我々は、これからのAI活用を皆さんに紹介しながら、うまくテクノロジーで教育をサポートしていきたいと思っております」と述べ、Googleの教育へのコミットメントを強調した。
●日本マイクロソフト:「未来を見据えたスキル」にはAIが含まれる
日本マイクロソフトの基調講演では、冒頭に津坂美樹社長が登壇した。津坂社長は「Microsoft(米国本社)は創業から50年を迎えた。これまでも多くの変革を経験してきたが、今のAIレボリューションは最大級のものだ」と強調する。津坂社長自身も「毎月のようにAI活用スキルが上がってきた」と実感しているという。
津坂社長は「AIの未来は今日だと感じている」と述べた上で、MicrosoftがLinkedInと共同で実施した調査「2024 Work Trend Index」の結果を紹介した。
ビジネスリーダーの約3分の2が今後はAIスキルがない人は採用しない回答していることや、企業において経験が浅くてもAIスキルがある人材を採用したいという傾向が高まっていることなど、AIによって雇用環境が既に大きく変化している現状を指摘した。
また、津坂社長はMicrosoftの国内投資案件として、クラウド基盤に4400億円を投入した他、女性のAI人材を育てる「Code; Without Barriers」プログラムを初めとする3年間で300万人のリスキリング私怨、そして「マイクロソフト リサーチ アジア東京」の開設といった実績を挙げた。
講演の中で、津坂社長は個人的な背景にも触れ、教育者であった祖母・富澤カネ氏の話を紹介した。
富澤氏は現在の山形県で女学校(現在の東北文教大学)を設立し、「敬・愛・信(人を敬い、人を愛し、人を信じる)」という理念を掲げていたという。津坂社長は「祖母は『女の子でもちゃんと稼げなきゃいけない』と厳しく言っていました」と振り返りつつ、教育を通じて個人の可能性を引き出し、経済的自立を促すことの重要性を強調する。「日本マイクロソフトは、皆様の可能性と成長を支えていきたい」と結んだ。
「未来に備える力」を育むテクノロジー
続いて登壇した宮崎翔太氏(教育戦略本部長)は、日本マイクロソフトにおいて教育は「Future Ready Skills(未来に備える力)」を育むための手段と定義していると説明する。「テクノロジーは手段であって、目的ではない。どんな時代であろうとも、子どもたちが将来自分らしく活躍するためのスキルを育むための手段として、テクノロジーを提供している」と説明した。
同氏によれば、企業/公共機関を合わせた法人向けPCにおけるWindowsのシェアは90%以上で(※1)、「Microsoft Office Specialist(MOS)」試験は国内で525万人が受験する最大規模のPC関連資格だという。「日本マイクロソフトは、子どもたちの学び方から先生たちの働き方まで一気通貫で支援する会社」だと胸を張る。
(※1)MM総研/ダイワボウ情報システム「法人向け国内パソコン稼働台数と予測に関する詳細調査」に基づく2024年9月末時点のデータ
文部科学省では、2024年2月に「教育DXに係るKPIの方向性」を公表した。このKPIでは「AIを活用する学校を令和7年度(2025年度)までに50%」「クラウド環境を活用した校務DXの徹底を令和8年度(2026年度)までに100%」「令和11年度(2029年度)までには全ての先生がいつでもどこでも校務処理を実現」といた目標を掲げている。宮崎氏は、日本マイクロソフトとして、この目標達成を支援すると説明する。
「Minecraft Education」で広がる学びの可能性
日本マイクロソフトの基調講演では、多数の事例が紹介された。
つくば市では「Word」「PowerPoint」「Excel」などを使って児童が考えを整理し、「Microsoft Teams」などで共同作業を行う取り組みが実施されている。宮崎氏は「これは社会における働き方そのもの」と評価する。
Microsoftの子会社であるスウェーデンのMojang Studiosが開発する「Minecraft Education」の活用も進んでおり、さいたま市では市街地を忠実に再現したデータを使った課題解決型学習を実施している。また、青森県立弘前高校では、弘前市長や弘前大学と対話しながら街をMinecraftで再現し、「マインクラフトカップ」で最優秀賞を受賞した事例も紹介された。
また長野市教育委員会では、不登校児童のために市内の全小学校を結ぶ「教育支援センター」を設立しているが、Minecraft上にも施設を再現し、オンラインで集まった子どもたちが協力してコンテスト作品を制作したという。
「子どもたちは制作段階から協力し合い、時にはぶつかりあいながらも試行錯誤し、中にはオンラインで参加していた子どもが実際にセンターに足を運ぶようになった」と宮崎氏は成果を語る。
セキュリティとCopilotが変える教員の働き方
学習環境の事例に続いて、宮崎氏は教員の働き方改革の重要性にて言及した。
宮崎氏は「先生方が働きやすい環境を実現することが重要で、特に今後はライフステージの変化に対応して、いつでもどこでも働くことができるロケーションフリーな環境が不可欠となります」と説明する。一方で、そうした柔軟な働き方を実現するには高度なセキュリティ対策が必要だとも強調した。
その解決策として、「ゼロトラストセキュリティ」の導入事例が紹介された。2021年度に校務のクラウド化においてゼロトラストセキュリティの先駆けともいえる取り組み行ったのが、埼玉県の鴻巣市教育委員会だ。場所を問わず安全に校務処理ができる環境を構築したという。
さらに秋田県教育委員会でも、2023年度に県全体での「次世代校務デジタル化」を実現したという。
「サイバー攻撃を受けている分野の第1位がITで、第2位が教育機関/研究機関」というMicrosoftの調査結果も引きつつ、「意識しなくても守られている環境」を目指す日本マイクロソフトの取り組みが説明された。
「Copilot」の校務活用
続けて登壇した西脇資哲氏(業務執行役員エバンジェリスト)は、Copilotとエージェントを活用したデモを披露した。
デモでは「学習指導要領」「単元計画書」「他の教員の指導案」「会議の議事録」といった文章をCopilotに取り込み、授業の流れや指導計画を短時間で作成する様子を紹介した。
さらに、「年間行事予定計画」「運動会の実施計画書」「修学旅行計画書」「文化祭実施要項」などの文書からエージェントを作成し、学校全体で共有する方法も実演した。エージェントに「修学旅行の旅程を教えてください」と質問すると、関連文書から適切な情報を抽出して答えてくれるという。
西脇氏は「入り口は全てCopilotです。校則や年間行事予定、出張申請などの情報を扱うエージェントも作成できるので、組織のさまざまなデータの参照窓口となりうる」と利便性の高さを強調した。
次世代教育アプリ「Project Spark」を披露
講演の後半では、「Copilot+ PC」上で動作する新しい学習アプリ「Project Spark」が紹介された。
Project Sparkと聞くと、かつてMicrosoftがリリースしていた“ゲーム開発ゲーム”のことを思い出す人もいるかもしれない。しかし、今回のProject Sparkはそれとは別物で、強力なNPUを搭載する「Copilot+ PC」上で動作する次世代教育アプリとなる。
YouTubeでも公開されているティーザー動画を元にした説明によると、このアプリは教員のPC上に蓄積された教材や指定された信頼できるインターネット上の情報源を参照し、指定した科目やテーマに応じて生徒向けのテキストやドリルを生成できるという。
宮崎氏は「このツールにより、先生は短時間で生徒ごとに個別最適化された教材を提供できる。生徒はドリルに回答したり、自分の結果を振り返ったりしながら、インタラクティブに楽しく学習を進められる」と説明する。Project Sparkに盛り込まれる機能は、Microsoft 365のアカデミックライセンス保有者には無償で提供される予定だ。
クロージングで宮崎氏は「Future Ready Skillsとは、何歳になっても学び続けること」と定義。「教育現場において先生が幸せになっていただかなければ、子どもたちの幸せは実現できない。我々大人が幸せで、学び続けることが楽しいということを子どもたちに見せること、それこそが日本の教育や日本の未来を作る」と締めくくった。
●教育変革を支える2つのビジョン
2つの講演を通じて、Googleと日本マイクロソフトは共に生成AIを活用した教育の未来に向けた強いコミットメントを示した。Googleは「Gemini」と「NotebookLM」を、日本マイクロソフトは「Copilot」と「Project Spark」という独自の生成AIソリューションで、子どもたちの学びと教員の働き方改革を支援する姿勢を明確にしている。
両社は単なる技術導入にとどまらず、AIスキルの必要性や未来に備える力の育成など、社会変化を見据えた教育の在り方を提案している点もポイントだ。Next GIGAを迎えて、教育現場におけるAI活用はますます加速していくことだろう。
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