いまなぜトロンなのか?

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2025年10月08日 18:01  BOOK STAND

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『トロン:アレス』(10月10日(金)日米同時公開)
毎夏、アメリカ西海岸で開催されるポップカルチャーの祭典、サンディエゴ・コミコン(SDCC)。中でもホールHと呼ばれる、6500人が収容できる大会場を使ってのパネル(プレゼンテーション)は大人気で『アベンジャーズ』のようなアメコミ映画超大作や『スター・トレック』のような超人気ドラマの発表がここで行われます。出演者や監督らも登壇。そしてこのホールHで紹介されるというのは、それだけ製作会社が力を入れている、そしてファンにとって期待されている作品ということになります。そして今年のホールHにおいて大きな注目を集めた作品の一つが、この『トロン:アレス』でした。

本作の主人公アレス役のジャレッド・レトがステージにあがった時は会場大拍手でしたが、それに勝るとも劣らない大歓声を受けたのがケヴィン・フリン役のジェフ・ブリッジスでした。筆者はこの時、"トロン"がいかに愛され、また根強い人気を持っているのか実感しました。



"トロン"というのは極めて珍しい映画シリーズだと思います。1982年に『トロン』が公開。その28年後に『トロン:レガシー』(2010)、そしてそこからさらに15年後の今年に本作『トロン:アレス』が公開です。
シリーズ物というには間が空きすぎているし、ではそれぞれが前作と全く関係ない;言い方を変えれば前の作品の設定等リメイク作かというとそうでもない。というのもこの3作は大きくは"つながっている"わけです。
そのつなぎの役割を果たしているのがジェフ・ブリッジス演じるケヴィン・フリンの存在です。先ほどホールHでファンが熱狂したのはジェフ・ブリッジスが出る限り、自分たちが愛し続けている"トロン"なんだ、という安心感からかもしれません。

『トロン』が公開された1982年は『E.T.』『ブレードランナー』という後のSF映画やカルチャーに大きな影響を与える作品が封切られた年でした。この『トロン』もその後のクリエーターたちを刺激した1本でしょう。現実とは違うデジタル空間の中での冒険というのは斬新でした。
けれど当時はもちろんインターネットとかはないし、パソコンのMac(マック)が発売されるのが1984年ですから、少し早すぎた題材だったかもしれません。ストーリーも難解ととられたのか興行的にはヒットしなかったそうです。要はコンピューターとか電脳世界みたいな概念が身近じゃない時代ですから受け入れられなかったのでしょう。

しかし『トロン:レガシー』の封切られた2010年はちがいます。デジタルは生活とは切っても切れないものになりました。電脳空間はもう一つの生活空間となりました。仮想現実を舞台にしたエンタテインメントも成功している(『マトリックス』や『攻殻機動隊』等)こうした時代だからこそ、そして表現分野における技術的な面でも『トロン』の時よりCGIとかが圧倒的に進歩した時代だからこそ、もう一度あの伝説の『トロン』を作ろう、そうした思いが結集したのが『トロン:レガシー』と言えます。

そういう意味では『トロン:レガシー』は『トロン』の事実上のリメイクといえるんですが両者の間には大きな違いがあります。
『トロン』はどちらかというとコンピューターの中でのプログラムの動きを擬人化して描いた作品ではないかと思うんです。つまり『はたらく細胞』みたいなアプローチ。あの作品も体内の細胞の動きをヒーローやヴィラン化していましたよね。

ところが『トロン:レガシー』で描かれる世界はコンピューター内部の比喩ではなく、我々の住む現実とは別に存在する "グリッド"と呼ばれる別のユニバースなのです。
さらに『トロン』では現実世界の人間がデジタル世界に行く話でしたが『トロン:レガシー』ではクオラという女性の形をしたデジタル生命体が人間界に来るところで話が終わります。



『トロン:アレス』はその発想をさらに広げ、デジタル世界が人間界に対し融合(侵攻)を図るという壮大なストーリーなのです。そして鍵を握る主人公のアレスとは高度なAIなのです。そこで何が起こるのでしょうか? そう考えると"トロン"映画の間隔が空いているのも納得がいくのです。

コンピューターとプログラムの時代にソフトをキャラ化した『トロン』、デジタルネットワークの台頭に電脳空間を異世界としてとらえた『トロン:レガシー』、そして今人工知能による現実世界の影響が注目される時にAIを超人として描く『トロン:アレス』。つまり人間とデジタルの関係がどうなっていくのか、という大きな問いかけが生まれた時にこそ、"トロン"は作るべき価値・テーマが生まれるのかもしれません。

とここまで理屈っぽいことを書きましたが、やはり"トロン"映画が魅力的なのは、ビジュアル・エンタテインメントとして楽しいから。その世界観はスタイリッシュでアクションの見せ場もいっぱい。SF映画に登場するビークルとしてトップ・クラスにかっこいいライト・サイクル(光のバイク)。アレスたちが乗るライト・サイクルのチェイス・シーンにはワクワクします。これらのマシーンが現実世界でも暴れまわることで、アクション映画としての面白さもパワーアップしました。重要なメモリー機器であり武器にもなるアイデンティ・ディスク (ライト・ディスク)を背中に装着したスーツも印象的ですね。

そういえば前作はライト・ブルーがキーカラーでしたが、今回は赤がベースです。よりエモーショナルで激しい映画を目指した、ということでしょうか?
音楽面についても、前作はDaft Punk(ダフト・パンク)の参加が話題を呼びましたが、今回はNine Inch Nails(ナイン・インチ・ネイルズ)が手掛けています。SDCCでもNine Inch Nailsの曲をフィーチャーしていましたから、"トロン"の物語にはクールな音楽が欠かせないのです。

繰り返しになりますが人間社会とデジタルとの関係に新しい動きがある時に新しい"トロン"がやってくるのかもしれません。『トロン:アレス』を楽しみながら、次の"トロン"映画を観る時にはどんな世の中になっているんだろうかと想像してしまいました。

(文/杉山すぴ豊)

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『トロン:アレス』
10月10日(金)日米同時公開
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