連載コラム【トムス吉武エンジニア/レースの分岐点】 スーパーGTのGT500クラスで、2023年、2024年とタイトルを連覇し、今年は3連覇に挑んでいるTGR TEAM au TOM’S。2025年は、1号車au TOM’S GR Supra(坪井翔/山下健太)の吉武聡チーフエンジニアに、特別コラムを寄稿していただき、毎戦レースのターニングポイントとなった部分を中心に振り返ります。
9月20日(土)〜21日(日)にスポーツランドSUGOで行われた第6戦で1号車は予選4番手、決勝9位となり、サクセスウエイト(SW)100kgながら2ポイントを獲得しました。コラム第6回では、決勝でブリヂストンタイヤ(BS)勢に起きた“グレイニング”についての解説、さらに今回は『給油時間で差が生まれる理由』について改めて説明していただきます。
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■一度起きると戻らない。ゴムが削れていくグレイニング
みなさんこんにちは。TGR TEAM au TOM’Sの吉武です。
第6戦は、スポーツランドSUGOの路面が再舗装されてから初めて開催されるスーパーGTだったのですが、走り出しの公式練習はウエットからドライへ乾いていくコンディションとなり、ほぼすべてのチームがロングランを確認できずに予選に臨むという展開で開幕しました。
今回大事になるポイントとしてタイヤ選択をあらかじめ伝えておきたいのですが、1号車はソフト2セット/ハード2セットでした。そして、シーズン後半に入るとBS勢のタイヤ選択は似たものになっていくので、今回は多くのチームが似たようなコンパウンド選択でした。
さて、1号車は予選で4番手を獲得しましたが、SW100kg(ウエイト50kg+燃料リストリクター3段階※通称3リスダウン)ということを考えると正直できすぎな結果だったと思います。Q1は坪井選手が7番手で、2番手のARTA MUGEN CIVIC TYPE R-GT #16から10番手のENEOS X PRIME GR Supraまでのタイム差が0.348秒とかなり僅差でした。コーナーひとつのミスで大体コンマ1秒のロスになるので、簡単にポジションが変わるようなシビアな戦いでしたが、坪井選手はミスなくアタックしてくれました。
さらに、Q1のフィードバックをもとにアジャストして臨んだQ2でも、山下選手がバッチリ決めてくれて4番手を獲得できました。ライバルにはおそらくミスがあったチームもあったと思いますし、そもそもスープラが全車Q1通過するほど今季は好調であることや、SUGOのコースレイアウト的に燃料リストリクターの影響が少なかったこともセカンドロウ獲得に寄与していたと思います。そして、この予選で使ったタイヤはソフトでした。
迎えた21日(日)の決勝日、12時からのウォームアップ走行(20分間)で週末初のロングランを試したのですが、このタイミングでBS勢のほとんどに“グレイニング”という症状が発生してしまいました。
グレイニングというのは、タイヤの適正な作動温度に路面温度が達してない時、ゴムが溶けずに削れてしまう症状を指します。冬のオフシーズンテストなどではよく起きることで、トレッド面のイメージとしては、バニラアイスをスプーンで削った時の跡みたいに、バサバサな感じになってしまう状態です。
今回グレイニングが起きたのはソフトで、想定した路温の作動範囲には入ってはいるものの、少し低温側に推移していた状態でした。スーパーGTでは予選の使用タイヤをスタートタイヤに使わなければならないので、ソフトで走り出した決勝の第1スティントではグリップが全然発揮できず、BS勢はタイムが全然伸びませんでした。
昨年までのイメージだと、今回持ち込んでいた温度レンジのタイヤでも問題なく走れるはずでした。今回グレイニングが起きた原因はブリヂストンさんが調査中だと思いますが、考えられるものとしては路面が再舗装されたことで、タイヤへの入力が増加したことが影響したのではないかと分析しています。
グレイニングは、タイヤカスを拾うことで起きるピックアップとは違い、一度起きてしまうと元には戻りません。有効な対策としては、マシンとしてはあまりタイヤに負荷をかけないセットアップにし、ドライバーはタイヤに優しくドライビングすることが大事になります。しかし、それでも症状の進行を遅らせる程度の効果しか期待できず、根本的な解決にはなりません。
結局、ハードタイヤに交換した第2スティントは症状が落ち着き、1号車は終盤までペースも良好でした。ファイナルラップでは、前のWedsSport ADVAN GR SupraとKeePer CERUMO GR Supraに追いついて、GT300に詰まった隙をついてオーバーテイクすることができました。観客の皆さんはトップ争いに大注目だったと思いますが(笑)、坪井選手は人知れず2台も抜いてポイントをもぎ取ってくれました。
実は1号車は、レース前半にAstemo CIVIC TYPE R-GTとの接触があった影響でカナードを損傷しており、ダウンフォースレベルがかなり落ちてアンダーステアになっていました。予選4番手というでき過ぎな位置でスタートしたことでバトル機会が増えたので、予選結果が逆に仇になっていたかなとも思う展開だったのですが、最終的にはMOTUL AUTECH Zのペナルティによる後退もあって2ポイントを獲得することができたので、目標は達成できました。
■給油タワーの設置位置でも変化。給油時間の差を生む要因
今回はもうひとつのテーマとして、ピット作業での『給油時間の差』について書きたいと思います。
というのも、YouTubeで決勝の放送を見返していたなかで誤った見解があったように思ったので、改めてピット作業での給油時間の考え方について紹介したいと思います。
前提として、今のGT500はガソリン満タンでのスタートが基本です。理想としては可能な限り多く入れてスタートしたいくらいで、スタート前には満タンギリギリまでガソリンを入れています。ですので、総距離を走るために必要なガソリン量は、ピットタイミングとの関係はありません。今回のような300kmレースでは、ミニマムで入ろうが引っ張ろうが、基本的に給油時間は同じです。
一昔前のフォーミュラでは、少ない燃料搭載量(通称“軽タン”)でスタートして、最初にトップに立ってギャップ築く戦略があったのですが、フォーミュラだとウエイトの感度も高いですし、ピット作業においても給油とタイヤ交換を同時にやっていたために給油ロスが少ないということもあって、アリな戦略でした。ただ、今のスーパーGTでは給油作業とタイヤ交換はルールで同時にはできないので順番に行っていますし、“軽タン”でのスタートは基本的にありません。
それでも給油時間に差が生まれることはありまして、大きな要因としては下記の4つが挙げられます。
・クルマの燃費性能・ドライバーの燃費走行・フルコースイエロー(FCY)やセーフティカー(SC)の有無・給油スピード
それぞれを説明すると、まず『クルマの燃費性能』としては、2025年はトヨタが良くてその次にニッサン、ホンダという順番のイメージです。これはマシン開発によって毎年傾向が変わります。
『ドライバーの燃費走行』は、“コースティング”といってコーナーの手前で若干の間アクセルを抜いたり、ほかにもターボのアンチラグを弱めたりすることなどが該当します。1号車としては、ピットから指示することはあまりないので、基本的にはドライバーの仕事となっていますね。
『FCYやSCの有無』はそのままの意味で、制限速度での周回やスローペースでの周回があれば燃料の使用量が減ります。
最後の『給油スピード』についてですが、今の給油機は自然落下式で重力に従って給油しているので、給油タワーが置いてある高さが高ければ、その分ガソリンの流速が速くなります。とくに鈴鹿サーキットのピットは段階的に下っている造りなので、ガレージ位置によっては給油タワーを段の上に設置することができ、差が生まれることもあります。程度としては、高さが1〜2センチ違うとピット作業で2〜3秒ほどの違いが生まれるので、意外と無視できないポイントでもあります。
上記の4点を基本として、さらに3時間レースのように2度のピット作業があるレースでは『戦略の違いによって給油時間の差が出ることもある』ということも最後に紹介したいと思います。
3時間レースも基本的には満タンスタートで、給油1回目と2回目を足した総量も決まっています。ですので、仮にA車が1回目のピットを早めに入ったとすると、タンク内のガソリンがまだいっぱい残っているはずなので、満タンまでの給油時間が短くなります。逆にタイミングを遅らせたB車を仮定すると、タンクは空の状態に近くなるので、満タンにするまでは時間がかかるでしょう。
そうすると、2回目のピット作業でA車の給油時間は長くなり、B車は短くなります。簡単に言えば、1回目で早めにピットに入ったクルマは、見た目ではポジションアップするかもしれませんが、2回目には長い給油が待っているので下がる可能性があります。そして逆もしかりというわけです。
ですので、理想のピット戦略は均等割りですが、先にポジションを上げるために早くピットに入って1回目の給油時間を短くする戦略もアリです。もしくは前半2スティントを少しずつ引っ張って、最後のスティントでタイヤをフルプッシュする戦略もあるでしょう。レース展開や各チームの得意なコンディション、SCのリスクと併せて柔軟に考えていくことになります。
そして次戦オートポリスは、まさにこの3時間レースが行われます。1号車とENEOS Supraにのみ1段階の燃料リストリクターが入りますが、オートポリスのストレートは、クルマがしっかりキマっていてタイヤが機能していれば、バトルで抜かれることもない長さだと思うので、これまでよりは戦えるはずです。ここからは1〜2ポイントでは足りませんし、最低でもENEOS Supra、KeePer Supra、DENSO KOBELCO SARD GR Supraの3台よりも前でゴールしなければいけません。1号車としてはレースが長ければチャンスがあるはずですので、燃料リストリクター1段階で燃費が周りより良いこともメリットとして活かしつつ、うまくタイヤを選んで表彰台を獲得したいですね。
●Profile:吉武聡(よしたけさとし)
福岡県出身、1979年3月23日生まれ。自動車メーカー勤務からTRD(現TGR-D)へ入社し、2013年にトムスへ入社。F3のエンジニアを務めながら、2014年からはスーパーGT500クラスで36号車(現1号車)のデータエンジニアを、2020年からはトラックエンジニアを担当。2021年、2023年、2024年に王者に輝いた。2025年は1号車のチーフエンジニアを担当し、スーパーフォーミュラ・ライツでは35、36、37、38号車の4台のチーフエンジニアを務めている。
[オートスポーツweb 2025年10月08日]