
『死にたい夜に限って』『クラスメイトの女子、全員好きでした』と、著作が次々にテレビドラマ化された作家、爪切男。1979年生まれの45歳、坊主頭で125キロ、風俗通いの日々を描いた著書『きょうも延長ナリ』もあるように、タイプとしては私生活無頼系。
そんな爪切男が、集英社のウェブメディア『よみタイ』で突然始めた「中年男が美容を始めてみた、健康を目指す」がテーマの連載『午前三時の化粧水』が、このたび書籍化された。単行本の特別企画として『キレイはこれでつくれます』等の著書がベストセラーになっているMEGUMIとの対談も収録(帯には推薦コメントも)。
この本は「中年でも美容をやるといいですよ」という啓蒙本ではない。いや、一種の啓蒙本ではあるが、「美容の」ではなく、「人生の」啓蒙本である、ということが、読めばわかる。そのような話も、それ以外の話も含めて、本人に聞いた。
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──このタイミングで美容に取り組み始めたのは、ご自分ではなぜだと思います?
爪切男(以下、爪) いろんなタイミングが偶然合わさった感じがしますけどね。42歳という中年期に入ったこと、作家として何冊か本も出せて、「これからどうしようか」と思い悩んでいたこと、そして同じ頃に、まだ友人でしたけど、妻とも出会ったし。
そういうことと、公園で子供たちに「太っちょゴブリン」と言われたのも合わさって(※本書の第1話に、美容を始めたきっかけとして記されているエピソードがある)、美容っていうか、「俺、もうちょっといろいろマシになんねえかな」って思った、というのがきっかけですね。自分を変えるための条件が全部そろっていたから「やってみようかな」と。
──美容に限らず、健康やメンタル、生活スタイルもそうだと思うんですけど、そもそも、人って「変わりたい」「もっとマシになりたい」と常に思っている、でも変われない、というところがあると思うんですけれども......。
爪 そうですよね。私自身、恋愛や生活、体型もそうですけど、常にあるがままというか。日々シラフでも酔っぱらっているみたいなだらしない感じが、作家としての自分の売り、みたいな気持ちもあったので。だから、体重が120キロ以上になっても、私はこのままでいいんだと思い込んでいたんですけど。でも、年を取るとみんなそうだと思いますが、「人から何も言われない、イコール自分は大丈夫」っていうわけではなくなるじゃないですか?
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──はい、そうですね(笑)。
爪 「この人には何を言ってもムダだ」と、見捨てられているだけなのがわかってくるというか。でも、妻は諦めなかった。「やってみなよ、できるから!」って根気強く励ましてくれて、「そこまで言うなら......」って私がちょっと頑張るだけですごく褒めてくれてうれしかった。男っていうのは、褒められたらなんでもやる生き物なので(笑)。
──そこで、この連載を読んで、いいなと思ったのが、毎日ジムに行くとか、ジョギングするとかに比べると、実践している美容のハードルが低いですよね。シートマスクを買ってみるとか、ヨーグルトを食べてみるというのは。
爪 低いですね。
──低いわりにちゃんと効果が出るものから選んで実行している。
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爪 そうですね。この本で対談したMEGUMIさんもおっしゃってましたけど、「究極を言うと、日々の美容はシートマスクだけでいい」らしいので。それなら続けられますよね。
あと、今までホントに何もしてこなかったんで、伸びしろがすごかったんです。毎朝カサカサ肌だったのが、化粧水をつけ始めて3日ぐらいでモチモチのスベスベ肌になったので。目に見える結果が出るとやる気も出るじゃないですか。
──そうやって、簡単で結果が出ることから始めて、じわじわとレベルを上げていく、というのが、自分を変えたい中年男が、この方法なら変えられることに気がついて、実践していく本として読める。うさんくさくない自己啓発本というか(笑)。
爪 ああ、確かに、美容啓蒙本ではまったくないですね。あと、美容をきっかけに一番変わったのは、人の意見を聞くようになったんですよ。スゴく素直になった。
仕事だと、編集者に「ここ直してください」と赤字を入れられたら、納得いかなくてもとりあえず従うんですけど、自分の生活に関しては「いや、俺の人生だから」って、何を言われてもきかないことが多かったんです。
たとえば「プロレスとか好きな映画の派手な柄のTシャツばっかり着てるけど、普通のシンプルなポロシャツも似合うと思うよ」と言われても「いや、一生このTシャツでいい」、「もうちょっと食生活を変えたほうがいいよ」と言われても「いや、俺は自分の食いたいものを食いたいだけ食う」って。
でも、いざ美容で結果が出始めると、人の意見を素直に聞くようになった。生活全般においてそうで、たとえば音楽や映画、本も、人に勧められたものをちゃんと聴いたり観たりするようになりました。恥ずかしながら、40になって、人の意見を聞くのが楽しくなってきた。それは美容がきっかけですね。自分のようなオッサンにもまだ変われる部分がある、その可能性は人の意見を聞くことでしか拡がらないものだったんです。
これまでの私って「作家としての爪切男はこうあるべし」っていうパブリックイメージに逃げ込み過ぎていたんですよね。今の自分を変えなくてもいい、テイのいい言い訳にしてました。ハタから見たら、「爪切男、いつも飲み歩いて、ガールズバーとか行って、楽しそうに生きてるよね」と思われてたかもしれないけど、爪切男を演じることを意識し過ぎたがんじがらめの生活だったのかもしれないな、と思います。
125キロまで太って、いつ死んでもおかしくないような生活を送っていて。それで本当に死んだら、ファンの皆様は「爪さんらしかったね」って言ってくれるかもしれないけど「果たして、それでいいのか?」と思う。やっぱり、私はもうちょっとマシになりたかったんだと気付きました。そのきっかけが美容だったんだろうな、と思います。
──あと、自分もそうなので思うんですけども、オッサンってオッサンであるということ自体が害じゃないですか。汚いし、臭いし。
爪 はい(笑)。
──美容も、若い男は普通にやっている世の中になったけど、爪さんのように、むしろオッサンのほうがやるべきなんじゃないかと。
爪 そうですよね。この本にも書いているんですけど......我々って「今の世の中に合わせてアップデートしろ」って言われている世代じゃないですか。
でも、自分がその世代と触れ合っていて思うのは、オッサンにアップデートってやっぱり難しいんですよね。「若い世代や女性が望むような100%のアップデートは難しいよ」と思っているところもあって。でもそうなると、わかり合えなくても話し合うことが大事かな、と思うんです。対話した上でお互いの存在を、理解し合えなくても、認める。居心地のいい距離感を作るのって、やっぱり対話しかないと思うんですよ。
その対話をする時に、清潔感ってすごく大事で。ちょっとはマシなオッサンになっていないと、人ってしゃべってくれないし、心も開いてくれないから。美容のおかげで自信がついたので、今は相手の目をしっかり見て話すことができてます。
相手の確かな変化を感じると、うれしい反面、「ああ、前は気を遣われていたんだな」と気づいて、傷つきはするんですけど(笑)。
──シートマスクや眉毛やヒゲの手入れも、ひとつひとつは小さな変化だけど、それらが集まって積もっていくうちに、総量として大きな変化になるという。
爪 そう。自分というプラモデルを自分で作り上げるような感覚も楽しいですね。誰かと美容トークをするのも楽しいけど、美容ってひとりで自問自答しながらするものだと思うので。他人の意見も参考にするけど、結局自分のことは自分にしかわからないですしね。
──デューク更家さんのウォーキングエキササイズも、ひとりでできますもんね。
爪 そうそう。最初は、ウォーキングエクササイズなんてと思ってました(笑)。ところが、いざ本を読むと気づきが多いです。歩く時の腕の振り方とか、デュークさんの本のとおりにやってみたら、気持ちもスッキリするし血行もよくなった気がします。歩き方を変えるのも、その日からすぐできるじゃないですか。我々おじさんは、めんどくさいの、苦手なので。
──この本で、本当に多くの美容法、健康法を試しておられますけど──。
爪 やめちゃったものも多いですよ(笑)。でも、あきらめてもいいから、いろいろ試してみるといいんじゃないかな、と思います。とはいえ、縄跳びは続いてるし、養命酒もだし、ヨーグルトも、ルイボスティーも、お灸も......そうか、続いてるものも、けっこうありますね。
あと、チョコザップは素晴らしいですよ。ただ運動をするだけじゃなく、チョコザップという空間は精神的にもすごく落ち着くんです。利用者は基本無言なんですけど、健康のために頑張っている仲間同士のような連帯感を私は勝手に感じています(笑)。
20歳を過ぎて上京した当時、深夜3時ぐらいの松屋で牛めしを食っている他の客を見て、「僕たちは一緒に孤独を抱えながらも必死で生きてるね」と勝手に仲間意識を持って安心していたんですけど、それに似たような安らぎがチョコザップにはあります。
──あと、この本は、これまでの爪さんの作品と大きく違うところがありますよね。これまでの本は、どれもテーマが過去のこと、終わったことだったけど、今回は現在進行形ですよね。
爪 ああ、確かに。そうか、私って本当に過去の思い出を大切にして生きてきた人間なんだな、と、今、言われて思いました(笑)。誰だったかな、失念していて申し訳ないんですけど、最近テレビで観た番組で、あるコメンテーターが言ってたんですよ。
「日本人というのは、初恋の相手とか初めての女性とか、最初の人やモノを大切にし過ぎるところがある。欧米の人は人生の最期をどう幸せに、誰と過ごすかを重視して日々を生きているので、歳を取ってからも自分らしくイキイキと生きている人が多い」のだそうです。
思い出も大切だけどそれにすがって生きていくより、美容と健康に気を遣って、これから先を考えて生きている今が一番楽しいですね。
今までの僕は、過去の思い出だけを心の支えに生きてきたから、そういう心境の変化が、この本にも活きているかもしれないですね。ほんの2、3年ほど前には、中島らもさんじゃないけど、うまい酒をガブガブ飲んで、気持ちよく酔った帰りにすってんころりんと転んで死んでもいいやって思ってたけど、今はとにかく素敵な最期を迎えたい、と思っているところはありますね。
──だから、美容啓蒙本ではないですよね。メンタルクライシスに陥(おちい)る危険性のある40代以上の男にとっての、「今からでも自分を変えられる」という、人生の啓蒙本。
爪 まあ、やれることだけやればいい、という......。40を過ぎると自分の限界もわかってるだろうし、だったら、自分を信じてやれることをやっていくしかないですね。若い頃だと悩みますもんね、自分に何がやれるのか、なんの才能があるのか。可能性がありすぎて。
オッサンの強みって、いい意味で枯れて、いい意味で諦めがついてますから。何かをやって、結果が出なくても、失敗してもあきらめがつく、だからラクにやれる、というところもあるんじゃないですかね。
──加えて、ネタバレになるから詳細には触れませんが、巻末に載っている「妻からの手紙」が、すばらしくて。
爪 あ、一切タッチしてないんですけど。
担当編集 ほんとは爪さんに読ませるつもりもなかったんです(笑)。本ができてからびっくりさせよう、サプライズで入れようと。でも、本当に素敵な文章を書いてくださって。
──これは感銘を受けました。
爪 生活とか、生きるということそのものにちゃんと向き合っている、すごい生命力あふれる人なんだな、と改めて思いました。私が今まで付き合ってきた中で、そんな人、いなかったんですよ。「だらしない私を許してね、その代わりだらしないあなたが好きよ」みたいな感じで、お互いラクにやっていこうや、みたいな......。
それが悪いとは言わないですけど、妻はそういう人とは違いましたね。「あなた、何もやってない分だけポテンシャルがあるんだから。何か変われるかもしれないんだから、やってみてよ」とちゃんと言ってくれた。本にも書いてあるけど、「いつか別れることになっても、私に愛された証拠をあなたに残してあげたい」という。
ここまでの覚悟で、私と向き合ってくれた人はいなかったですね。美容と出会ったことで、オッサンでもまだ変われるんだという自信や、自分には向いていないと諦めていたことも頑張れるかもしれないという勇気が芽生えました。そのおかげで、結婚にも踏み切れたましたね。結婚なんて絶対しないと思っていたのに。
──それを乗り越えて結婚したあとも、決してラブラブな生活ではないですよね。家出していた時期もあったし。
爪 そう、快活CLUBの主になりかけてました(笑)。だから、この本に書いてあることを惚気(のろけ)のように思わないでほしいんですけど。
──「セガサターンを片付けろ」って言われて、シリアスな対立に発展したんでしたっけ。
爪 そう、私は令和になった今も大好きなセガサターンで遊んでいるのに、それを片付けろって言われて大ゲンカして、セガサターンを持って飛び出すっていう(笑)。家に置いて出たら売られるかもしれないと思ったので。
──ここだけは譲れないと(笑)。
爪 話し合いの結果、家事を今よりも頑張るという条件で、1日1時間はサターンで遊ぶ権利は勝ち取りました(笑)。いろんな業者に頼んで、今のテレビで快適にプレイできるように、最新のアップデートをしてあるんですよ。
電池とか端子とかめっちゃ交換して、メモリーも特注で、ケーブルも新潟県の業者に電話してわざわざ作ってもらって......という話でもう、私が絶対結婚に向いてない人間だってわかるじゃないですか(笑)。そんな具合にいろいろぶつかることはあるけど、それでもなんとか結婚生活を維持しているのは、おもしろいなと思いますね。美容も結婚も作家業も向いてないとは思いますが、やっぱり楽しいから続けられるんですよね。
●爪切男(つめ・きりお)
1979年生まれ、香川県出身。2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。3月26日には『午前三時の化粧水』が発売される
取材・文/兵庫慎司 撮影/榊 智朗