ブレイキン歴20年以上を誇り、パリ五輪ブレイキン女性部門5位に入賞した福島あゆみさん(41歳)音楽に合わせ、華麗な足さばきを見せる「フットワーク」や、手や足、頭など身体のあらゆる部分を使ってアクロバティックな技を展開する「パワームーブ」など、観る人を魅了するブレイキン(ブレイクダンス)。
1970年代のニューヨークが発祥とされ、ストリートダンスの先駆けとして発展してきたブレイキンは、2024年に開催されたパリ五輪で初のオリンピック競技として採用されたのが記憶に新しい。
女子部門ではAmi(湯浅亜実)さんが金メダルを獲得。男子部門ではShigekix(半井重幸)さんが4位入賞を果たすなど、日本代表選手も健闘を見せた。
こうしたなか、女子部門に出場したAYUMI(福島あゆみ)さんは、惜しくも準々決勝で敗退となったが、“41歳”の年齢を全く感じさせないキレのあるダンスを披露し、SNS上では「40代とは思えない」「キレッキレ」や「勇気をもらえた」といった反響が上がっていた。
ブレイキンを始めたきっかけや、40代とは思えない身体のキレ、パフォーマンスを生み出すために普段の練習や食生活で意識していることについて、福島さん本人に話を聞いた。
◆姉からの誘いでブレイキンに興味を持つように
「運動神経はあまり良くなかった」
そう語る福島さんだが、小学生の頃はスポーツ教室でバレーボールや剣道、水泳、中学生からはテニス部に所属するなど、さまざまなスポーツと親しんできた。こうした幼少期の経験が今のブレイキンに活かされているのだろう。
高校生の頃は部活に入らずに帰宅部だったそうだが、卒業後は外国語の専門学校に通い、その後はカナダへ留学した。
実は海外への興味は小学生から持っていたと福島さんは話す。
「父が洋楽をよく聞いていて、家では英語の曲を自然と耳にしていました。また、父と一緒に洋画を観るのも好きで、映画のシーンに出てくる街並みに惹かれ、日本とは違う雰囲気に魅力を感じていたんです。中学生になる頃には、留学への憧れが一段と強くなりましたね。
当初はアメリカを希望していましたが、父が安全面を心配し、街と自然が調和した環境のあるカナダのバンクーバーを留学先に選びました」(福島さん、以下同)
しかし、留学して1年ほどは言葉の壁があり、なかなか友達ができなかったという。カレッジ進学のためにテスト勉強に精を出すも、将来への不安から悶々とした気持ちを抱えていたそうだ。
そんななか、転機になったのは日本に一時帰国した時だった。
先にブレイキンを始めていた姉のNARUMI(福島梨絵)さんから「ダンスの大会があるから見に来たら?」と誘われたことで、ブレイキンに興味を持つようになる。
「自分としても、このままでは良くないと思っていて、この先どうしたらいいんだろうと悩んでいたタイミングだったこともあり、姉が踊る姿を見て『ちょっとブレイキンやってみるか』と考えるようになったんです。また、当時少し太ってしまったこともあり、体を動かすきっかけを探していたのも大きな理由のひとつです。
ただ、最初はなんとなくブレイキンを始めたので、特にどうしていきたいなどは考えていませんでした。それでも、姉から『どうせカナダに戻るなら、1回バトルに出てみたら』と背中を押され、よく分からないままバトルへ挑戦することになったんです」
◆初バトルで小学生に負けても悔しさは感じなかった
ブレイキンの技どころか、バトルのルールや雰囲気さえも全く知らないまま、とにかく先輩に教わった動きで臨んだ福島さん。
初めての対戦相手は小学生のB-Girl(女性のブレイクダンサー)だったが、力及ばずに敗退。小学生に負けるという屈辱を味わい、悔しい気持ちだったかと思いきや、「全然悔しいとは感じなかった」と福島さんは振り返る。
「初のバトルでは、人前で踊ること自体がとにかく新鮮で刺激的でした。勝ち負けよりも、毎日練習して少しずつできるムーブ(動き)が増えていく過程が、自分にとって心地よく、次第にブレイキンへのめり込んでいったんです」
◆いくつもの節目を乗り越えて「今の自分がある」
21歳からブレイキンを始めた福島さんは着実に実力をつけ、頭角を表していく。国内外の大会で優勝を経験したほか、直近では ブレイキン日本一の座を争う「全日本ブレイキン選手権」で3連覇を果たし、さらにはパリ五輪のブレイキン日本代表にも選出された。
「今までブレイキンを20年間続けてきたなかで、いくつもの節目がありました。優勝した経験もあれば、思うようにいかない時期もあって、その時々で自分自身やダンスとの向き合い方が変化してきたんだと感じています。
特に30代に入ってからは、ひと通りの経験を積んだからこそ、自分のダンスに対して素直になれないこともありました。ダンスが大好きなのに、距離を感じてしまう。今思えば、『こう見せなきゃ』というように、自分をよく見せようと意識しすぎて、純粋に楽しむ気持ちを見失っていたと思いますね」
このような心の“モヤモヤ”から抜け出せたのは、ある時に友人からもらった「びびっているだけでしょ」という何気ない一言がきっかけだった。そして再び心からダンスを楽しめるようになったそうだ。もどかしさを感じる時期を乗り越えたからこそ、「今の自分がある」と福島さんは言う。
◆ストレッチは1時間以上。関節や体幹のトレーニングを重視
2024年のパリ五輪に出場したことで、スポーツのアスリートと関わる機会が持てたことが、福島さんにとって新たな気づきにつながったという。
ブレイキンはアスリート的な要素がありつつも、カルチャーの側面を蔑ろにしては成り立たない部分もある。オリンピックという舞台で、他の競技のアスリートと同じ空間で時間を過ごせたことが、福島さんにとって“まったくの新しい景色”に映ったのだ。
そんななか、パリ五輪で見せた、福島さんの年齢を感じさせないパフォーマンスは、多くの人に勇気を与えた。
日頃から身体づくりやケアはどのように取り組んでいるのだろうか。
「練習前には、必ずウォーミングアップやストレッチを1時間ほどかけて入念に行うようにしています。正直、それをやらないと身体が動かないんですよ(笑)。30代後半に差しかかるにつれて、より一層意識するようになりましたね。
ブレイキンでは膝や肘など関節を多用するので、しっかりケアしないとパフォーマンスに影響が出てしまいます。そのため、ウェイトトレーニングではなく、関節を鍛えるトレーニングや体幹を鍛えるトレーニングには力を入れています」
練習後もストレッチをしっかり行い、毎日お風呂に30分ほど浸かって疲労をとることも欠かさない。必要があれば病院でケアを受けたりと、身体のメンテナンスには常に気を配っているそう。
また、ダンスとは関係なく、普段から食べるものには気をつけているとのこと。
「基本的に自炊中心で、小さい頃から好きな野菜は欠かさず食べていますね。最近では腸内環境を整えることも意識していて、乳酸菌は毎日しっかり摂るようにしています。ただ、お菓子が大好きなので、洋菓子とかつい食べてしまいがちなんですが、アドバイスを聞いて和菓子に変えるように頑張っています」
◆やらずに後悔よりも、まずは一歩を踏み出すこと
今後は「ブレイキンの活動を続けて、多くの人に元気を与えたい」と展望を述べる。
「私自身も何かにチャレンジする時、不安や恐怖を覚えることがあります。しかし、“やらずに後悔する”よりも、まずは“一歩を踏み出す”ことが大切だと思います。私も30代の頃はたくさんの壁にぶつかりましたが、それが糧となって成長できたと実感しています。
自分の人生が少しでも豊かになると思いながら、毎日少しずつでもいいので、前に進んでいくことを意識するといいのではないでしょうか」
2025年3月2日に行われたKITTE主催のイベントでは、エキシビジョンダンスバトルやブレイキン体験会を通じて、ブレイキンの魅力を発信した福島さん。
何歳になってもスポーツを楽しみ続けるための身体づくりやメンタルのあり方は、ぜひ見習いたいものだ。
<取材・文・撮影(インタビュー)/古田島大介>
【古田島大介】
1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている