連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第115話
アフリカを舞台にした研究の立ち上げのため、向かったのはエチオピア。しかし到着早々、文化の違い(?)を感じる場面にいくつも遭遇して戸惑うことに......。
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■2度目のアフリカ
ひとり旅の場合、移動が続いてひとりでいる時間が長くなると、声を発する機会が必然的に減る。そうなると、誰かと話すときの声の高さやボリュームの調節が難しくなる。それが英語となると、そして、長時間のフライトの後となるとなおさらである。
――しかし、10日ほど続いたそんなひとり旅もここまで。次の目的地で、私のラボメンバーたちと合流する予定になっていた。
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スイスのベルン(114話)からチューリッヒ空港まで電車で移動し、ドイツのフランクフルト空港まで1時間。そしてそこから、エチオピアの首都、アディスアベバにあるボレ国際空港まで、エチオピア航空の飛行機で7時間。2022年の南アフリカ出張(15話)以来、2度目のアフリカである。
■イエローカード
前回の南アフリカ出張(15話)は研究集会への参加が目的だったが、今回はそうではない。
詳細はこの連載コラムでも明らかにしていくと思うが、私のラボでは、アフリカを舞台にした研究を進めていきたいと考えており、今回は、その立ち上げのための訪問である。
アフリカでの研究活動をするにあたって必要になってくるのは、ワクチン接種である。狂犬病やA型肝炎、マラリアなど、日本ではほとんど馴染みのない感染症が、アフリカ諸国では蔓延している。研究従事者の身の安全を守るための最低限の準備として、従事者へのワクチン接種は欠かせない。
その証明書はいろいろなものがあるが、そのひとつが、このコラム冒頭にある「イエローカード」である。これは、黄熱ウイルスの感染によって引き起こされる、黄熱病に対するワクチンの接種を証明するものである。
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黄熱病といえば、その研究に執心し、その中で自身もこのウイルスに感染してしまって命を落とした、野口英世が想起される。野口もまた、アフリカのガーナで研究をしていた(ちなみに、野口英世については、連載コラムの54話で紹介しています)。
現在、「マネージャー」たる立場にある私が、研究の現場の最前線に立つことはほとんどない。しかし今回の訪問のように、共同研究を立ち上げるため、あるいはそれを円滑に進めるために、現地を赴くことはある。
そのために私も念のため、ワクチンを打っておくことにしたわけである。ちなみに、このプロジェクトに参加する予定のラボメンバーたちは、必要なワクチンの接種を鋭意進めている。
■「文字化け」を超越した世界
2度目のアフリカ。エチオピアという国については、「エチオピアコーヒー」ということ以外に予備知識がほとんどなかったので、ウェブで調べたりしていろいろと知識を蓄える。
まずエチオピアは、アフリカで唯一、植民地化されたことがない国である、ということ。つまりずっと、独立した国として、独自の文化を育んできた国であることを意味する。
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そのひとつが「文字」である。たとえばハングルやアラビア文字は、これまで何度も目にしたことがあるので、読めないものの、「これは韓国の文字」「これはアラブ諸国の文字」と直感的に理解することはできる。
しかし、エチオピア文字ともいえる「アムハラ文字(あるいはゲエズ文字)」はそうではない。であるからして、エジプト文明の象形文字を見たときや、メソポタミア文明の謎文字を目の当たりにした感覚に近い。それが普段の景色の中に不意に飛び込んでくるので、「ファッ!?」っとなることがままある。
以前このコラムで、韓国のハングル文字のことを「文字化け」と形容したことがあるが(50話)、このアムハラ文字については、もはやそれを超越している。
そしてやはり、「観光」のハードルは高いようである。というのも、あまり馴染みのない国、ハードルが高そうな国に出張する際には、旅のお供たる「地球の歩き方」を買って予習したり、イメージを膨らませたりすることが多い。
しかし、エチオピアというひとつの国を特集した「地球の歩き方」はない。近隣5ヵ国セットで「東アフリカ」にとまとめられていて、エチオピアの首都たるアディスアベバについての記載は、たった11ページしかない。
パリやロサンゼルスなんて、そのひとつの都市だけでがっつり分厚い一冊なのに......。
――と、それにしてもエチオピア航空、である。寝ているのに、無理矢理起こされ、機内食を食べさせようとしてくる(エチオピア産の白ワインは、かなりクセが強く、ここまで飲みづらいと思う白ワインは初めてだった)。
そして、ようやく寝ついた頃に、強制的に免税品の販売のためのCMが、結構な爆音とともに座席備え付けのモニターで流れ始める。
......これはなかなかに、文化が違いそうな気がする......。
※(2)はこちらから
文・写真/佐藤 佳