寡占市場の電力業界 TOSHIBA SPINEX for Energyの「ITベンダーにはない強み」とは?

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2025年06月22日 17:10  ITmedia ビジネスオンライン

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東芝エネルギーシステムズでデジタリゼーション技師長を務める武田保さん

 東芝エネルギーシステムズが2019年から提供している「TOSHIBA SPINEX for Energy」は、エネルギー分野の課題を解決するデジタルサービスだ。同社が100年以上にわたり培ってきたエネルギーインフラの知見とDXを融合したもので、従来この知見は火力や水力などの発電所や変電所などの電力会社を主要顧客にしていた。


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 一方で、2016年4月に始まった電力自由化の流れを受け、電気事業者ではない企業でも電力の売買が広く可能になっている。一般企業も社内工場や太陽光発電による再生可能エネルギー発電の導入を進めていて、2011年度の再生可能エネルギーの電源構成比10.4%に対し、2022年度は21.7%と倍以上になっている状況だ 。


 この時代の変化を受けて、TOSHIBA SPINEX for Energyも主要顧客を電力事業者から、再生可能エネルギー事業者や発電設備を持つ工場などへと拡大しようとする動きがあるという。この狙いと、電力業界特有の課題について前編に引き続き、TOSHIBA SPINEX for Energyを運営する東芝エネルギーシステムズでデジタリゼーション技師長を務める武田保さんに聞いた。


●TOSHIBA SPINEX for Energy立ち上げの経緯


――TOSHIBA SPINEX for Energyのプロジェクトを立ち上げた経緯や背景を教えてください。


 当社は2016年11月にIoTアーキテクチャ「TOSHIBA SPINEX」を立ち上げました。その後、社内で議論を重ねる中で、事業ごとにサービス内容を変えるべきだという考えが出てきました。それが、エネルギー事業に特化したTOSHIBA SPINEXを立ち上げようとした取り組みが始まりです。他にも、「TOSHIBA SPINEX for Logistics」といった構想もありました。


 また、ブランディングの観点からも、それぞれの分野に特化した形で展開すべきだと判断しました。こうした議論を経て、TOSHIBA SPINEX for Energyを具体化する企画がスタートしました。


――電力業界が現在、抱えている課題とは何なのでしょうか。


 電力業界最大の課題は、高齢化による技術継承問題です。日本全体の人口構造と同様に、ベテラン技術者が高齢化し、その知識や経験を若手に引き継ぐ必要があります。一方で、新しい世代の技術者が十分に育成されていない現状があります。この問題は設備の老朽化などとも関連していますが、一番深刻なのは人材不足だと言えます。


――電力自由化以降、太陽光発電を個人で導入する人も増えています。こうした需要の高まりは影響していますか。


 TOSHIBA SPINEX for Energyは、主にエネルギー関連設備を持つ法人事業者向けのサービスです。個人向けには適していない部分がありますが、太陽光をはじめとする再生可能エネルギーを扱う法人事業者は増加傾向にあります。また、業界全体で統廃合が進んでいることも背景にあります。こうした状況下で、TOSHIBA SPINEX for Energyを導入することで、多くの利点を提供できると考えています。


――電力会社とは、どのような形で発電所の運営や契約を行っているのでしょうか。


 電力会社は多岐にわたる発電所を運営しており、一つの発電所ごとに契約するケースもあれば、複数をまとめて管理するケースもあります。私たちはこうした多様なニーズに対応しながらサービスを提供しています。


――国内市場が中心となるのでしょうか。それとも海外展開も視野に入れているのでしょうか。


 現在は国内市場が中心ですが、海外展開も目指しています。海外の現地法人とも話を進めている状況です。また、2021年に米ジーピー・ストラテジーズ・コーポレーションから、発電事業者向けの異常予測・性能評価ソフト「EtaPRO」(エタプロ)に関する事業を買収しました。この連携を活用し、TOSHIBA SPINEX for Energyを海外市場にも展開していく計画です。 


――電力会社別や、水力や火力などの種別で、どの分野が大きな市場となっていますか。


 電力会社によって状況が異なります。自社でソフトウェアの開発能力を持つ大手電力会社は、自分たちで業務改善ツールを作る傾向があります。一方でDXやソフトウェア開発を外部に委託される会社もあり、私たちはそうした会社と、共創を通してサービスを提供しています。


――大手電力会社は、自社で開発してしまうのですね。


 その通りです。多くの場合、大手電力会社はソフトウェア子会社を持っています。例えば、AWS(Amazon Web Services)などの技術を活用して、独自のシステムを構築しています。


――そうなるとTOSHIBA SPINEX for Energyの強みは、どこにあるのでしょうか。


 私たちの強みは、ITベンダーにはできない領域への対応力です。また、自社でも対応可能な部分と、そうでない部分を明確化して、顧客に提供しています。電力は寡占市場で、日立製作所や三菱重工などとサービスが競合する部分もあります。それでも私たち独自の知見や技術によって差別化できる点があると自負しています。


●SaaS版TOSHIBA SPINEX for Energyの狙い


――2024年2月からTOSHIBA SPINEX for Energyは、クラウドのSaaSモデルを展開しています。この成果についてどう評価していますか。


 この1年間で順調な成長を遂げています。例えば、再生可能エネルギー事業者のレノバとの取引があります。それ以外にも水力発電や太陽光発電関連の引き合いが増加しており、順調な状況です。


――SaaS版「SPINEX for Energy」を開発した背景には、どのような意図があったのでしょうか。


 これまで東芝は、主に大手電力会社向けにオンプレミス型やクラウド型のソリューションを提供してきました。しかし近年では再生可能エネルギー事業者や一般工場など、小規模な事業者からの需要が増加しています。これらの事業者は、大手企業ほど多額の初期投資が難しいため、より柔軟でコスト効率の良いサービスを求めています。


 このような背景から、SaaS版TOSHIBA SPINEX for Energyを開発しました。このサービスは、小規模事業者でも利用しやすい料金体系と機能構成を持ち、一部機能だけを選択して利用できる柔軟性も備えています。また、大規模な火力発電所だけでなく、小型バイオマス発電所や再生可能エネルギー施設にも、対応できるよう設計しています。


――クラウド版では特にどのような機能の需要がありますか。


 最も需要が高いのは、「リモート監視」と「EtaPRO」の組み合わせです。また、「巡視点検サービス」も注目されています。これは従来、紙ベースで行われていた点検作業をデジタル化するもので、初期投資が少なくすむため、お試し感覚で導入する事業者が多いです。


 さらに、「最適化トポロジーツール」も注目度が高まっています。このツールは、エネルギー施設の運用計画や最適化問題を解決できるもので、従来プログラマーが手作業で行っていた複雑なモデリング作業を大幅に簡略化しました。これにより、プログラミング知識がないエンジニアでも、自社施設の運用最適化モデルを構築できるようになりました。


――競合他社との差別化ポイントはどこにあるのでしょうか。


 東芝の強みは、長年培ってきたエネルギー分野での深い知見と、それを基盤とした高度な技術力です。また、大手電力会社向けには自社開発能力が高い企業が多い一方で、中小規模事業者向けには外部サービスへの依存度が高く、この市場で東芝は優位性を持っていると考えています。


●寡占市場で勝負することの難しさ


――巡視点検サービスでは、紙からデジタルに移行することで、現場の作業効率をどの程度向上させるのでしょうか。


 大きく改善すると思います。例えば、水力発電所ではすでに導入が進んでおり、「楽になった」という声をいただいています。このサービスでは、紙ベースの点検記録がデジタル化されるだけでなく、異常値を瞬時に検知できる仕組みが備わっています。


 例えば、通常10の値を記録していた機器が突然100という値を示した場合、システムが即座に異常を知らせます。その場で確認し、システムの誤動作や記録ミスであればすぐに修正できます。


 また、データを蓄積しているため、トレンド分析も可能です。例えば、数値が徐々に増加している場合、その傾向を把握して早めに対応できます。


――火力や水力など、電力ごとの市場規模について教えてください。原子力も含まれるのでしょうか。


 原子力もゼロではありませんが、適用例は少ないです。また、原子力発電所では運転データが外部に出ることへの懸念が強く、クラウド型サービスの導入にはハードルがあります。そのため、オンプレミス型で一部導入された実績はありますが、大きな市場とは言えません。一方で火力や、水力、太陽光、風力、バイオマスといった再生可能エネルギー、管理機器の多い送配電・変電の分野は需要が高く、TOSHIBA SPINEX for Energyの主要ターゲットとなっています。


――原子力分野への展開は難しいということでしょうか。


 原子力分野では特有の事情があります。国内では発電所ごとにメーカーが異なり、当社を含めた重電メーカー3社が建設の対応をしてきた経緯があります。このため、自社製以外の原子力発電所への参入には高いハードルがあります。また、原子力発電所自体の数も限られているため、クラウド版のTOSHIBA SPINEX for Energyの展開は難しいと考えています。


――今後の展開としては、火力や再生可能エネルギー分野が中心になるのでしょうか。


 そうですね。火力の他、再生可能エネルギーと送配電・変電分野への展開を強化していきます。同時に一般工場にも注目しています。多くの工場ではGX(グリーン・トランスフォーメーション)の流れでCO2削減が求められており、TOSHIBA SPINEX for Energyの予測・最適化ツールを活用してCO2排出量削減を支援できます。この分野でも需要拡大を目指しています。


●再エネ事業者への新規顧客獲得がカギ


――発電所ではない、再生可能エネルギー事業者など工場向けソリューションも展開していますが、その内容について教えてください。


 工場向けには、トポロジーツールなどを応用したソリューションを提供しています。このツールは直感的な操作で最適化モデルを構築できるため、例えば、生産工程やエネルギー消費量の最適化にも応用可能です。このような柔軟性を持つサービスによって、多様な業界での需要拡大を図っています。


――この一般工場向けのサービスは、発電設備を持たない工場も対象となるのでしょうか。


 一応対象とはなります。ただし発電設備を持つ工場の方が、運用の最適化の幅が広がります。一般的な工場では再生可能エネルギーの購入や省エネ診断でとどまるケースが多いですが、発電設備を持つ工場の場合は、さらに深い提案が可能です。


――最適化トポロジーツールとは、一言で言うとどのようなシステムでしょうか。


 トポロジーツールは、さまざまなエネルギー機器や需要機器をモデル化し、効率的な運転方法をシミュレーションすることで最適化を図るシステムです。例えば、CO2削減を目指す場合、このツールを使って現状の運転状況をモデル化し、改善案を試算することで具体的な効果を予測できます。


 例えば、運転方法の見直しによってCO2削減量が52トンになるといった試算結果が得られることもあります。このように、実際の機械で検証する前に効果を計算できるため、運転員の負担軽減や効率化につながります。このツールを当社エンジニアが使用して顧客の課題を解決するサービスは「GXエンジニアリング」として提供しています。


――このサービスはいつ頃から提供されているのでしょうか。


 提供開始は約2年前です。TOSHIBA SPINEX for Energyのソフトウェアが基盤となっています。現在は、このツールを顧客自身が利用できるよう開発を進めており、電力会社だけでなく再生可能エネルギー事業者や一般工場にも展開することを目指しています。


――このサービスにおける東芝の強みとは何でしょうか。


 東芝の強みは2つあります。まず、再生可能エネルギーの集約事業を展開している点です。太陽光・蓄電池・風力・水素・カーボンキャプチャーなど幅広い再生可能エネルギーのソリューション提供能力があり、実際の運用を把握した最適な運用をできます。また再生可能エネルギー卸しの事業もあり、再生可能エネルギーの供給や非化石証書の取次などを行うことで、顧客のカーボンニュートラル実現に貢献でき、この分野でのビジネス拡大が可能です。


 次に、省エネ診断だけでなく、熱エネルギー効率化まで踏み込んだ提案ができる点です。他社では電気の省エネ提案が中心ですが、東芝はボイラーや発電機など熱関連設備に関する知見を持つエンジニアが多く在籍しています。そのため、熱エネルギーも含めた包括的な効率化提案が可能であり、顧客にフィットしたソリューションを提供できる点が強みです。


(河嶌太郎、アイティメディア今野大一)



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