
「犬神家の一族」から50年。周年企画として5月1日から都内で角川映画祭が開催される。
注目しているのが4Kデジタル修復版として上映される「Wの悲劇」(84年)だ。薬師丸ひろ子がその年のブルーリボン主演女優賞に輝いたこともあり、記憶に残る作品だった。
薬師丸演じる劇団研修生が、大女優(三田佳子)のスキャンダルの身代わりを務める代償として大役を手にする物語で、役柄同様に女優としてひと皮むけた演技が注目された。
メガホンを取ったのは、5年前に83歳で亡くなった澤井信一郎監督。東映の助監督を長く務め、この4年前、43歳にして監督デビューした遅咲きの「職人」だった。
撮影が3分の2程度進んだ段階の取材に、薬師丸は「本当のカツドウ屋魂に触れた気がします」と感想を述べている。澤井演出が俳優たちの心をとらえるのは、長年の人間観察に基づいた具体的な指示だった。
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例えば、劇中で「初体験」した後の薬師丸の動作については「股間にタマゴをはさんだように歩いて」と説明した。多くの作品をともにした相米慎二監督が本人の感性を重視して、ひたすらテイクを重ねることで魅力を引き出したのとは対照的だった。
一方で「理詰めの演出」も彼女を消耗させたようで、最後の撮影となったラストシーンでは、なかなか監督の要求に応えられず、まるで相米組のように「もう1回」が繰り返された。が、これも澤井監督の狙いだったようで、「抜け殻のようで、なおかつどこかすっきりとした表情」が、しっかりと最後のストップモーションに捉えられている。
このシーンを撮った後の薬師丸の「燃え尽き感」も相当だったようで、ブルーリボン賞受賞後の取材では「あの時は、本当に女優をやめようかと思いました」と明かした。
理詰めで淡々と撮影を進める職人監督の意外な「粘り」だが、実は腰をすえて役者と向き合うのも澤井監督の得意技だった。
高倉健さんがハリウッド映画「燃える戦場」(70年)への出演を機に、海外への興味を膨らませていた頃に、その相談相手となったのが当時、健さん映画の助監督だった澤井監督だった。東京外大の出身で、洋画事情に明るかったこともあった。
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酒を飲まない健さん相手に7歳下の澤井さんはコーヒーだけで何時間も付き合った。深夜、都内の喫茶店で男2人の話は尽きない。人気絶頂の健さんだから目撃談も広がった。
当時の様子を健さんの人気シリーズ「昭和残侠伝」のプロデューサー吉田達さんに聞いたことがある。
「健さんをよく知る僕らからすれば、ちゃんちゃらおかしいんだけど、当時『ゲイ疑惑』がまことしやかに広がった原因は澤井ちゃんだと思いますよ」
それほど健さんの信頼が厚かったということだろう。
これも余談になるが、「Wの悲劇」にはスキャンダルを追及する芸能リポーターとして、当時の人気リポーターたちが本人役で出演している。容赦ない梨元勝さん、わざと下世話に聞く須藤甚一郎さん、女優の気持ちに寄り添う福岡翼さん、そして場を落ち着ける藤田恵子さん…。良くも悪しくも元気が良かった芸能取材の現場が、これも澤井演出できっちりと再現されている。【相原斎】
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