
子育てをしていると、「それ私が配慮すること?」と戸惑う場面に出くわすことがありませんか? 今回寄せられたのは、ファミレスで起きた、思わず言葉を失ってしまうような出来事でした。投稿者さんには、中学1年生と小学2年生の2児のママ。下の子は兄の影響もあり、スマホの操作にも慣れているものの、自分専用のスマホはまだ持たせていません。
『下の子とふたりでファミレスに。食後に、いつも家族でくるときのように私のスマホを子どもに渡しました。子どもはゲームをしたり動画を見たり。真横の席にはママと幼稚園くらいの子どもが座っていました。しばらくすると、隣のママが「すみません、うちの子にはスマホの存在を知らせたくないので、スマホをやめてもらっていいですか」と声を掛けてきました』どうやらそのママは「子どもにはスマホを持たせない教育方針」のよう。隣で子どもがスマホを使っていると、自分の子が不思議がってしまうのだと説明したそうです。投稿者さんはドリンクバーも注文しており、本当はゆっくり過ごしたかったものの、居心地の悪さからすぐに店を出てしまいました。ママたちならどのように対応するかを知りたいようです。
他人に自分の子育てを強制する人…スルーして関わらない
「相手にしない」とのコメントが寄せられました。
『「え? ああ……」でシカトかな。絡みたくない。そのママ、毎回外出先で言っていたら生きるのが大変だよね?』
『「ああ、そうですか」と言って、子どもにスマホを持たせたままにする』投稿者さんも、「はじめての経験で戸惑った」と振り返ります。隣の子は食事中で、本がたくさん入ったバッグを持っていたそうです。
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物理的に壁を作る手
直接言い返さず、見えない工夫をする案もありました。
『メニューやカバンを間に立てて、見えないようにしてあげたら?』ただ、投稿者さんは「圧を感じて怖かった」と言います。怒鳴るような怖さではなく、「友だちになりたくないタイプ」の不気味さだったそうです。
『うるさいから音量下げて、ならわかるけれど、「うちの子が見たがるから見せないで」はホラーだと思う』これがもし、強面の男性だったらそのママは「スマホを見せないで」と言ってきたでしょうか? またはママ友集団だったら? 投稿者さんが言ったら聞いてくれそうだったからこそ、“お願い”をしてきたのではないでしょうか。結局、相手を選んで言っているのかもしれませんよね。お店側から注意されておらず、常識の範囲内ならスルーしてもいいのでしょう。
席を替えるという選択
『食事がまずくなるから席を替えてもらう』
『店員さんを呼んで移動する』
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「お帰りになったらいかがですか」はっきり線を引く
毅然と伝えるとの意見も少なくありません。
『「よそはよそ、うちはうち。うちには関係ありません」と言う』
『「ではお帰りになったらどうですか?」と伝える』
『「そちらで見えないようにしたらいいのではないですか?」と言う』
『しつこく言ってきたら店員呼んで「隣の方が子どもがスマホ使うのを困ると言っているので、空いている席があったら移動させてください」と周りにも聞こえそうな大きさの声で言うかも』
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『知らない人に話し掛けられても答えたらダメと教えているので、話し掛けないでもらえますか?』冷静に考えると、文言が思い浮かびそうです。でも、突然のことだと言葉が出なくなるでしょう。非難めいた言葉を投げ掛けられた投稿者さんをねぎらう声も寄せられました。
理解できないことはどこにでもある。運が悪かっただけ
世のなかにはいろいろなママがいます。こちらにとっては非常識な言動でも、あちらにとっては当たり前のことなのかもしれません。スマホを子どもに見せるかどうかはママの考え方によります。今回は運が悪かっただけなのかもしれません。
『そのママ、なんかズレているよね。今の時代、他の子どもがスマホ使っているのを見せないなんて不可能なのに』
『自分の家の教育方針は、自分の家で完結させるしかないのにね』スマホを見せるかどうかは、各家庭の判断です。しかし、それを周囲にまで強いるのは違うのではないか……そんな空気がコメント全体から伝わってきました。
公共の場では、さまざまな価値観が隣り合います。だからこそ、自分の方針と他人の方針の境界線を、どこに引くのかが問われる場面もあるでしょう。今回の出来事は、「配慮」と「過干渉」の違いを考えさせられる一例だったのかもしれません。理不尽さを感じたとき、自分や子どもを守るために、どんな選択ができるのか。そんな判断基準を持っておくことも、大切なのではないでしょうか。
文・岡さきの 編集・あいぼん イラスト・Ponko

