言語化された目指す姿と、現状とのギャップを埋めていくのが問題解決です。
問題をどのような視点から解くのか、どの方向へ解くのかという解き方のアプローチを明確にしてイシューを特定します。イシューであるか否かの判断基準は、(1)解き得るか、そして(2)解いた結果のインパクトが大きいか──の2点です。
特定されたイシューが解き得るのかは、「どのような視点からどの方向へ解くのか」という解き方のアプローチによります。そして、解いた結果のインパクトが大きいかは、目指す姿に対して現状との差分が十分に大きいかによって決まります。
●【事例で考える】イシューの判断方法
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具体的な解説がないと分かりにくいと思いますので、「明後日に運動会が予定されている中学校のケース」を例として考えてみましょう。
この中学校の地域では、運動会の実施を予定している明後日、大型台風に襲われる予報が出ています。ここでの目的は(当然ですが)「運動会を実施する」です。
目指す姿として2つのパターンが考えられます。
<パターン1>台風が来襲しないようにして、予定通り運動会を実施する
<パターン2>台風が来襲したとしても、なんとかして運動会を実施する
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それでは、イシューであるか否かの判断基準に照らして考えましょう。
パターン1は、来襲予報が出ている台風を人間の力で来ないようにすることは不可能ですので、解き得ません。従ってイシューではありません。
一方パターン2は、台風が来襲することを前提として、なんとか運動会を実施する選択肢は複数あり得ます。例えば、規模を縮小して屋内で実施する、あるいは、日程を翌週へ延期する、などが考えられます。従って、解き得ます。また、運動会を実施することによる学生やクラス、さらに、保護者に対するインパクトは大きいことが見込めるため、パターン2はイシューであるといえます。
このパターン1とパターン2の違いは、「どのような視点から、どの方向へ解くのか」という解き方のアプローチの違いによるものです。
パターン1は「台風が来襲しないようにする」という視点から、台風を来ないようにさせるので、予定通りの規模と場所で運動会を実施するという方向で解いていくものです。一方、パターン2は「台風の来襲は仕方ないので、台風来襲を所与の前提とする」という視点に立って、台風が来襲してもなんとか運動会を実施する方法を案出する方向で解いていくものです。
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パターン1の例は、明らかに不可能なので、このような不可能な視点からイシューを設定することはないはずですが、日常のビジネスや政治行政、家庭のシーンでは往々にして起こっています。このように、「台風来襲が予報されている中で、運動会をどうするか?」という状況においても、どの視点からどの方向へ解いていくのかの違いで、解き得るか否かが分かれます。
イシューを特定する際には、どのような視点からどの方向へ解いていくのか、解き方のアプローチが解き得るものとなるように意識して進めてください。
●本来の目的に立ち返る
ここで、このケースにおける「そもそもの目的」について一つ補足します。
はじめに、目的を「運動会を実施する」こととしましたが、果たして「運動会を実施する」ことが、「そもそもの目的」でしょうか? 運動会を実施した結果、どんな状況に至りたいのでしょうか?
この運動会実施を経て至りたい状況が、「そもそもの目的」でしょう。
例えば、クラスの一体感や達成感を得られること、新しい人間関係が築けること、仲間の長所を発見すること、保護者の学校に対する理解が深まること──などが考えられます。
とすると、台風が来襲しても、運動会の規模の調整や日程変更など、やりようを工夫して、この「そもそもの目的」を達成できます。ここでも、「そもそもの目的」が、問題の解き方の設計や判断のよりどころとなることが分かります。
●イシューかどうかを判断するトレーニングをしてみよう
それでは、イシューかどうかを判断するトレーニングをしてみましょう。次の5つの課題はイシューでしょうか? 具体的に検証していきましょう。
課題1:地震を予知する
地震を予知することは、現在の科学技術では残念ながらできません。従って、これはイシューではありません。
念のための確認として、(2)解いた結果のインパクトが大きいか? の視点で考えると、仮に地震が予知できて、十分な避難や直前の被害軽減策を実施できれば、地震被害を大きく減らすことが可能となるでしょうから、この結果のインパクトはとても大きいです。とはいえ、解けないこの課題は、イシューではありませんので、あなたは時間と労力、資金を投入して取り組むことを避けましょう。
ただし、誤解を避けるために補足すると、地震予知は、現代の科学技術をさらにその先へと進める、学術的にとても重要なテーマです。従って、研究者の方々にとっては取り組むべきテーマです。
課題2:地震被害を軽減する
まず、(1)解き得るか? という視点では、地震が発生した後の被害を軽減することは可能です。厳密に言うと、判断基準となる「目標とする軽減のレベル・程度」(例えば、死傷者◯◯◯人以内、ライフラインが14日以内に復旧するなど)まで明示しないと、「目標とする軽減のレベルを実現するよう解き得るか?」について判断はつきません。とはいえ、ここでは、目標とする軽減のレベル・程度の設定次第で可能となることから、解き得ると判断しましょう。
次に、(2)解いた結果のインパクトが大きいか。地震被害が少なからず軽減された時、その結果のインパクトはとても大きいと期待されます。
実はこの判断も、「目標とする軽減のレベル・程度」が明示されていないので、厳密には解いた結果のインパクトが大きいとは言い切れません。しかし、一般論として、死傷者数が大きく抑制された、あるいは、ライフライン復旧までの期間が短くなったなど、誰の目にも明らかなレベルまで被害が軽減されたならば、その結果のインパクトは大きいと言えます。
従って、この課題はイシューと判断されます。
●立場によってイシューかどうかの判断は変わる
課題3:「社員食堂の食事が不味い」を改善する
まず、(1)解き得るか。社員食堂で提供される食事をおいしく改善することはもちろん可能です。厨房の責任者・料理人へ改善を促す、改善のインセンティブ・評価を明確化する、食材のコストアップを容認する、責任者や料理人を交代させる──など、さまざまな改善策が具体的にイメージできます。
次に、(2)解いた結果のインパクトが大きいか。これは、当事者の立場と背景によって判断が分かれます。
まず、この社員食堂の運営を受託している食堂受託企業が当事者である場合、この課題を解かないまま放置した場合と解いて改善した場合の差は、契約解除か継続かという大きな差につながるでしょう。従って、食堂受託企業にとって、この課題はイシューと判断されます。
他方、この社員食堂を利用する社員を雇用している企業が当事者であれば、その判断は分かれます。この企業が置かれている背景として、社員食堂の食事の優劣がこの地域における有能従業員を獲得できる人数に強く影響を及ぼすような状況であれば、この社員食堂の食事をおいしく改善した結果のインパクトは大きいと期待できます。
実際に、周辺に食事の施設が乏しい工場などでは、働き先を選択する理由として、賃金以外の条件では、社員食堂のおいしさが大事な項目になっています。従って、この企業にとって、この課題はイシューと判断されます。
一方、この企業が置かれている背景が、近辺に多種多様な食堂が存在する、都心部のビルにあるオフィスで、社員食堂の利用率が低い状況であれば、この食堂の食事のおいしさ改善のインパクトはあまり期待できないでしょう。このような背景であれば、この企業にとって、この課題はイシューではありません。
従って、食堂受託企業が当事者の場合、あるいは、企業が有能な従業員を確保するために、食堂でおいしい食事を提供することが重要となる場合には、この課題はイシューと判断されます。
●社会問題はイシューとなり得るか
課題4:社会保障制度を見直して継続維持できるものにする
社会保障制度は、制度として変更可能ですので、解き得ます。決して簡単なことではなく、積年の難題ではありますが、解けないものではありません。
社会経済における雇用、生産活動、国民の健康、生活の安定、さらに治安維持などのためには、社会保障制度の継続が不可欠です。将来のある時点において社会保障制度が破綻して継続できなくなってしまう未来を避けることができれば、そのインパクトは絶大です。従って、この課題はイシューと判断されます。
課題5:税金の無駄遣いを是正する
税金の使途・配分を計画・執行しているのは、政治と行政ですので、もちろん解き得ます。
また、赤字国債を発行し続けている国家予算の状況では、税金の無駄遣いを是正するのはとても大事なことです。とはいえ、解いた結果のインパクトが大きいか、についてはもう少し精査が必要です。
この「税金の無駄遣いを是正する」という表現はとても曖昧(あいまい)で、税金の無駄遣いをどの程度削減するのか、判断がつきません。すなわち、数兆円の規模で税金の無駄遣いを是正するのか、あるいは、国全体で数百万円程度の無駄遣いを是正するのか、解いた結果について明確なイメージがありません。
「税金の無駄遣いを是正する」程度が数兆円規模であれば、解いた結果のインパクトは当然大きいと判断されますが、数百万円程度では、国家予算におけるインパクトは皆無です。従って、税金の無駄遣いを削減する金額の規模によって、この課題はイシューか否か、判断が分かれます。
それでは、どの程度の金額であれば、解いた結果のインパクトが大きいと判断されるのか、もう一歩進めて考えてみましょう。「税金の無駄遣いを削減した結果が何なのか?」を考えます。「無駄遣いを削減して、どれほど減税するのか?」あるいは、「無駄遣いを削減して、新産業育成へ資金投入し、10年後に数十兆円規模の新産業を創るのか?」「赤字国債の発行を止めるのか?」──。この他にも、多岐にわたる結果が考えられます。
これらの結果は、税金の無駄遣い削減を手段として捻出された資金を、何に投じて、どんな未来を実現させるのかという「そもそもの目的」に他なりません。この「そもそもの目的」が達成された時のインパクトが十分に大きいと判断されれば、税金の無駄遣い削減によって必要資金額を捻出するインパクトも大きいと判断されます。
すなわち、この「税金の無駄遣いを是正する」については、(1)解き得ます。そして、(2)解いた結果として「そもそもの目的」が達成された時のインパクトが大きいならば、この課題はイシューと判断されます。
余談ですが、課題4、課題5のように、難題として長年解かれずに放置されたまま先送りしている課題も、いつかは放置し続けることができなくなるときがくるでしょう。とても厳しいところまで追い込まれれば、本気で解決していかざるを得なくなります。しかし、追い込まれてから解くのでは、時間の制約、取り得る手段の制約も厳しくなって、より解きにくくなりがちです。
このような積年の超難題こそ、表面的な対症療法の上塗りで問題を先送りするのではなく、イシュー思考を進めて解いていくべき対象ではないでしょうか。
5つの課題例それぞれについて、具体的にイシューなのかどうかは「(1)解き得るか」「(2)解いた結果のインパクトが大きいか」、この2つの判断基準に照らすと、シンプルに区別されることを実感してもらえたと思います。
このように、まずは提起された課題がイシューなのか否かをシンプルに判断し、取り組むべき価値のある課題(=イシュー)に注力して、あなたの時間と労力、資金を無駄にすることなく有効に活用してください。
(この記事は、和氣忠著、かんき出版の『イシュー思考』に掲載された内容に、かんき出版による加筆と、ITmedia ビジネスオンラインによる編集を加えて転載したものです)
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