「船外機をプラモにしてください!」とホンダから直訴!? “水上のスーパーカー”BF350はいかにしてプラモデルになったのか

0

2025年03月24日 20:03  ねとらぼ

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ねとらぼ

本田技研工業パワープロダクツ事業本部の中島さん(右)と、マックスファクトリーの高久さん(左)

 1月発売予定のマックスファクトリー製プラモデル「minimum factory みのり with ホンダ船外機 BF350」。「船外機」という、どちらかといえばニッチなメカがいきなりプラモデルになったのが不思議で、取材するためにホンダの細江船外機工場に取材に伺った結果、冬の浜名湖をBF350を積んだボートで激走することになったのは、前回書いた通りです。


【その他の画像】


 積んでいるのはホンダ初のV8エンジン、パワフルでタフでシンプルでラグジュアリーという、BF350自体の魅力は前回の記事でわかったわけですが、ではこのプラモデルが実際に完成するまでにはどのような事情があったのでしょうか。飛行機や戦車、ロボットや車といったプラモデルの定番モチーフとは異なる題材ゆえ、普通じゃないエピソードがあったのでは……?


 ということで、この「みのり with ホンダ船外機 BF350」の企画・開発を担当したマックスファクトリーの高久裕輝さん、そしてホンダ側の担当者として監修や折衝を行った本田技研工業パワープロダクツ事業本部の中島茂弘さんに、キット開発にまつわる経緯をお聞きしました。前代未聞な「内部構造まで再現した船外機のプラモ」は、いかにして実現したのでしょうか。


●耕運機、除雪機、それなら次は船外機!


──BF350がどういうもので、どれだけパワフルか、というのは先ほど船に乗ったり説明してもらったりでだいたいわかったんですが、これがプラモになるというのは、やっぱり紆余曲折あったのではないかと思います。あらためてプラモデル化の経緯をお聞きしていいでしょうか?


中島 そもそもなんで船外機のプラモが出たかっていう話だと、そのひとつ前のキットの話からしないといけないんですよ。というのも、元々はF90っていう耕運機のプラモデルからマックスファクトリーさんとのお付き合いが始まりましたけど、F90って1964年の商品なわけですよ。プラモデル化は我々としてもハッピーだし、社内においてもみんな「すごい、すごい」と言ってくれましたが、しかしやっぱり「どうせなら現役のモデルをプラモにしてくれないかな」という声もありまして。


高久 商売のことを考えれば、そうなりますよね。


中島 なので、高久さんと会うたびに「次は現役ね」「現役の商品だよ」ってずっと言い続けてたんです。プラモデルだし、流れとしては「ホンダのパワープロダクツの、歴代有名モデルを順番に出す」というのもありそうじゃないですか。だからそうならないように、ひたすら「次は現役ですよね」って言い続けた(笑)。


──F90の次に出たプラモデルっていうと、除雪機でしたよね。


中島 そうです。あの時はいよいよ次のキットということで「うちの現役モデルで候補はありますか?」と聞いたら、出てきたのが除雪機だったんです。うちも商売っけがあるから、最新型の一番いい除雪機を提案したら、いまいち反応が悪くて。「なんで?」って聞いたら「ライトが丸目じゃないとヤダ」と。


高久 F90のプラモデルが売れた理由に、ライトが丸目でちょっとユーモラスだったり優しそうな感じだったというのがあると思うんですよ。でもホンダさんの除雪機って、上位機種になると角目になっちゃう。ということで、丸目の中でも最上位の機種だった、HSS1170nという機種を選びました。


中島 もうプラモデルのプロがそう言ってるんだから、じゃあウチとしてもそれでいいや、となりまして。それでこの除雪機も、商品が世に出るまでけっこう時間がかかったわけですよ。F90で3〜4年、除雪機で2年くらいかかって、これはもう次はすぐ取り掛からないとまた数年かかっちゃう。だから2022年5月の静岡ホビーショーで除雪機のキットを展示した時、高久さんに「次どうする?」って聞いたんです。最初のF90は高久さんから、次の除雪機は僕から提案したから、それなら3つめは「せーの」で同時に言おうということになって、二人同時に「船外機!」って言ったんです。


──だったらもう、次は船外機しかないですね。


中島 ただ、高久さんの考えていたプラモと、僕が考えてたプラモの内容が全然違った。僕は「船外機だけじゃあプラモにならんだろう。せめて船の後ろ半分とかがついてないと」と思ってたんだけど、高久さんに聞いたら「まるっきり違う」と。それで出てきたのが、「船外機だけをそのままプラモデルにする」というプランだったんです。


高久 最初の耕運機は春っぽいアイテム、除雪機は当然冬ということで、次は夏っぽいアイテムの船外機だろうという頭だったんです。横に添えるフィギュアもこれまでのアイテムだと割とモコモコした服装をしてたんで、船外機ならガラッと雰囲気を変えられるし。陸にあげた状態で横に女の子のフィギュアがいるなら、船外機単品のキットでも成立すると思ったんです。陸にあげて、カバーが開いた状態だったら、人が横にいても不自然じゃない。


──なんでいきなり船外機のプラモなんだろう、と思ってたんですが、理由を聞くと確かに「その流れなら船外機しかないな……」という気持ちになりますね。


●企画が進んでから唐突に出現した隠し球、BF350


中島 で、じゃあ次は船外機……ということになったんですが、その時点ではウチのトップモデルってBF250っていうやつだったんですよ。これはV型6気筒の250馬力。


高久 それが最大最強なら、もうBF250でいこうということで、ネットで拾った画像をもとにざっくりした原型を作って、「1/20だとこのくらいのボリューム感か」「これだったらF90を縦にしたくらいの体積だから、全然キットになるな」みたいな部分を確かめたりしました。版権許諾はとりましたけど、具体的な設計には入ってない感じです。


中島 じゃあマリン事業部にも協力を仰ぎましょう、やるぞと宣言に行きましょうということで、浜松まで来て挨拶したんです。「ぜひやってください」「じゃあこれでオッケーですね」という話になったのが2023年の10月くらいなんだけど、実はその直前の9月に、ジェノバでBF350が発表になっちゃったんですよね……。


高久 隠し持ってたんですよね、もっとでっかいフラッグシップマシンを(笑)。BF250を作るぞ〜と思ってたんだけど、「こっちはV8で〜す」ということになっちゃって、あらら……これはどうしよう……と。


中島 「ちょっとカラーバリエーションが出る」程度の話じゃないから、軽々しく外に言えないわけですよ。ホンダの威信がかかっちゃってるから。だから黙ってるしかなかった。


高久 ジェノバでの発表があったあたりでは日本での発表とか発売時期も決まってなかったし、まあ「BF250のプラモを作って、でももっと大きいBF350もありますよ」くらいでいいかな……と思って、同じ年の11月にもう一回浜松に来たんです。


中島 そんな状態だから、その場にいるみんながモヤモヤしてるわけですよ。高久さんとしてはBF250で申請しちゃったから、あらためて「今回のキットは250で行きます」という話をしに来たわけなんだけど、その場でマリン事業部の福田の方から「……BF350ではダメですか?」と逆に提案が出まして。プラモを作りたい方としては「え!? いいんですか!?」と。


高久 そりゃびっくりしますよ。こちらとしてもやりたいですけど、その場合はある程度協力してもらわないと難しいですっていう話をしたら、「できる限りのことはします」とおっしゃってもらえたので、じゃあもうこれはBF350でいこう、という話になりました。


●「プラモにしてください!」と直訴したマリン事業部が全面協力


──具体的に設計に協力したのは、ホンダのどの部署だったんでしょうか?


中島 マリン事業部と細江船外機工場、あと朝霞にあるマリン事業部の研究所が協力してます。


高久 そういったご協力もあって、非常に実物に近い、正確なものができたと思います。


中島 これだけマリン事業部が協力的だったのは理由がありまして。というのも、今まで出たのが耕運機と除雪機でしょ。このふたつはホンダのパワープロダクツの60年以上の歴史において、初めて出たプラモデルなんですよ。第一弾の耕運機では「へえ〜」「出るんだ〜」くらいの感じだったけど、二弾目の除雪機となると「また出たの!?」という驚きもありまして。


──1回だけじゃなかった、ということになりますもんね。


中島 そうなってくると社内的にもけっこう「すごいじゃん」という感じになってくるんですよね。それで、ある時高久さんから僕の方に電話がかかってきたんですよ。「中島さん、ちょっとお聞きしたいんですけど、ホンダのマリン事業部の人から電話がかかってきて」と。まだBF250をやろうかなって言ってた頃の話ですが。


──いきなり直でですか。


中島 そうそう。「こうこうこういう人から電話が」っていうから、「いいよ、引き取るよ」って。それでマリン事業部に連絡して「事業企画の中島ですけど。あの、マックスファクトリーさんに電話した?」って聞いたら、「しました……」と。「船外機のプラモ作ってくれって言った?」「言いました……」「あのさあ、あんまり大きな声じゃ言えないけど、今やってるのよ」「え! もうやってるんですか! わかりました!」って(笑)。


──なんと。マリン事業部からプラモ化を直訴されていたとは。


中島 今までパワープロダクツの製品って全然プラモになってなかったから、社内的にはそのくらい盛り上がっちゃってたんですよ(笑)。だからもう、船外機がプラモになるならということで、マリン事業部は全面協力です。


高久 そういう感じでご協力いただいたんで、今回は前の2ネタに比べると設計はずっと早く終わりました。なんせフラッグシップマシンなので素材がたくさんあるし、外形を追うのはそんなに時間かからなかったです。ただ、エンジンを中に詰めるのが大変で。


──中身が詰まってるというのは、このキット最大の見せ場ですもんね。


高久 エンジンのサイズをできるだけ縮めず、カバーの中にパツパツに入ってる感じを出さないと、実物の雰囲気が出ないんです。でも、タイトすぎてなかなか閉まらないし、さらに誰が作っても閉められるようにしないといけない。4月にはほとんど図面ができてたんですが、そこからちゃんとカバーが閉じる試作品が出てくるのに11月までかかりました。


中島 監修しようと思って待ってるけど、全然物ができてこない。そもそも、僕は船外機の外形を再現したものを作るんだと思ってたんですよ。なのに高久さんが「エンジンを作ってカバーの中に入れて、という工程を踏むことで、船外機というものの構造を理解できるキットにしたい」と言い出したから「そこまでやるの?」となったんです。


高久 今までは耕運機とか除雪機とか、フィギュアと一緒にポンとおけば情景が浮かんでくるような題材でした。けど、今回は「大型でタフなエンジンが入ってる、超単純でパワフルでラグジュアリーなメカ」という船外機自体の面白さにフォーカスしたキットです。だから「これがV8エンジンです」「この巨大なエンジンがケースの中にミチミチに入ってます」というのがわからないと面白くない。メカ自体の面白みに注目しているという点では、ある意味今までで一番プラモデルらしいモチーフだし、モデラー向けかもしれないです。


──スーパーパワーを秘めたものがプラモになってると、無条件でうれしくなりますもんね。


高久 そういう部族ですからね、モデラーは(笑)。


●「エンジン屋」本田技研のコア、入魂のV8が詰められたプラモデル


中島 僕はプラモデルを作らないから全然わからないけど、そういうことがマックスファクトリーさんのお客さんには大事なんだろうということが過去の2回でわかってたから、それなら今回はマリン事業部と研究所の協力が必要だろうと。


高久 戦車にしろ飛行機にしろクルマにしろ、エンジン自体にエピソードがあるようなマシンには当然のように「エンジンまで再現しました」というプラモデルがたくさんあります。だから、こちらとしては「船外機の中身を作る」というのはそんなに不思議なことをやっているつもりもなかったし、メカとして面白いポイントを再現しているだけだったんですが、そこが実物を作っているメーカーさんに驚かれるポイントになる……というのは面白かったですね。


中島 でも監修の時にこれを見せてもらって、「ああ、組ませるというのはこういうことか」って初めて僕も理解できたんです。言ってることは正しいんだろうからいろいろと協力しないと、と思ってやってきましたが、具体的に「中身のエンジンを組ませる」というのはどういうことなのか、そこでようやく理解できたんです。


高久 でも、「本田技研というのはエンジン屋である」というのは、みんな叩き込まれるわけじゃないですか。


中島 そうそう。僕が入社した時は二輪に配属されたんだけど、その状態で「ホンダは二輪メーカーです」って言ったらめちゃくちゃ上司から怒られるんですよ。「俺らはエンジンメーカーなんだ!」っていう。


高久 だからというわけでもないですが、「エンジンがあってシャフトがあって、ギアがあってスクリューが回る」という、船外機のシンプルな構造はプラモでもわかるようになってます。とにかく実物の船外機が持っているタフな魅力や、「そんなことある!?」って言いたくなるような構造は伝わるように作ったんで、プラモデルを作りながらそこを感じ取ってもらえると嬉しいですね。


中島 もう、このプラモデルの影響で広報用の素材も追加しましたから。


──どういうことですか?


中島 監修でカバーを取った状態を見せてもらってから、BF350の試乗会をやったんですよ。その時に「あれ? 広報用のカットでエンジンそのものを見せてる写真ってあったっけ?」と思って、担当者に聞いたら「ない」っていうんですよ。そりゃいかんと思って、カメラマン連れてもう1回細江まで来て、バシバシ撮って宣材に加えました。


高久 そういえば、最初に見せてもらった資料にも、エンジンだけの写真ってなかったですね……。


中島 我々はエンジン屋で、しかもホンダ初のV8なのにね(笑)。ちゃんと8気筒写ってないとダメじゃないですか。そこはもう、プラモデルに教えられました。


──いやほんと、聞けば聞くほど、今まで船外機のちゃんとしたスケールモデルがほとんど存在していなかったのが不思議になってきましたし、「ホンダのV8エンジン」がプラモデルになったことの意義がよくわかりました。ありがとうございました!


 船外機プラモに詰め込まれたこだわり、おわかりいただけましたでしょうか。実際にハイパワーな船外機を搭載したボートに乗り、そしてその仕組みを(ちょっとだけ)知った上でプラモデル化の経緯を聞くと、「なんで船外機をプラモデルにしたのか」という疑問が解けたように思います。


 というわけで、「minimum factory みのり with ホンダ船外機 BF350」は1月下旬に発売予定。船外機という特殊すぎるメカに興味が湧いてきたぞ……中身がどうなってるか気になるぞ……という人は、プラモ屋さんに足を向けてみてもいいかもしれません。エンジン屋と模型メーカーがタッグを組んだ前代未聞のキットを、ちょっと味見してみるのも一興ですよ!


(取材・構成:しげる)



    前日のランキングへ

    ニュース設定