【対談連載】山形県立産業技術短期大学校 校長 佐藤俊一

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2026年06月05日 08:00  BCN+R

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2026.4.24/山形市・松栄の山形県立産業技術短期大学校 校長室にて
【山形市発】「やまがたAI部」の発起人の1人として、いち早く高校生にAI学習の機会を提供してきた佐藤先生。すでに「やってみる」段階から「社会に役立てる」段階へとシフトした、昨今のAIの進化には目を見張る。実際、学生の豊かな発想が、AIを駆使して社会課題の解決につながりつつある。一方で、プログラマーや教師の大部分の仕事はAIが担うようになりそうだ。必要な人数は激減するかもしれない。それでも「人がやるべき仕事、人しかできない仕事は依然として残る。そのための基礎はしっかりと身に付けておかねばならない」と佐藤先生は説く。
(本紙主幹・奥田芳恵)

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●AI教育は、それ自体を学ぶことから社会実装へシフト

 AIの状況はここ数年でかなり変わってきましたね。

 一番大きかったのは、3年前の対話型生成AIの登場です。まさにフェーズが変わりました。しばらく前は汎用AIなんてありえないと思っていましたが、もう実現しつつあります。

 やまがたAI部の在り方にも、大いに影響がありそうです。

 始めた当初は人気がありました。Let's AIということで、とにかくやってみようと始まりました。ところが、今や手を伸ばせば高校生でもすぐに「ChatGPT」が使えます。正直、部員も減少傾向です。ある意味、社会を反映しています。ひょっとしたら、もうAI部はいらないのかもしれません。

 AIを使って何をするか、社会実装という面ではまだまだ意義のある活動だと思います。

 現在、私が校長を務めている山形産業技術短期大学校(産技短)では、文字が読めるが発音できない障害の方をサポートするシステムを、AIを駆使して開発した学生がいます。またある学生は、AIとドローンを組み合わせて、サクランボの受粉システムを研究しています。ここ数年、蜂が減ってサクランボの不作が続いていたんですが、その解決策の一つの提案です。ハンバーグなどの加工食品の微妙な焼き具合を、AIを使って検品するシステムをつくった学生もいます。AI部の活動は、こうした方向にかじを切るべきなんだと思います。

 頼もしいですね。若いからこそ得られる着想がたくさんありそうです。先生方のAI活用はどんな状況ですか。

 先日、産技短の教員が県内の各高校の教頭先生を対象に、生成AIの研修を行いました。一番の目的は業務の効率化です。例えば、文科省から80ページのPDFが送られてきたりします。とても全部読んでいる暇はない。それを一瞬でA4で1枚に要約してくれます。これは喜ばれました。技術家庭の先生にも講習しました。例えば、本棚のつくり方をAIに聞く。材料も含めてつくり方を教えてくれる。そのうえで、今度はその指導手順もつくることができるわけです。

 AIの普及で、そのうち先生はいらなくなるんじゃありませんか。

 確かに教員の数もぐっと減るでしょう。でも全くいらなくなるわけではありません。例えば、動機付けはAIにはできません。生徒が動き出したときに支える、ファシリテーターもそうです。評価も人間の仕事ですね。単に成績をつけるのではなく、次の学習に結びつける評価は、人間がやる必要があると思います。

 企業の上司と部下の関係にも似ていますね。

 全く一緒だと思います。AIでやれることはたくさんあります。でも人間にしかできないことは必ず残るでしょう。少なくとも現時点ではそう信じています。そこに気付かずに同じことを繰り返していてはダメでしょうね。

 プログラマーの役割もかなり変わっていきそうですね。

 ローコード、ノーコード化が進み、AIでコーディングするのが当たり前になりつつあります。プログラマーは、ほとんどいらなくなるんじゃないですかね。とはいえ、プログラムを一から書ける人もある程度いなければ、社会は回りません。基本をしっかり理解して、何かあったとき変化に対応できる人材は必要です。そういう人を育てることが社会からのニーズだと思います。

●東大の推薦入試に挑んだ 探究科の生徒全員合格の快挙

 最近の学生さんや生徒さんたちに、どんな変化を感じますか。

 物怖じしなくなりましたね。恥ずかしくて手も上げられなかった私らの時代とは大違いです。探究学習の成果だと思います。昔は、自分のやりたい勉強を隠れてこっそりやっていたじゃないですか。探究がそれを、やっていいよと解放したんです。堂々と面白いと思った勉強ができるようになりました。

 目的ありきの「何々のために」というのがなくなったんですね。

 以前は、受験に関係ないから止めなよ、という姿勢でした。社会全体もそんな雰囲気でしたよね。そういえば山形東高の校長時代、私が新たに設置した探究科の一期生3人に、東大の推薦を受けさせたところ、3人とも合格したんですよ。

 ええええ!それはすごいですね。

 以前であれば推薦なんて普通の大学でも難しかったわけです。ましてや東大ともなれば、数学オリンピックで金メダルを取るような人しか対象じゃないと思っていました。ところがある日、東大の教育学部長だった秋田出身の小玉(重男)さんが、山形東高に講演にいらしたんです。その時「山形東高からも、推薦、受けてくださいよ」とおっしゃるんですよ。私は「ああいいですよ。その代わり全員受からせてくださいね」と。そしたらその通り全員合格です(笑)。

 まさかその約束で合格したわけでもないですよね。どんな点が評価されたんですか。

 3人の探究は今でもよく覚えています。とてもユニークで素晴らしいものでした。例えば、「山形五堰」の探究です。山形には歴史的な用水路が随所にあります。基本は農業用水なんですが、実は都市計画上、夏の暑さを癒やす目的もあったのではないか、というものでした。

 着眼点が素晴らしいですね。

 色によって記憶がどう違うかという探究をしていた生徒もいました。実はその生徒たちは、シンガポールで現地の学生に向けて、自分の探究を英語でプレゼンした経験があったんです。その後、いざ東大の面接。自分の探究を日本語で説明していたところ、途中で試験官が「君、そこから英語で説明してくれないか」と。意地悪のつもりだったのかもしれませんが……。

 「待ってました」ですね。

 山形五堰の探究をした生徒は合格した後、入学式で総代をやったらしいです。後でよく聞いたら「何とかコンクールの優勝者ばかり集めたら、なんにも面白くない学生しかそろわない」と。きっと独自の探究を極めたような人を求めていたんでしょうね。

 東大合格もすごいですが、それすら小さく見えるほどの探究学習の大きな成果ですね。

 先日、産技短庄内校の入学式で鶴岡市の佐藤聡市長が直接祝辞を述べてくれたんです。小さな学校なのに、普通は来てくれませんよね。実は彼、私の初任校の鶴岡南校で、私が顧問をやっていた野球部のOB。教え子なんです。こんなにうれしいことはありませんでした。

 教師冥利に尽きますね。次はAIを学んだ教え子たちが羽ばたいていくことでしょう。楽しみですね。

●こぼれ話

 山形駅から車で15分ほどの山形県立産業技術短期大学校。最先端の機器を備えた実験研究棟や実習棟を備えた広大な敷地で、技術者を育てる。恵まれた環境の中で、学生がのびのびと学び、技術を習得している様子がうかがえる。今回は、この産技短に佐藤俊一先生を訪ねた。山形のAI教育のみならず、県内の教育に多大な貢献を果たしてこられたキーマンと言っていいだろう。

 山形にAI部?。初めてやまがたAI部の存在を知ったとき、どんな背景があるのだろうと不思議に思った。こうした新しい取り組みには、常に志ある人物の存在がある。やまがたAI部の成り立ちをひも解いていくと、やはり佐藤先生の志に突き動かされた人が大勢いたようだ。

 佐藤先生のご専門は英語。ただ、自分の専門領域に閉じることなく、学生ファーストで思考し続けてきていることがよく分かる。必要であれば、学校教育に限定することなく、必要なものを集めて学生を支援する。学生の学びに制限はかけない。範囲を限定せず本質的に必要なことにこだわって、やりきるのが佐藤先生の働き方だと分かった。分からないことは分かる人に教えてもらう。そうした精神で、たくさんの人の知恵と知識を集結させてきた。そのひたむきさや謙虚さは、佐藤先生の周りに多くの人を集める大きな要因になっているように思う。

 「障害と感じるものはありませんでした」。AI部の発足に際して一番の障害は何であったかを尋ねると、あっさりとこんな言葉が返ってきた。障害ではなく、実現に向けて解決すべき課題があるだけで、それをみんなの力で一つ一つクリアしていく。その過程がむしろ面白かったと、おっしゃられた。佐藤先生自身がワクワクしながら取り組むのだから学生も楽しいし、かかわる人も希望を持てる。AI部の立ち上げ時も活動自体も、たくさんの「はてな」を探求しながら解を集めていく過程そのものに面白さがあるのだろう。

 佐藤先生は、これからもご自身の興味・関心の幅を広げられ、尽きることのない探求心で学生たちの学びたい意欲に応えていくことだろう。俊ちゃん先生はいつまでも忙しい。(奥田芳恵)

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。

奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)

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※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

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