資産運用の「革命児」──わずか1.3%の独立系は「運用と販売の聖域」を崩せるか

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2025年06月22日 18:20  ITmedia ビジネスオンライン

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ベイビュー・アセット・マネジメントの八木健社長

 日本人の金融資産の半分以上が現預金に眠ったまま、なぜ「貯蓄から投資へ」は進まないのか。その答えは資産運用業界の「異常な構造」にある。欧米では当たり前の独立系運用会社が日本ではわずか1.3%のシェアしか持たず、銀行・証券の「子会社」として従属する運用会社が主流だ。


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 この閉鎖的構造に風穴を開けようと、独立系運用会社ベイビュー・アセット・マネジメント(東京・千代田)が「運用よ こんにちは」という挑戦状を叩きつけた。4月に始めた個人投資家向け直販事業「ベイビュー投信」は、これまで機関投資家だけが享受してきた専門的な運用商品を一般投資家に直接届ける。この製販分離の壁を超える動きが、日本の停滞した投資環境に一石を投じるかもしれない。


●欧米86%、日本1.3% 「異常な独立系比率」が生む歪んだ投資環境


 投資信託を買うとき、消費者は銀行や証券会社で申し込む。だが、その商品を実際に作り、資金を運用しているのは「運用会社」と呼ばれる別の会社だ。表舞台に立つことの少ないこの運用会社が、いま静かな変革を起こそうとしている。


 1998年設立のベイビュー・アセット・マネジメントは、日本では珍しい独立系運用会社だ。運用資産は1兆円を超え、その9割以上が年金基金など機関投資家からの委託。世界最大の年金基金GPIFからも資金を預かる数少ない国内独立系として業界内で一目置かれる存在になった。


 「投資信託は本来、投資家の資産を増やすための道具だ」と創業者である八木健社長は話す。しかし日本の現状ではこれが実現できていない。金融庁の調査によれば、投資信託保有者の59%が「元本を下回っている」と回答。長期的な資産形成が目的のはずが、その役割を果たせていない。


 この問題の根本には「独自の運用戦略を持つ運用会社が、銀行や証券会社の子会社として従属的な立場に置かれる構造がある」と八木社長は指摘する。「親会社の販売網で売りやすい商品が優先され、投資家のリターンを最大化する商品が生まれにくい」


 世界の主要運用会社30社では独立系が86%を占めるのに対し、日本の大手20社では非独立系が72%を占め、独立系はわずか1.3%にすぎない。この格差は、日本の資産運用業界の特殊性を如実に表している。


 「欧米では運用のプロが独立して投資家のために商品を作るのが当たり前」と八木社長。日本では、銀行や証券会社の子会社として運用会社が設立され、親会社の販売網で売りやすい商品を作る構図が定着してきた。


 販売チャネルの構成も対照的だ。日本では銀行が44%、証券会社が32%と大半を占める一方、米国では独立系ファイナンシャルアドバイザーが81%と圧倒的シェアを持つ。多様な販売経路の不在が、投資商品の画一化を招いている。


 さらに深刻なのは、投資信託を長期保有すると本来得られるはずの複利効果が阻害される点だ。「基準価格が上昇しても証券会社から『儲(もう)かっているから売れ』と言われ、次の商品に乗り換えさせられる。手数料稼ぎの回転売買が、いまだに続いている」。投資の成果が販売会社の利益になり、投資家には残らない構造が定着してきた。


 この状況に一石を投じようと、同社は4月から「ベイビュー投信」という個人向け直販事業を始めた。これまでもさわかみ投信やひふみ投信、鎌倉投信など独立系運用会社による直販の成功例はあるものの、機関投資家向けを主軸とした運用会社が個人向けに乗り出すのは珍しい。


●ブティック型運用の反逆  "プロしか買えない商品"を個人に解放


 「われわれは運用業界のエルメスやカルティエを目指している」。八木社長は自社の立ち位置をそう表現する。銀行・証券系の「デパート型」運用会社とは一線を画す「ブティック型」専門店としての姿勢だ。


 ベイビュー・アセット・マネジメントが掲げるのは「プラットフォームビジネス」という経営モデル。運用のプロフェッショナルがアーティストとして自由に創造性を発揮し、経営はそのサポート役に徹するという「運用と経営の分離」を徹底している。この哲学が、同社の商品開発の背景にある。


 同社の個人向け直販第1弾として4月に登場したのが「賢者の設計」(グローバル・サプライチェーン・ファンド)だ。これまで機関投資家や年金基金など「プロの投資家」だけに提供してきた運用戦略を、個人投資家向けに開放する試みである。


 この商品は、伝統的な株式や債券ではなく「サプライチェーン・ファイナンス」という領域に投資する。具体的には、アジア圏の中小企業が大手グローバル企業に商品を輸出する際の売掛債権に投資する。


 「銀行がアジア中小企業向け融資を行わなくなった隙間を埋める商品」だとデジタルマーケティング部の八木優太氏は説明する。輸出企業(アジアの中小企業)は商品納入後すぐに資金を得られ、投資家は輸入企業(グローバル企業)のクレジットリスク(信用度)に応じた低デフォルト率(低い債務不履行率)の安全性を持つ資産に投資できる。


 同社の資料によれば、この商品の設定来の年率リターンは4.19%(為替ヘッジあり)、リスクを示す標準偏差は0.49%だ。株式や債券などの伝統的資産との相関は低いという特性がある。機関投資家からは2700億円を集めており、Bloomberg Businessweekのヘッジファンド部門でベストパフォーマー賞を2年連続受賞したと同社は説明する。


 ただし、こうしたオルタナティブ投資を個人に届けるには課題もある。最低投資金額は100万円、換金には約3カ月かかる。また、新NISAの成長投資枠には対応しているものの、積み立てNISAは非対応という制約もある。


 複雑な仕組みをいかに伝えるかという点で、同社は「日本初」という漫画入り目論見書(もくろみしょ)を作成した。「最初は金融庁も驚いたが、結果的にはポジティブに受け入れてもらえた」と八木優太氏は語る。


 こうした商品説明の工夫について、八木社長は「複雑さゆえに、投資家への丁寧な説明責任がより重要になる」と説明する。機関投資家向けに提供してきた専門性を個人投資家にも届けるため、商品設計だけでなく、情報提供や教育にも力を入れている。


 今後の展開として1〜2年後にイノベーション投資商品を予定している。シリコンバレーとの関係を生かした商品開発も進行中だという。


●製販分離の城壁を崩せ 金融民主化への長い道のり


 運用会社の直販の動きは、日本の金融システム全体に変革を迫る。象徴的なのはNISAの問題だ。現在、個人のNISA口座は銀行か証券会社でしか開設できず、この制度設計自体が「製販分離」の壁を強化している。


 「画一的な大手金融機関への集中がさらに加速する」と八木社長は指摘する。2024年の新NISA導入で口座数が急増する中、販売会社に有利な状況が固定化するリスクがある。


 八木社長は3つの変革が必要と提言する。1つ目は独立系運用会社の台頭。2つ目は運用会社による直販の拡大。3つ目はNISA口座開設の多様化だ。「日本を豊かにするために、もっと多くの独立系運用会社が必要」と語る金融庁の村瀬レポートでも独立系の重要性が強調されているが、日本では起業家精神の欠如からか新規参入が少ない。


 日本の資産運用環境は「貯蓄から投資へ」のスローガンを掲げながらも、金融資産構成はほとんど変わっていない。この状況を変えるには、金融商品の流通構造そのものを見直す必要があると同社は主張する。「運用よ こんにちは」という新しい時代は来るのか。日本の個人金融資産2200兆円の行方は、こうした地道な挑戦にかかっている。


(斎藤健二)



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