限定公開( 3 )
大ヒット曲「ブルーライト・ヨコハマ」で知られる歌手で女優の、いしだあゆみさんが今月11日、甲状腺機能低下症のため76歳で亡くなった。17日、所属事務所のイザワオフィスが公式サイトで発表した。
日刊スポーツのインタビュー企画「日曜日のヒロイン」には1997年(平9)1月12日付で、当時48歳のいしださんが登場。歌手から女優に活動の場を広げ、ベテランの域に突入した時期のインタビューで、女優としての流儀や20歳の時に歌った代表曲「ブルーライト・ヨコハマ」の秘話について語った。当時の記事を再録する。(肩書や年齢は当時のまま)
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役づくりへの信念は曲げない。ベテラン女優の域に達した今も「顔が起きないから」と撮影開始の3時間前には必ず起床する。メークで取り繕うことはしない。「ブルーライト・ヨコハマ」のヒットがあまりにも印象的ないしだあゆみ(48)だが、「私の気持ちの99・9%は芝居」と、現在の興味は女優業だけに向いている。15日には、ヒロインを務めた東映「流れ板七人」が公開。今回も独特のきめ細かさでハマリ役の「片思いの女」を好演している。
昨年秋に行われた「流れ板七人」の撮影中は、毎朝午前5時に起床した。彼女が心に決めた撮影開始3時間前である。前日の撮影が夜中までかかっても、起床時間は絶対に変えなかった。
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「体が起きてから3時間たたないと、顔も完全に起きない」。これは女優としての一つの“信念”でもある。「朝、撮った顔も、夕方に撮った顔も、一緒にしたいんです。映画のフィルムは肉眼よりもはっきり映ると思う。寒い所に2時間立っていたとしたら、フィルムはその苦労をきちんと伝えてくれるんです。私はお化粧で芝居はしたくない。今にそれをしなければいけなくなるときがくると思うけど、その時期をなるべく遅らせたいと思っています」。
最近、自分と似た信念の持ち主がいることを知って感激したという。「アトランタ五輪で有森(裕子)さんが、マラソン本番の前夜は一睡もしなかったって、テレビで言っていたんです。“自分は5時間前に起きないと、体が起きない”って。それを聞いて、うれしくなりました」。
これまで映画、ドラマで数多くの“恋”を経験してきたいしだだが、「流れ板七人」で初めて共演した松方弘樹(54)との恋の設定には戸惑いもあったという。フラリとやってきた流しの料理人・竜二(松方)に思いを寄せる料亭のおかみ役。しかし、自らの熱い気持ちを打ち明ける間もなく、仕事を終えた竜二は去っていく。
「1回デートしただけで、勝手に竜二さんを好きになるという役柄で、好きになるまでの過程は画面には登場しないんです。難しかったですね。ただ、私は片思いとかプラトニックラブとかは好きな方だし、きぬさん(役名)の気持ちだけは理解できました」。
映画の中で印象的な場面はきぬが自らの恋心に気付く場面だ。竜二の名前が書かれた木の札を、ソファに横たわったいしだが、手でそっと抱き締める。次の瞬間、アップにまとめていた髪を左手でハラリと下ろす。文字にするとこれだけだが、セリフ抜きの短いこの1シーンを見ただけで、竜二への思いの深さが十分伝わってくる。数多くの恋を演じてきたキャリアをキラリと光らせる瞬間だ。
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20歳の時に歌った「ブルーライト・ヨコハマ」が大ヒットして、売れっ子歌手となった。29歳で出演した「青春の門」のしょう婦役が認められて、次第に歌手から女優へと活動分野をシフトしていった。本人にとってそれは、至って自然な流れだったという。
「私、歌ではあまりいい思い出はないんですよ。音程が悪くて、いつも怒られてばかりで、すごく暗くなっていました。“ブルーライト・ヨコハマ”はレコーディングに48時間もかかったんですよ。同期は都はるみさんとちあきなおみさんで、二人ともうまいでしょう。歌を聴いて、あこがれていました」。
そんな時にたまたま出演したのがドラマ「大都会」(1976年)。28歳の時だった。「歌手の立場で芝居すると、周りが褒めてくれるんですよ。“大都会”では石原裕次郎さんや渡哲也さんが、すごく褒めてくれて……。歌の世界で褒められなかったから、本当にうれしくて、芝居が好きになっちゃったんですよ」。
当時を思い出すように、うれし泣きの顔になる。役柄でも泣いた顔のイメージが強い。高倉健と共演した映画「駅」では、離別する妻を演じた。出演はわずか1シーン。汽車のデッキから泣き笑いの顔で、ホームに立っている健さんに敬礼してみせる。この場面だけで、話題を一身に集めてしまった。
「私は耐える役や寂しい役が多いって言われますけど、ほかの(女優の)皆さんだって多いと思いますよ。日本映画の場合は、そんな役自体が多いんですよ。印象が強いのはうれしいけれど、私ばかりじゃないのよ」。
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フジテレビのドラマ「北の国から」では、たった一回の不倫が原因で離婚された妻役。富良野を離れる列車の窓から、追いかけてくる娘(中島朋子)に泣きながら手を振り続ける。
「“北の国から”の倉本聰さん(脚本家)は、“男は一回だけでも浮気した妻は許せない”っておっしゃるんです。しょっちゅう浮気する妻ならばあきらめるけど、一回が一番許せないって。それで倉本さんによると、私は一回だけ浮気するタイプらしいんです」(笑い)。
NHKのたっての要請で紅白歌合戦に出場したのは4年前のことだった。16年ぶりの“晴れ舞台”で歌ったのは、やはり「ブルーライト・ヨコハマ」。独特の高音の伸びも、昔とさほど変わらず、終了後は本人も「バッチリでした」と満足そうだった。今でも、ディナーショーに出演して歌うことはまれにある。しかし、いしだの言葉を聞く限り歌手として本格的な活動再開はあり得そうもない。
「自分の好きなことが10あるとすると、そのうち9・99くらいはお芝居なんです。お芝居は私じゃないんだから、不倫だって何だって好きなことできるじゃないですか。歌はやっぱり、怒られた思い出が強すぎて。一度、犬にほえられたら、ずっと犬が怖くなるのと同じなんでしょうね」。
84年に俳優萩原健一(46)と離婚して、現在は独身。スクリーンでは恋多き女だが、私生活で浮いた話は聞こえてこない。
「今は片思いの人がいます。プラトニックラブですけど。私は片思いの方が好きなんです。思うことに疲れたら、自分があきらめればいいだけでしょう。昔から片思いは好きだったなあ」。
素顔のいしだはよく笑い、よくしゃべる。「北の国から」のエピソードを語った時は、大げさな身ぶり手ぶりを交えての大熱演で、同席していたカメラマンも笑い転げた。だが、よくしなる指先などはいや応なく女性を感じさせる。この人の口からしばしば語られた「プラトニックラブ」という言葉は、その意味とは裏腹に妙になまめかしい響きがあった。
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