
現在、大阪の夢洲で開催中の大阪・関西万博2025の大阪ヘルスケアパビリオンにおいて、再生医療に関する「iPS Cells for the Future」でiPS細胞の心筋シートが展示されている。この展示の主役はもちろん心筋シートなのだが、訪れた人が必ず目にするもうひとつの主役が存在する。それは心筋シートを収納している「容器」である。展示会場に社名は出ないものの、1970年以来55年ぶりに大阪で開催される万博を支えることに意義を感じて参加したという大阪のメーカーを取材した。
心筋シート展示の舞台裏を支えるもうひとつの主役
直径約10cm、容器部分の高さ約4cmの小さな容器の中、赤みのある培養液に、iPS細胞でつくられた心筋シートがヒラヒラ動いている。心筋シートとは、心臓の筋肉である心筋の細胞をシート状に加工したもの。心不全の治療に用いられる再生医療製品である。再生医療の進歩を間近に見られる、貴重な展示だ。
だが、この展示を支えているもうひとつの主役である「容器」に意識を向ける人は、多くないのではないだろうか。
容器を提供している株式会社サンプラテック(以下、サンプラテック)は大阪市北区に本社を置き、プラスチック製の理化学機器の製造販売や再生医療産業の分野にも携わっている企業だ。メスシリンダーやフラスコなど、学校の理科室で誰もが目にしたことがある実験器具の類や、大学・企業などの研究機関で使用される機材などをつくっている。
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大阪・関西万博で心筋シートを生きたまま展示するにあたり、出展者である大阪府・大阪市から依頼を受けた株式会社乃村工藝社による運営のもと、心筋シートの開発を手掛けるクオリプス株式会社から受託されたサンプラテックが、容器の開発を行った。
「1970年の大阪万博以来55年ぶりに大阪で開催される大きなイベントですし、弊社の名が大きく出るわけではないんですけども、何かしらお手伝いできるのは、やはり大阪に本社がある会社としてありがたいお話なのでお請けいたしました」
こう語るのは、サンプラテックで商品開発部長を務める土井猛司さん。再生医療関係の製品開発を数多く手掛けており、今後の認知度を上げることに期待を込めたという。
展示するにあたっていちばん難しいのは「細胞を元気な状態にしておくこと」
容器の形と大きさを決める際、特に意識したのは「視認性」だという。不特定多数の来場者に見せることが大前提で、しかも真上からカメラで撮りながらモニターに映すので、見えやすさにはこだわった。
「カメラの画角に合わせて、形状の調整や透明感も問題がないかということも確かめながら進めました。しかも生きている細胞なので、元気な状態を保つために必要な環境を維持しなければなりません。培養液の温度を人の体温に近い摂氏36〜37度に保って、二酸化炭素濃度の維持だとか細菌やウィルスを侵入させない気密性だとか、クリーンな状態を展示会場で実現する難しさはありました」
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ちなみに、心筋シートは万博が開催されている半年間ずっと生き続けているわけではなく、適宜「交代」させるそうだ。しかも生きた細胞なので、調子の良い日や良くない日があって、動き方も「体調」次第で異なるとのこと。
開発期間に約1年をかけたという容器は、万博に合わせてつくる専用品であるため、金型をつくるほど大量に必要なわけではない。そのため切削加工で、ひとつひとつ精密に削り出されたパーツで構成されている。
容器をよく見ると、下の部分がひとまわり大きいことに気づく。実はこれ、フタが下についているのだ。これも視認性とデザインを追求した結果、フタを閉めて底の部分を上に出す方がすっきりした形状になり、しかも中が見えやすいという理由からだ。
展示会場はたくさんの見学者で賑わうから、心筋シートを見に来た人たちは、ひとり残らず土井さんらが手掛けた仕事も見ていることになる。そう考えると、ほんの少し誇らしい気持ちになるという。
これからも、容器デバイスの開発を通じて再生医療の発展を支えていきたいという土井さん。いま力を入れている再生医療の分野に関して、どのような人材を求めているのかを尋ねた。
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「社会貢献的な意義を感じて、今すぐ答えがない中でも最善を尽くせる人に参加してほしい。専門家でなくてもかまいません。私も元々はデザイン出身です」
すでに万博会場へ足を運んだ人、これから計画している人、ヘルスケアパビリオンでこの容器の開発に携わった人たちを意識することはもちろん、他の多くのパビリオンでも「表舞台を支える仕事をしている人たちがいること」に想いを馳せるのも、万博の楽しみ方のひとつではないだろうか。
(まいどなニュース特約・平藤 清刀)