中森明菜が12月15日放送の『中森明菜のオールタイムリクエスト』(ニッポン放送)で、復帰後初となるラジオパーソナリティーを務めることが話題になっています。
また来年の4月には大分県で開催される野外音楽フェス『ジゴロック2025』への出演も予定されており、歌手活動再開への期待が高まっています。
◆明菜の最近の軸となるジャズアレンジ、選択の理由は?
その下準備でしょうか、今年に入ってから自身のYouTubeチャンネルでヒット曲のセルフカバーを披露したり、香取慎吾と「TATOO」のリメイクを発表したりして、いま現在の歌を披露する機会を多く設けています。
軸となっているのが、ジャズアレンジです。昭和歌謡ポップスの人気が著しい昨今ですが、中森明菜は、その時流に乗る安易な道を取りません。
あくまでも、年齢を重ねた女性が、一歩引いた視点からかつてのヒット曲を歌っている。声色や声量、音域も変わっているので、キーもそれに合わせる。となると、必然的に演奏スタイルや使われる楽器も入れ替える必要が出てきます。スローダウンし、全体的に落ち着いた、枯れたトーンにせざるを得ません。
そこで、彼女がチョイスしたのが、ジャズだったということなのではないでしょうか。
◆記号的にジャズを示すほど歌謡曲の匂いが強調される
しかしながら、“JAZZ”と称された「少女A」、「北ウイング」、「スローモーション」を聞いても、そこにジャズっぽさは皆無です。
確かにウッドベース、テンション・ノートを奏でるピアノに、ミュートトランペットといった、記号としてのジャズはふんだんに用いられています。デコレーションは、まぎれもなく“JAZZ”なのです。
ところが、むしろそれらの記号がわかりやすくジャズを示すほどに、曲の持つポップス、歌謡曲の匂いが強調されるのが面白いのですね。
演奏に合わせて抑えたトーンのボーカルも、歌い上げたい欲求を我慢すればするほど、アイドル歌謡のサビが盛り上がってくる。ジャズのイディオムで引き算をしてみようとしたところ、逆に強靭(きょうじん)な歌謡曲の骨格があらわになってしまったわけです。
これが中森明菜の意図したものかどうかはともかく、自身の原点をより鮮明に際立たせるアレンジになったのではないかと思います。
紆余曲折(うよきょくせつ)を経て、たどり着いた中森明菜のジャズ。それはかつてのライバルも導き出した解答でした。
◆松田聖子もジャズ。逆に高まる日本っぽさ
2017年以来、松田聖子はジャズアルバムを3作リリース。直近のアルバムでは、自身のヒット曲「赤いスイートピー」を英語でリメイクしています。
こちらはジャズといってもフュージョン、イージーリスニング寄りのサウンドで、参加メンバーには、エリック・クラプトンとの共演でも有名なベーシスト、ネイザン・イーストもいます。そして、このジャズバージョンの「赤いスイートピー」も、中森明菜の“JAZZ”と同じように作用しているのです。
大人びて、洗練されたハーモニーに、歌も楽器もシャレた言い回しを小声でささやくようなフレージングを積み重ねても、松任谷由実のメロディは、決して日本的であることをやめません。日本語の発想で生まれたメロディと英語詞のアクセントが反発しあうことで、余計に日本っぽさの濃度が高まる。
きっとそれは松田聖子の求めたものではなかったはずです。しかしながら、この逃れられないセーフティーネットによって、松田聖子という歌手は歌謡曲に守られていることを示すパフォーマンスでした。
◆明菜と聖子、かつてのライバルがジャズに取り組む
中森明菜と松田聖子。異なるキャリアを歩んできたかつてのライバルが、同じ年にジャズに取り組む奇遇。いつかお互いのヒット曲をジャズアレンジでカバーしあうなんて時が訪れるのでしょうか。
もし実現すれば、昭和歌謡史のラストシーンにふさわしい共演となることでしょう。
<文/石黒隆之>
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4