「IT多重下請け」の構造と解決策 やりがい搾取と「報酬中抜き」はなくなるか?

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2025年02月08日 18:51  ITmedia ビジネスオンライン

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TECH PLAY Companyの片岡秀夫代表

 ITエンジニアやアニメ制作者らが抱えている「多重下請け構造」。この課題が社会問題となって久しい。発注者と受注者という立場の差が生み出した事象だ。「やりがい搾取」という言葉も広まっている。


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 パーソルグループのパーソルイノベーション傘下のTECH PLAY Companyは、IT・DXの人材育成支援サービスを展開。27万人のIT人材と、500社のテック企業に利用されている。TECH PLAY Companyの片岡秀夫代表に多重下請け構造の課題を聞いた。


●なぜ「IT多重下請け」が生まれるのか?


 同社のサービス「TECH PLAY」はもともと社員起案から始まった。特にIT系の人材において、競合よりも強みを有していたことがヒントだったという。DeNAやLINEなどゲームやWeb業界が盛り上がっていた2010年ごろ、人材獲得競争が激しい市場になっていた。


 片岡代表は「人材ビジネスでは、エージェントが平均で35%の料率を設定しています。例えば当時のゲーム業界では本当に欲しい人材に対しては、年収の100%の料率を支払うような状況でした。つまり年収600万円でエンジニアを採用する場合、企業側は、採用手数料を含めると総額で1200万円が必要になる状況だったのです」


 最初は「優秀なソフトウェアエンジニアは、そもそもどこで何をしているのか?」というところから調べ始めた。そして彼らがITに関する勉強会やイベントに積極的に参加している実態を知る。「勉強会やイベントを通じて学ぶことを支援するサービスを作ろうということになりました。それが2013年10月にサービスを開始した『dots.』です」


 2017年に現在のTECH PLAYに名称を変え、現在に至る。現在の事業はB2BとB2Cに分かれ、前者はTECH COMPANY化に向けて戦略、育成、採用を支援。後者はTECH PLAYのWebサイトを通じて、技術情報やキャリア情報を支援しているという。年間で600回以上のITイベントを、企画立案もしている(2024年9月時点)。


 現在、自動車業界は、自動運転車の開発の需要などからIT人材を必要としている。例えば、トヨタ自動車はTECH PLAYのWebサイトに求人を出して採用活動をするほど、ITに特化して求人を募集している。片岡代表は「ソフトウェアエンジニアを採用するほどITに注力し、新しいプロダクトや事業を作りたいと思う企業を増やしたい。そういう機会を作りたいのです」と話す。


●「SIerに外注したほうが楽」という現状


 以前、PE-BANK社長をインタビューした記事でも紹介した通り、フリーランスのITエンジニアは増えてきている。片岡代表は「全体としては依然として『企業対企業』という構図が多い印象です。企業で働くという安心感や終身雇用の影響が、まだ残っている面があるからです」と実態を話す。


 多重下請け構造を理解するには、歴史や背景を知る必要がある。日本人は「手作り/クラフトマンシップ」「ひと手間」など、人間が魂を込めてモノを作り出すことに価値を置いてきた。「日本は1980〜1990年ぐらいのタイミングで、クラフトマンシップのような文化の中で(いろいろな商品の)内製化をさらに進めようとしてきました」


 その後、想定とは違う方向にそれていく。例えば、新入社員にプログラミング言語の「C#」を学ばせた。年月が過ぎ、新たに開発する新商品には「Java」が必要となった。あらためて別なプログラミング言語のリスキリングをさせるのは(時間やコストの面などから)面倒ということで、会社はシステムインテグレーター(SIer)に外注する流れが生まれたのだ。


 「効率化の話なのでいい面はあるのですが、面倒という理由だけでアウトソースすることが果たして正しい判断なのか……。企業としてのデジタルリテラシーの問題ですが、今は、それすらもなくなってしまった印象です」


 つまりSIerを使って効率ばかりを追い求めた結果、多重下請け構造が生まれる土壌ができあがったのだ。「開発したい商品に応じて外部に発注する時点で、一次請けが生まれます。一次請け企業であるSIerはプロデューサー的な役割です。では、実際に誰がシステムを作るのかといえば二次請けの会社です。二次請けで人が足りなければ、三次請けが生まれるという状況になるのです」


 片岡代表によると、プロジェクトにもよるものの大規模なプロジェクトだと、一次・二次までではなく、三次・四次まであるケースもあるそうだ。


 コロナ以後、働き方も変化した。多重下請け構造も変わっていかないのだろうか。


 「日本はピラミッド構造なので、上が変わらないと下は変わらないと思います。一次請けの会社から二次請け、三次請けに継続的に発注が来るのであれば、下請け企業が変わる理由はあまりないからです」


 やりがい搾取に代表される金銭面については、下層になればなるほどブラックボックス化して、いくら中抜きされているのか分からないのが実情だ。


 「もし私が発注元ならば、二次請け以下については、いくらマージンを払っているのかは分かりません。正直なところ、ガバナンスは効かないと思っています。原理原則として、誰がどの工程を作業し、何を作ったのかを正確に記録するような、ガバナンスとマネジメントが効く仕組みを作る必要があります」


 日本では、発注元が上の立場を利用して、コスト削減や、現場に口を出し「あれもやってくれ、これもやってくれ」とリクエストする企業が少なくないという。ちなみに海外には、あまり多重下請けの例はないそうだ。


 片岡代表は目的・目標を明確にする解決方法として「OKR」(目標と主要な結果。Objectives and Key Results)というマネジメントの推進を推奨する。


 「『私たちは何を作るのか?』に重きを置いたマネジメントを、委託先と一緒にできるようになればいいと考えます。それには、発注側の意識改善が必要になります」


 発注元が「下請けと一緒にいいモノを作っていくんだ」という意識を持つことと、立場が上という意識を変えることが重要だと強調した。


●内製化できる企業が増えれば「多重下請け構造」も減る


 TECH PLAYの顧客は、メガベンチャー、Web企業、SIerなどが中心だった。しかしDXが叫ばれるようになり、これら以外の業界に属する企業でも「ITエンジニアを採用したい」という流れも生まれてきたという。


 例えば、イオンやヤマト運輸らが新しいクライアントとして加わった。「社内に優秀なエンジニアを抱え『自分たちでプロダクトを作れる会社にしていこう』ということです。今ではプロダクトを内製化できるまでになっています」


 その後、これまでの採用に加え、人材育成の需要も高まってきた。例えば大手通信業のサポートもしているという。「総合職社員は、社内のローテーションも多く、店長の次の配属先が、商品開発担当ということもあります。ITについて理解が深まるようお手伝いをしました」


 イオンは、IT関係のシステムを内製化できる組織を作り上げた。こういう流れはこれからも増えそうかと聞くと「増えるでしょう」と話す。


 「事実、相談件数が増加しています。ただ、誰が作っても変わらないものだったら外注してもいいですし、変わるものだったら内製化した方がいい。つまり、経営者が経営判断において適切に使い分けができるようになれるかが重要なのです」


 もし内製化が進めば、他社に依存する必要がなくなる。すると多重下請け構造も減るように見える。片岡代表も、多重下請けが減る可能性を示唆した。


 「減るかどうかは、まだはっきりとは分かりません。一次請けの仕事が少し減ることはありえますし、発注元が、実際にプログラミングに携わるであろう三次請けあたりに直接、発注するケースは出てくる可能性があります。自社でエンジニアを抱えている場合、システムに問題が発生したとしても、自分たちで解決することもできますしね」


 そうなれば、ソリューションをビジネスとしているIT企業は、システムの修復をお願いされる機会が減るため、多重下請け構造がそもそも発生しないことになる。


●発注側の意識改善も必要


 働き方が多様化し、各業界でフリーランスが増え、IT業界でもその傾向は強まってはいる。ただ筆者は、企業対企業の関係が依然としてメインであるという片岡代表の話は、しっかりと認識する必要があると感じた。


 いずれにしろ多重下請け構造は、典型的な縦社会を象徴した仕組みのため、日本社会と相性が良いシステムと言えよう。しかし時代は変化した。企業はいずれ選択を迫られるだろう。社会の変化を受け入れ、自分の立場が上という意識を捨てるられるか。それとも変化を拒否して、その結果、いずれ会社が傾くかだ。発注元の意識改革が必要なのは間違いない。


(ジャーナリスト武田信晃、アイティメディア今野大一)



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