1946年創業のソニーグループと、1948年設立の本田技研工業(ホンダ)は戦後の日本を代表するグローバル企業だ。日本ではそれ以降、世界的なスタートアップを生み出せていないとの見方もある。
評価額10億米ドル以上、設立から10年以内の未上場のテクノロジー関連のスタートアップの企業をユニコーン企業と呼ぶ。会計・経営コンサルティング企業のKPMGが2023年3月に発表したレポートによると、2018年の米国では、ユニコーンは139社だった。2022年には648社に急増している。中国は同89社が同173社となったのに対し、日本は2018年が1社、2022年が6社しかない。
そんな中、通信大手のNTTドコモは2023年7月、グループ社員から生まれた新しいアイデアをもとに、新規事業を創り出すプログラム「docomo STARTUP」を始めた。この制度のユニークな点はドコモに在籍しながら出向という形で起業できる点だ。日本から数多くのユニコーン企業が生まれる起爆剤になることを期待できるのか。ドコモ経営企画部の原尚史事業開発室長に、制度の意図を聞いた。
●出向が可能な仕組み 再雇用の道まで用意
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原室長は「ドコモには以前から社内ベンチャー制度はあった」と話す。
「2001年ぐらいから制度はあって20年以上、運営してきました。ですが、モノになったのは4、5社です」と語る。その中でショックなこともあったという。「実はいいアイデアが出てきた時に、企画した人間が『自分たちは外に出てやります』と言って退職したケースがあったのです」
この状況に危機感を持ったドコモは、社員が新しい事業のチャレンジができるシステムを作れないかと考えた。それが、新規事業創出プログラム「docomo STARTUP」だ。特徴は「学ぶ」(COLLEGE)、「挑む」(CHALLENGE)、「育てる」(GROWTH)の3つのステージに分かれること。さらに最後の「育てる」のステージでは子会社化する「AFFILIATEコース」と、マイナー出資を受ける「STARTUPコース」の2つに分かれる。
「特徴的なのはSTARTUPコースです。ドコモの出資が15%未満なので、社員が創業者として株を持って外に出る形です。条件は、自らベンチャーキャピタル(VC)を回ってリードインベスターを連れてくることです。(個人に給与所得として支給する)300万円のSTARTUP BONUSなどインセンティブもしっかりつけています」
社員として安心なのは、出向という形を認めたことだ。
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「自分の会社の損益計算書は傷つきますが給与は出ますし、雇用保険などはドコモの社員として維持される形です。経済産業省も、この出向起業を支援しています」
実は経産省には「出向起業補助金」という枠組みがあり、2024年度は全24社が採択された。うちドコモからスピンアウトした「SUPERNOVA」「ReCute」など5社は、全て認められている。
基本的に日本人は安定志向のビジネスパーソンが多い。優秀な人材は大企業に数多く在籍している。そういう人たちにとって、大企業で勤めながら起業する道は、性に合っているのだ。「米国では転職すれば話が済むので、出向するスタイルはありません。起業も同じで、米国は起業してしまえばOKですが、日本にはハードルがあります。出向はこれらの中間的な形とも言えます。つまり、日本的な仕組みですね」
さらなる安心材料は、再雇用の道まで用意されていることだ。
「もし辞職してスピンアウトできたとします。しかし、残念ながら事業を継続できずに会社を畳んだ場合、そこから18カ月たった時に、ドコモに再採用されるシステムもあります」
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●どんなタイプ会社がスピンアウトした?
スピンアウトした5社はどんな企業なのか。
「SUPERNOVAという会社は、生成AIを活用したサービス開発に取り組む会社です。スピンアウト当初は、LearningToonという漫画サービスから事業を始めました。生成AIを活用し、短時間かつ低コストで漫画を描けるのが特徴です。普通に会社の資料などを作成すると、一般の方々には読まれにくいので、(より読まれやすい)漫画を利用するのです。特に法人から引き合いが多く、例えば地域創生の取り組みや、会社のサービスを紹介するといった案件があります」
AIを使うことによって漫画を制作するコストは、3分の1程度になるという。「通常、漫画を作るコストは高いのですが、作成したシナリオを生成AIに読み込ませると、コマ割りやネーム形式のものがあがってきます。それを在籍している漫画家が、きれいに仕上げることで実現させました。クリエイターの労働環境は過酷な場合も多いので、その改善にも役立ちます」
SUPERNOVAは12月1日、生成AIサービス「Stella AITM」(ステラ・エーアイ)の提供も開始する。Stella AIは、1000種類を超えるテンプレートから、利用者自身の目的に合ったものを選ぶだけで最適な回答を生成できるなど、簡単なステップで利用できるようにした。加えてGemini、ChatGPT、Claude、tsuzumiなどの複数の最新AIモデルを搭載。用途や好みに合わせて各モデルの有料プランの範囲まで使用できる特徴があるという。
RePlayceという企業は、中高生に月3回のオンライン対話型プログラムを提供し、非認知能力や自己効力感を養うサービス「はたらく部」を作り出した。ヘアアイロンのシェアリングサービスを展開するReCuteは、百貨店やショッピングモール、オフィスビルの化粧室にヘアアイロンの貸し出しスポットを設置。その場で使って、返すサービスを手掛けている。
スピンアウトで大変なのは資金面だ。ドコモはグループ内にドコモベンチャーズという会社があり、コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)とも連携しているという。
「私は以前ドコモベンチャーズのシリコンバレー支店長をしていたこともあり、CVCとVCどちらにも関係がありました。そこで、私たちからプロジェクトのトップらに対して、投資をしてもらえそうな会社の紹介や『このVCに当たったらいいんじゃないか?』というアドバイスもしています」
●応募者は急増 2023年度だけで5社がスピンアウト
最初のステージである「COLLEGE」では、事業アイデアを考え、検証を重ねながら内容をブラッシュアップする。MBAのようなプログラムをドコモが用意し、開発方法、財務管理、マーケティング手法なども学んでもらうなどインプットが多い段階だ。
2つ目のステージ「CHALLENGE」では、逆にアプトプットが多くなる。メンターがつき、アドバイスを受けながら事業プランを磨いていく。実際に商品も作り、顧客のところに足を運び、フィードバックをもらう。中には「PMF」(Product Market Fit、サービスが市場に適切に受け入れてられている状態)まで行くケースもあるそうだ。
その後、資金調達のためにVCへの営業活動をする。支援してくれるVCが決まったらドコモの投資委員会にかけ、独立して良いかどうか諮問にかけられるという。副社長以下、財務、人事の幹部を交えて会議をし、スピンアウトさせてもいいかどうかを判断する。「成長した暁には、彼らは上場してもいいし、ドコモがそこを買収することも考えます」
この仕組み作りには、大きな効果があった。2023年のCOLLEGEとCHALLENGEには社員約1500人が参画。CHALLENGEでのアイデア数は573件。PMFに達したのは14件に及んだ。
「ドコモは過去20年で4、5社のスピンアウトがありました。それが2023年度だけで5社がスピンアウトしました。2024年分も4月から募集が始まりました。前年に相当数が出たので、あまりないかなと思ったのですが、実際には500件ほどありました。それを40件ぐらいまで絞り、2025年2月に最終コンペで発表してもらいます。コンペの内容でGROWTHに進むかどうかの判断がされます」
社内ベンチャーに応募する社員が増えた要因を聞くと「今までは、企業が成長しようがしまいが、給料が少し上がるくらいでした。しかし本当に上場できたら何億円、何十億円、何百億円という世界があり得ます。そこは全く違うと思います」と推察した。
●なぜドコモがスタートアップ支援に取り組むのか?
ドコモは、通信以外にもさまざまな事業を抱えている。スタートアップに取り組む意義については以下のように書かれていた。「事業オーナーが顧客への価値に向き合い、事業・経営者としての成長が伴う好循環を実現。将来のドコモグループにとっての柱となる事業をdocomo STARTUP を通じて生み出していく」。
「経産省も言及していますが、日本で起業家が増えない大きな理由は、大企業が優秀な企業を囲い、その優秀人材を使って自ら新ビジネスをやってしまうからです。今度は大企業側から、人材・労働市場の流動性を高めていく必要があると思います。個人的にも連続起業家を日本の1つの職業として定着させるのが夢なのです。前からやりたいと思っていました」(原室長)
なぜ連続起業家を育てたいのかを聞くと「モノの見方の角度が違うからです」と話す。
「起業してバイアウトして終了……では、連続起業家を生み出す文化は根付きません。しかし連続起業家が取り組むと、その成功率は非常に高いものですし、英国では連続起業家が、新しく起業しようとする人を支える『投資のエコシステム』が確立しています。日本では成功したエンジェル投資家が生まれてこないので、そもそも起業家が育ちません。起業家を育てるには、まず母数を増やす必要があります。連続起業家のような経営者の育成は、日本にとって重要だと考えています」
原室長はドコモの方法論を、会社の中だけにとどめておく気はないという。「母数を増やすべく、当社のやり方をできるだけ公開したいと思っています。これから企業内ベンチャーをやってみようという企業と一緒にやったり、ノウハウを提供したりすることには前向きです」
●ドコモの事業と相性がいいのはAFFLIATEコース
独立志向のSTARTUPコースとは異なり「AFFILIATEコース」は、ドコモの出資が50%以上の子会社となる。それゆえ、出向はあるが辞職はない。
「例えば、顧客情報関連の企業が立ち上がったとします。これらはドコモの事業と関連性、親和性が高いものになります。その場合は、AFFILIATEコースとなります。なせならドコモの出資比率が高い方が、経営的にやりやすいからです。事業部にイグジットするパターンもあります」
原室長はdocomo STARTUPの今後の展望を生き生きと語る。ドコモは創業時から、NTTグループの中では「亜流の事業」と言われてきた。だから社風としてスタートアップマインドがあるのかもしれない。「反骨心でビジネスをがんばってきた背景があるので、そういうマインドがあるのでしょう。だからこそ、iモードやお財布携帯などを、iOSやアンドロイドよりも先に始められたんだと思います」(原室長)
一方で、ただ反骨心のみで動いていているわけではない。事業ごとにきちんとした見極めがなされている。
2015年に新規事業として設立したドコモ・バイクシェアは、通信というコア事業の周辺事業として戦略的に立ち上げたため100%の子会社だ。一方で前述のReCuteはコア事業とは距離があり、成功するかどうかも分からない。それゆえに100%子会社での事業推進は困難だ。だが将来、事業が成功すれば買収が可能となり、新事業の柱にも成り得る。そういう点では、理にかなった仕組みだ。
反骨心と理詰めで考えること。この2つがそろっているからこそ、ドコモは新しい形のスタートアップモデルを構築できた。あとは今後、ユニコーン企業を輩出できるか。docomo STARTUPが、本当の意味で成功するのかどうかに注目したい。
(武田信晃、アイティメディア今野大一)
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