©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会 6月6日から公開されている映画『国宝』の勢いがすごい。
吉田修一の同名小説を映画化した本作。15歳の時に抗争の末に父親・権五郎(永瀬正敏・58)を亡くした、任侠一門に生まれた少年・立花喜久雄(吉沢亮・31/少年時代は黒川想矢・15)が主人公。その美しい容姿を見込んだ歌舞伎役者・花井半二郎(渡辺謙・65)に引き取られ、血筋も生い立ちも異なる半二郎の実子・俊介(横浜流星・28、少年時代は越山敬達・15)と切磋琢磨しながら、歌舞伎役者として芸の道に人生を捧げる姿を描いたヒューマンドラマだ。
6月16日に発表された13〜15日の映画観客動員ランキング(興行通信社調べ)では前週よりも1つ順位を上げて2位だった。こういったランキングは週を重ねるごとに順位を落としていくことが常である。にもかかわらず、ランキングを上げたことを鑑みると、内容を見た人の口コミが影響しているのだろう。SNSをはじめ、各所で好評の声がますます寄せられ、何週にもわたって上位をキープしていくかもしれない。そんな今年の話題作になりそうな本作の魅力をネタバレなしで伝えたい。
◆吉沢亮の“化け物”すぎる演技が心を奪う
本作が話題を呼んでいる一番の理由はキャスト陣の演技力の高さだ。言ってしまえばストーリーそれ自体は真新しいものではない。「元ヤクザが……」という導入は珍しくないし、“才能”に恵まれた喜久雄と“血”に恵まれた俊介の対立構造がメインでストーリーが展開されるが、そのパターンも映画や漫画でよく描かれている。
ストーリーが“ベタ”だからこそ、自然と演技に注目が集まりやすくなるが、その演技が“化け物”すぎるため絶賛せざるを得ない。特に吉沢がすさまじい。こんなことを言ってしまうと、歌舞伎役者をはじめ、歌舞伎愛好家に怒られそうだが、吉沢は本物の歌舞伎役者と思わせる演技を見せている。
また、吉沢自身が役作りのために歌舞伎と真摯に向き合ってきた姿と、歌舞伎役者として努力を重ねる喜久雄の姿がクロスオーバーして、何重にも吉沢・喜久雄が演じる姿に心を奪われた。
◆少年時代を演じた、黒川想矢の演技も圧巻
吉沢にしっかりとバトンを渡した“もう1人の喜久雄役”である黒川想矢の演技も圧巻。歌舞伎の舞台を目を輝かせながら見る様子、厳しい稽古に楽しそうに取り組む姿勢など、喜久雄が少年時代にどれだけ歌舞伎に魅了されたのかを示していた。喜久雄の軌跡を描いた本作の屋台骨を見事に作り上げ、吉沢演じる喜久雄の人間像を明確にした印象である。
ただ、吉沢や黒川だけではなく、横浜流星や、人間国宝の女形・小野川万菊を演じる田中泯(80)など、登場する歌舞伎役者は誰もが美しさを放っていた。
◆最後までどっぷりと歌舞伎の美しさをくらった
伝統芸能を題材にした作品ということで、上映前はどこか格式の高さに怖気づいていたが、上映した序盤から早々に魅了され、最後までどっぷりと歌舞伎の美しさをくらった。上映後には本作を「美しい」と思えた自分自身を褒めたいような気持ちになったことに加え、「歌舞伎のある国に生まれて良かった」と誇らしくもあった。
すさまじい演技や映像美、脚本に触れられたことだけではなく、こうしたまた違った満足感を得られることが、誰かに話したくなる、もとい口コミにつながり、話題を呼んでいるように思う。
◆2時間55分、“タイパ”が悪いからこそ得られる興奮
『国宝』の魅力を語ってきたが、その上映時間の長さから見に行くことを躊躇(ちゅうちょ)している“筆者のような人”は少なくない。『国宝』は上映時間2時間55分という大作で、最後まで集中して見られるのか不安を抱く人も多いかもしれない。とはいえ、その心配は杞憂(きゆう)である。
本作は喜久雄の一生を描いた内容であり、急に数年後に進むこともしばしば。1つのシーンを長々と描くことはなくテンポ良く進み、中だるみすることはない。とはいえ、フラッシュ暗算のようにシーンがドンドン変わるわけでもない。舞台上のシーンはじっくりと濃密に描かれており、映像にもメリハリもあり、集中して作品を楽しむことができる。
なにより、本作の監督は『フラガール』でもメガホンを取った李相日だ。『フラガール』の平山まどか(松雪泰子)が1人で踊るシーンの緊迫感と美しさが今でも脳裏に焼き付いている人は多いだろう。本作でも『フラガール』同様、舞台上のシーンは呼吸を忘れるほどの圧がある。
臨場感、躍動感、狂気、優雅など、いろいろな感情や感性が脳内にどっと押し寄せ、ただただ圧倒され、知らず知らずのうちに意識を持っていかれた。ショート動画が全盛の今現在、“タイパ”が悪いからこそ得られる興奮を味わえるだろう。
◆心配していた“トイレ問題”は頭から消え去った
また、「最後まで集中して見られるのか」だけではなく「途中でトイレに行きたくなるかも」という不安を抱いている人もいるかもしれない。ちなみに、筆者は頻尿だ。
「重要なシーンを見逃すかも」「他の観ている人の視線を遮ってしまう」などと考え、どれだけ興味のある作品でも上映時間が長いとどうしても足が遠のきがち。そのため、数年前に大旋風を巻き起こしたインド映画『RRR』(上映時間2時間59分)も観に行けなかったような人間であり、上映前は途中でトイレに行きたくならないか不安だった。
しかし先述した通り、常に画面に釘づけにされており、トイレに行くことなど頭から消え去った。身体的にトイレが近いだけではなく、「上映中はトイレに行けない」という強迫観念が、トイレに行きたい欲を高めてしまうが、そういった発想も消し飛ばしてしまうのだからやはりすごい。
筆者が見に行った際に、トイレに行ったのかは不明だが、上映中にロビーに出て戻ってきた人は結構いた。「他の見ている人の視線を遮ってしまう」と考える人も、“仲間”は意外といるため、安心して良いかもしれない。
◆もし「配信されたら観よう」と思っているなら
最近は公開から数か月後に動画配信サービスで配信されるため、気になる作品でもタイミングが合わないと「どうせすぐ配信されるから別にいいか」と思ってしまう。『国宝』がいつ配信されるのか、そもそも配信されるのかは不明ではあるが、もし「配信されたら観よう」と思っているなら映画館に行ったほうが良い。映画館だからこそ楽しめる映画の代表格のような作品であり、気になっている人はぜひ。
<文/望月悠木>
【望月悠木】
フリーライター。社会問題やエンタメ、グルメなど幅広い記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。X(旧Twitter):@mochizukiyuuki