角田裕毅(レッドブル)と担当エンジニアのリチャード・ウッド サマーブレイク前の2連戦は、いずれもマクラーレンが他を圧倒。一方のレッドブルはチーム代表交代に始まり、角田裕毅とエンジニアのコミュニケーションミスに加え、マックス・フェルスタッペンですら苦戦する厳しい状況が続きました。
今回は、ローラン・メキースのレッドブル代表就任とその影響、ドライバーとエンジニアの相性、ハンガリーGPで好走見せたアストンマーティン勢、そして海外で戦う若手日本人ドライバーについて、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が独自の視点で綴ります。
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ベルギーGPは、クリスチャン・ホーナーに代わってメキースがレッドブルのチーム代表に就任して迎えた最初のグランプリとなりました。チーム代表の交代理由が定かではないこともあり、メキース代表に代わってどのようにチームが変わっていくのかはまだわかりません。
メキースはエンジニア出身ということもあり、ドライバーからすれば仕事がやりやすくなるかもしれませんね。とはいえ、仕事がやりやすい=結果に繋がると言えるほど、F1はシンプルで簡単なものではありません。苦戦が続くレッドブルにとって、メキースの代表就任は変化のきっかけとなるとは思いますが、結果を含めた本当の意味での変化にはすごく時間がかかるだろうと見ています。
私がF1に参戦していたころのチーム代表は、チームオーナーが兼務していることが少なくなく、チームの仕事であれば細かいひとつひとつを指導する監督的な存在でした。現在のチーム代表の仕事は、財政面を含めF1チームを会社としてマネジメントすることです。エンジニア出身で、チーム代表としてのキャリアは2024年のレーシングブルズからと短いメキースが、飲料メーカーのレッドブルというオーナーのもとでレッドブル・レーシングという会社をどのように導くのか。そして、メキースが苦境を脱するために、チームの何を変化させたいのかは、注視しています。
そんなレッドブルの苦戦ぶりは厳しく、ハンガリーGPではあのフェルスタッペンですら予選8番手に終わる状況となりました。走りを見るに、全体的にグリップ感がなく、アンダーステアやオーバーステアなどという前にタイヤが路面を捉えることができていない深刻な状況でした。ハンガロリンクは例年レッドブルにとって相性の悪くないコースでしたが「どうしてこんなに悪くなるのかな」と、正直驚きました。
ただ、裕毅にとってポジティブだったのは、ハンガリーGPの予選Q1でフェルスタッペンに0.163秒差まで迫ったことです。予選16番手でQ1敗退、決勝は17位というリザルトだけを見てしまうとネガティブな印象を抱かれてしまいそうですが、レースウイークの中身を見てみるとベルギーGPはフロアを変更した後は、その分のタイムを上げていますし、続くハンガリーGPもライバル勢とそこまで大きなタイム差があったわけではありません。
一発のタイムアタックでフェルスタッペンとの差が大きくないということが見れたのはポジティブでした。つまり、クルマのポテンシャルが上がった際にフェルスタッペンとのタイム差を0.1秒台でキープできれば、トップ5に入れることを意味します。そのため、現状の裕毅に対しては「やれることをやっているな」という印象を抱いています。
とはいえ、ベルギーGPでは裕毅とエンジニアのコミュニケーションの齟齬から最適なピットタイミングを逃しています。続くハンガリーGPでも1回目のピットタイミングについて誤解が生じ、ポジションを失った裕毅はハンガリーGPのレース後に『エンジニア陣とのコミュニケーションであまり息が合っていないので、それが最大の課題です』という内容のコメントをしていました。
ドライバーとエンジニアには相性があります。ドライバーにとってエンジニアはもっとも近い存在で、1言えば10理解してほしい、阿吽の呼吸で物事を進めることができる関係を構築したいと考えます。無線を聞く限り、エンジニアとのコミュニケーションはチグハグな感じです。
ただ、ベルギーとハンガリーで問題となったシチュエーションは、エンジニアにとって判断がものすごく難しい、レースの展開を大きく左右するような場面でした。また、国際映像などで無線音声は、F1の映像スタッフが内容を聞いた上で放送に載せるか否かを判断することもあり、必ずしも映像と同じタイミングではありませんので、そこは留意する必要があります。
レッドブルは、もともと戦略面で強く、ミスが少ないことがチームの強みでした。そのレッドブルが戦略や物事への対処の仕方で他チームに劣るのかという点には疑問を抱いています。なぜ裕毅との無線で齟齬が出てしまうのか。これは全部の無線を、いつどこを走っているところで発せられた言葉なのかをすべて理解した上でないと、原因はわかりません。そして、それに対する分析は、おそらくレッドブルのなかで進められているでしょう。状況を好転させるためには、裕毅とエンジニア陣がお互いに歩み寄り、改善し続けるしかありません。
■アロンソの好走を支えたハンガロリンクの中速レイアウト
ベルギーGPでは予選で揃って最後列となり、決勝はノーポイントに終わったアストンマーティンが、ハンガリーGPでは揃って予選Q3に進出し、決勝はフェルナンド・アロンソが5位、ランス・ストロールが7位でダブル入賞。さらに言えば、アロンソは腰の痛みからフリー走行1回目(FP1)を欠場しながらも、ベスト・オブ・ザ・レストの走りを見せました。
レッドブルとは真逆で「どうしてこんなに良くなったのかな」と、なりました(笑)。FP2からは2台とも常にトップ10以内をキープしていたこともあり、持ち込みのセットアップやエアロパッケージの一番おいしいところが、ハンガロリンクの速度域にハマったとも考えられますね。
また、ハンガロリンクは高速コーナーがないため『独特な速度域でスロットルコントロールしながら、中速域で高速コーナーを走る』ようなドライビングが求められます。そして、アロンソの走りが特に光ったのは、高速コーナーがないため加齢による目などへの影響が出にくく、コントロールしやすかったからではないかと感じています。
■海外で戦う若手日本人のコース外での取り組み
さて、先日2度フランスに行き、フォーミュラ・リージョナル・ヨーロッパ(FRECA)に参戦する加藤大翔、フランスF4に参戦する佐藤凛太郎という、ホンダ・フォーミュラ・ドリーム・プロジェクト(HFDP/ホンダの若手ドライバー育成プログラム)ドライバーの戦いを見てきました。 ヨーロッパ2年目の大翔は、びっくりするくらいチームに溶け込んでおり、チームメンバーに『大翔のために頑張ろう』と思ってもらえるような空気作りができていました。大翔は走りも悪くないですが、それ以上にクルマを降りてからのチームとの関わり方をすごくうまくやれていると感じました。これは世界で戦う上ですごく大切なことです。自分を中心に物事を進めることができている姿は、見ていて頼もしいなと感じましたね。
そして今年からフランスF4を戦う凛太郎は、本当に真面目で、一生懸命すぎるくらい一生懸命なタイプです。ホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS)在籍時から変わらず、周りのライバルよりも一番データやオンボード映像を見ることに時間を使い、自分の走りを改善することにフォーカスしていました。
FFSA(フランス・モータースポーツ連盟)アカデミー主催のフランスF4はチーム戦ではなく、ドライバー4人をエンジニア1人が担当するようなスタイルです。凛太郎はライバルに速いクルマがいれば、そのクルマの担当エンジニアが自分の担当ではなくてもセットアップについて話を聞きに行ったりします。そういう行動がいつでもできるよう、気軽に話を聞けるネットワークを構築するなど、貪欲に戦っている姿が印象的でした。
ふたりともコース内での走りだけではなく、コース外で周りを味方につける取り組みがしっかりとやれていたので、その成長ぶりには逆に感心させられるくらいでした。彼らの今後の成長が楽しみです。
さて、F1はサマーブレイクを迎えました。ここまでの14戦、マクラーレンの強さが際立ち、マクラーレン一強の構図はサマーブレイク明けも変わらないでしょう。ただ、サーキットの特性次第ではフェラーリ、メルセデスが対抗馬になることもあるでしょうし、今後どのレースでマクラーレンを下せるかは見どころです。また、サマーブレイク前にポテンシャルを上げたキック・ザウバーなどの中団勢が、その調子を維持できるか。そしてレッドブルが苦境を脱することができるかということも、注視していきたいと思います。
【プロフィール】中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS鈴鹿)のカートクラスとフォーミュラクラスにおいてエグゼクティブディレクターとして後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。
・公式HP:https://www.c-shinji.com/
・公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24
[オートスポーツweb 2025年08月12日]