中谷潤人vs井上尚弥は伝説の一戦を想起させる「超一流の戦い」アメリカの名トレーナーが語る夢のカード

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2024年09月13日 10:01  webスポルティーバ

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【15歳からアメリカで腕を磨いた中谷の評価】

「多くの人と同じように、私もジュントとナオヤ・イノウエの試合に期待する。ぜひとも実現してほしいね」

 WBCバンタム級チャンピオン、中谷潤人は試合前に必ずLAでキャンプを張る。最短で1カ月。2カ月を超えることもある。15歳で渡米した頃から師事するルディ・エルナンデスから与えられるスパーリング中心のメニューを黙々とこなしてリングに上がる。キャンプ中は、LA内のさまざまなジムでトレーニングを重ねる。

 このところ、主な練習場所となっているのが、LA国際空港から東に24kmの地に建つ「Knockouts Boxingジム」だ。オーナーは1971年4月11日生まれのマニー・ロブレス。自身もトレーナーとして、元WBAスーパーフライ級チャンピオンのマーティン・カスティーリョ、WBOバンタムとWBCフェザー級タイトルを獲得したジョニー・ゴンサレス、WBOフェザー級王者だったオスカル・ラファエル・バルデス、WBA・IBF・WBOヘビー級王座に就いたアンディ・ルイス・ジュニアなどを指導してきた。

 自分の選手を連れて、日本で世界タイトルマッチを戦った経験もあるロブレスは、つかず離れず、中谷の成長を見守っている。現地時間の9月9日、2日後に自身の抱えるファイターとともにサウジアラビアに向かうロブレスをインタビューした。

「ルディはジュントを3階級制覇の本物に育て上げた。その手腕は見事だし、努力に努力を重ねたジュントも素晴らしい」

 両親に手を引かれ、6歳でメキシコのグアダラハラから不法移民としてアメリカに入国したロブレスは、言葉の通じない異国で生きることの難しさを嫌というほど理解している。

「周囲の人に話しかけられたって、何を言っているのかわからない。学校の授業にもついていけない。つまり、教養を得られない。ソーシャルセキュリティナンバーだってない。34歳でアメリカ市民となるまで、私は単なる不法移民だった。建設労働などのブルーカラーや、レストラン、ショッピングモールでの雑用など、さまざまな仕事をこなしながらプロボクサーとして6戦し、その後、トレーナーになった。ボクシングは親父がやっていたから、自然と好きになったね。

 ジュントは移民ではないが、15歳の少年がたったひとりでアメリカに来て、毎日トレーニングするのは簡単なことじゃない。高い志を持って、自分を貫いてきたんだ。一歩一歩進んできたのさ。孤独に耐える作業もあっただろう。悔しい思いもしたはずだ。それでも、ひとつひとつ乗り越えたからこそ、今がある」

 ロブレスが発する言葉は、胸に突き刺さる。修羅場を潜り抜けた男ならではの説得力を持つ。そして、自らの生き方に対する矜持も伝わる。彼の足跡を語る折、避けられないのがアンディ・ルイス・ジュニアのトレーナーを降りた件である。

 2019年6月1日、ルイスは圧倒的不利の下馬評を覆し、アンソニー・ジョシュアを7ラウンドKOで下してWBA・IBF・WBOヘビー級タイトルを奪取した。ロブレスは、同じメキシコ人であるルイスの金星を我がことのように喜んだ。指導者として、己の功績にもなった。

 が、3冠ヘビー級チャンプとなったルイスは、この世の春を謳歌し、パーティー三昧の日々を送る。練習にまったく身が入らず、半年後の再戦で呆気なく王座から陥落。キャンプ中も、あそこが痛い、ここが痛いと週に4回ほどしか汗を流さなかった。起床することさえ、難しいような状態だった。

 ロブレスは振り返る。

「きちんと準備すれば、リターンマッチにも勝てた。『おまえとは今回限りだ。ハートのない選手とは一緒にやれない! 選手もトレーナーも魂があって初めてともに闘える』と伝えたよ」

米国におけるトレーナーの給与は、選手が受け取るファイトマネーの10%が相場だ。ヘビー級トップ選手のチーフセコンドとなれば、報酬は日本円でウン千万となる。だが、ロブレスは妥協しなかった。そんな彼だからこそ、脇目も振らずに走り続ける中谷を評価するのである。

【中谷vs井上を望む声に思い出す、伝説のタイトルマッチ】

「ナオヤ・イノウエもまた、一級品。パウンド・フォー・パウンド1位を争うに相応しいチャンピオンだ。肉体的にも精神的にも、間違いなくトップ中のトップだ。イノウエとジュント、同じ国籍で無敗の世界チャンピオン同士が戦うなんて、夢のあるカードじゃないか。プロモーターなら、誰だって実現させたいよ。スーパーバンタムでやるのが、両者にとって最良だろう。

 しかし今、ジュントは118パウンドのバンタム級で、イノウエは122パウンドのスーパーバンタム級。イノウエが再びバンタムに落とすのは現実的じゃない。ジュントが一階級上げることになるだろうな。となると、イノウエ戦までに3、4試合こなす必要がある。

 技術的にどうこうじゃなく、122パウンドの体にすることが課題だね。ボクシングのスキルは、非の打ち所がないよ。その3、4戦で、ジュントの経験値もイノウエに追いつくんじゃないか。1年もしたら、とんでもないレベルに達すると私は見ている」

 ロブレスはしみじみと言った。

「このふたりのファイトは、日本のみならず、いつまでも世界中のボクシングファンの記憶に残るハイレベルなものとなるに違いない。超一流の戦いだよ。

 イノウエは、5月のルイス・ネリ戦でファーストラウンドにダウンを喫したね。結果的には圧勝だったが、序盤はやや自信を持ちすぎていたんじゃないか。『絶対にKOしてやる』という思いが強すぎたのかもしれない。ネリだって、左右のパンチに威力を持つ元世界王者だ。でも、イノウエはあれで目を覚ましたよね。

 イノウエはサウスポーとの試合が続いているが、ジュントは背が高く、リーチもあって、伸びるパンチを持っている。足も使えるし、接近戦での打ち合いだってできる。賢いうえに、シャープな戦いをする。これまでのサウスポーとはレベルが違う。ジュントのボクシングIQは高い。イノウエもそうだけどね」

 ロブレスの祖国、メキシコには、かつてマルコ・アントニオ・バレラとエリック・モラレスというライバルがいた。彼らはスーパーバンタム、フェザー、スーパーフェザーと3階級にわたって世界タイトルを懸けて戦った。今日、アメリカやメキシコには、いずれ訪れるであろう井上尚弥と中谷の対戦を、バレラvs.モラレスと比較するボクシングメディアもある。

 が、ロブレスはこれを否定した。

「バレラvs.モラレス戦は、精神面での充実度は称えられるが、そんなにハイレベルな試合じゃなかった。イノウエとジュントは、よりクオリティが高い。それよりも、ジョニー・タピアvsポーリー・アヤラ第1戦のような激闘になる予感がある」

 ロブレスの発言を耳にした筆者の体は火照った。タピアvsアヤラ――。1999年6月26日にラスベガスで開催されたWBAバンタム級タイトルマッチである。

 オープニングベルから試合終了まで、まったくペースを落とさずに超絶な攻防を見せた同ファイトは、『リング』誌が選ぶ同年の年間最高試合に選ばれている。ジャッジ2名が116−113、残るひとりが115−114と採点してアヤラがタピアからタイトルを奪ったが、勝者も敗者もすべてを出し尽くした、まさに死闘だった。四半世紀がすぎた今なお、筆者はリングサイドの記者席から同ファイトを見られた幸運に感謝している。

「残念ながら45歳で夭折したが、タピアはテクニックもハートもピカイチの、伝説的ファイターだった。そのタピアと真っ向から勝負したアヤラも秀逸だったね。人種や国籍など関係ない。あのふたりは、ただただ、ボクサーとしてリングで輝いた。

 ジュントとイノウエも、同様のレベルにいる。どんな作戦を立てて準備するか。現段階では判定までもつれるような気がするが、今後の成長次第で何が起こるかわからない。とにかく、これ以上のボクシングマッチは見られない、という勝負になるだろう」

 井上尚弥も中谷潤人も、来るべきその日に備え、勝ち続けねばならない。世界中が注目するメガ・ファイトとなりそうだ。

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