物語の鍵となるアジサイをどう咲かせたのか――『対岸の家事』植木装飾が明かす制作の裏側。切り花を長持ちさせるコツ

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2025年05月13日 13:00  TBS NEWS DIG

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梅雨の季節を彩るアジサイは、日本でも古くから親しまれている花の1つだ。青や紫、ピンクといったさまざまな色が特徴で、その神秘的な色合いが多くの人を魅了してきた。また、小さな花が集まって1つの大きな花房を形作る姿は、調和や結びつきを象徴するともいわれている。

【写真をみる】『対岸の家事』あお、あか、ピンクのアジサイの咲かせ方

朱野帰子原作のお仕事小説『対岸の家事』(講談社文庫)をドラマ化した『対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜』(TBS系)では、そんなアジサイが物語の重要なモチーフとして登場する。ドラマの世界観を表現するため、セットや衣装にさりげなく取り入れられ、作品の雰囲気をより一層引き立てている。しかし、撮影はアジサイの開花時期とは異なる季節に行われたため、植木装飾チームによるさまざまな工夫が施された。

ここでは、本作の植木装飾を担当した森真梨亜氏に取材を敢行。一見すると、本物のようなアジサイをどうやって作り上げたのか尋ねてみた。

“季節外れのアジサイ”に挑んだ植木装飾の工夫

「植木装飾」とは、テレビドラマ、バラエティ番組、トーク番組、音楽番組等の生花木を素材としたスタジオ装飾を担う担当のこと。森氏はドラマセット内の庭や生け花など植物や造花、造葉を使った装飾を担当している。

アジサイが物語の重要なモチーフとして登場する本作。全て本物のアジサイで挑みたいところだったが、撮影時期がアジサイの季節とは異なっており、用意に困難を強いられた。「生産者の方々にも問い合わせたのですが、時期的にまだ株が小さく、大きなものは手に入らなかったんです。そのため造花や造葉を使う形になりました」と工夫を重ねたことを振り返る。

「屋外ロケでアジサイの道を作る際は、造花や造葉を細い竹のようなものにつけて1本の枝のように見せ、それを本物のアジサイの枯れ枝に巻きつけるといった工夫をしました。また、その枯れ枝もないような場所では、会社で常備している植木に造花を取り付けて株ごと作り、道を彩ることもありました」。

主人公の専業主婦・村上詩穂(多部未華子)が慕う先輩主婦・坂上知美(田中美佐子)の家の庭にあるアジサイは造花と造葉でできているが、「その周囲の植木や花は本物を使用しています」と森氏。劇中でアジサイを生けるシーンやアップで映る場面では、市場で仕入れた海外から輸入された生花のアジサイの切り花を使用したという。また蔦村医院の蔦村晶子(田辺桃子)がアジサイの苗を買うシーンが出てくるが、「本物の小さい苗を仕入れました」と裏話を明かす。

“白いアジサイ”を青や赤に――手作業で色づけるこだわり

アジサイは咲く季節が限られている花だ。梅雨の時期にしか見られないこの花を、撮影のタイミングに合わせて用意することは、植木装飾チームにとって大きな挑戦だった。「輸入されたアジサイを入手することはできましたが、劇中で使いたい色を継続して入手することが難しくて悩みました」。そこで森氏が取った方法が、白いアジサイを1本1本染めるというものだった。

「生花用のスプレーを使って私が全て手作業で染めました」と森氏。アジサイは土壌の酸度によって色が変化する性質があるため、自然な色味を再現するのは簡単ではない。特に本作では、主人公の娘・苺(永井花奈)が「あお、あか、ピンク」とアジサイの色を語るセリフもある。

「造花と造葉でアジサイの道を作った時、実際に見て『あれ?これ本物?』と驚かれた方も多かったですね」。通りすがりの人が「こんな時期にアジサイが咲いているの?」と言われた時はうれしかったという。

そのクオリティの高さに、主演の多部未華子さんも驚いたそうだ。「『どれが生花で、どれが造花かわからない』と言ってくださって。そう言ってもらえた時は、やっぱりうれしかったですね」と森氏。最近の造花は本物そっくりに作られており、「逆に本物が造花に見えてしまうこともあるくらい」と笑う。

「葉が本物だと造花を入れても気付かないことがあるくらい、造花の技術は年々進化していますね。植木装飾は作品づくりには本当に欠かせない存在になってきています」と、語ってくれた。ドラマの世界観を支える“裏方の美学”には、季節を超えた花々への深い愛情と、細部へのこだわりが詰まっている。

さらに、本作では坂上家の庭や詩穂の家のベランダにガーデニングスペースを設け、ハーブやイチゴの苗を配置するなど、細部までこだわった装飾が施されている。「苺ちゃんの存在を意識して、イチゴの苗をいくつか入れました」と、登場人物の個性を反映したセット作りにも注力した。

切り花を長持ちさせるプロの技と家庭でもできるコツ

生花の魅力は瑞々しさと自然の美しさだが、切り花はとてもデリケートで、環境によってはすぐにしおれてしまう。特にアジサイは繊細な花の1つ。水の吸い上げがよくなく、他の花よりも早くしおれてしまうという。

本番中なるべくアジサイを長持ちさせるために、小さな試験管のような容器を茎に取り付け、水分を供給する工夫をしていた。また、「エコゼリー」と呼ばれる、水分を含んだ透明なゼリー状の保水材を使うこともあったそうだ。

「寒い時期の撮影だったことも救いでした。できるだけ日の当たらない、涼しい場所で保管して、スタンバイの間も水に挿した状態で管理していました」。照明の熱で室内が温まってしまうセットでは、細心の注意が必要だったという。「特に、部屋で切り花を扱うシーンでは、手の熱で花が弱ってしまうので、カットがかかるたびに冷たい水に戻していました」と、舞台裏での繊細な気配りを明かす。

では、家庭で切り花を少しでも長く楽しむには、どんな工夫ができるのだろうか。森氏はこうアドバイスする。

「こまめな水替えは基本ですね。水の中に花をそのまま入れておくと、根元に細菌が繁殖しやすくなるので、水を替える時に、茎の根元を少し切り戻すと、さらに効果的です」。

さらに、「花の栄養剤を少し加えるだけでも、持ちがよくなります」とのこと。生花店で購入する際に一緒にもらえることも多いが、ホームセンターなどでも手に入るので、用意しておくと安心だ。

ただし、どんなに丁寧に扱っても花には限界がある。「花よりも葉物の方が断然丈夫です。グリーンが入っているアレンジメントなどは、最後まで葉だけが元気だったりすることも多いんです」と森氏。選ぶ花の種類にも注目したい。「たとえば、ガーベラのように茎が柔らかくて水分を多く含んでいるものは、意外と腐りやすかったりするんです。茎がしっかりしていて硬めの花のほうが、長く楽しめる傾向にあります。それと、切り花より鉢のほうが長持ちします」。

生花を暮らしの中に取り入れるなら、見た目の華やかさだけでなく、管理のしやすさも意識して選ぶのが長く楽しむコツだ。ちょっとした工夫と知識があれば、花のある生活がもっと身近に、もっと楽しくなる。

「見た人が“本物みたい”と思ってくれたら、それが一番うれしい」と語る森氏。旬を迎える梅雨どきより少し早く訪れたアジサイの風景。造花と生花が見事に溶け合う中、季節を超えてアジサイを咲かせるための工夫や、細部に込めたこだわりが、作品の世界をより豊かに彩っている。

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  • ドラマで中心に映るのは当然役者であるが、役者が入る以前に脚本、演出、音声、照明、衣装、小道具などが綿密に用意されて初めて役者の仕事ができるのである。
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