フジテレビの「3つの判断ミス」 信頼回復への新セオリー

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2025年02月16日 13:01  ITmedia ビジネスオンライン

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フジテレビの「3つの判断ミス」とは?

 「女性がいないと場が華やかにならないから」


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 「もっと場を盛り上げてよ」


 「今日は楽しんでもらわないと、商談がうまくいかないかもね」


 こうした言葉たちは、ビジネスの現場で今も生き続けている。


 今回のフジテレビ問題は、社会に深く根付いた「人権リスク」の存在を、図らずも白日の下にさらけ出した。119社を超えるスポンサーがCM出稿を停止する未曽有の事態。その背景には、日常的な性差別や、組織の中で当たり前のように存在する権力の歪みが見え隠れする。


●1.なぜフジテレビの対応は批判されたのか 一連の出来事と対応の検証


 時計の針を2023年6月まで戻してみよう。人気タレントの中居正広氏と、20代女性との間で起きた深刻な性的トラブル。この時点で、フジテレビは自社の幹部社員が関与していたことを認識していた。しかし、組織としての対応は「調査は不要」という判断だった。この判断が、後に大きな代償を生むことになる。


 そして迎えた2024年12月中旬。週刊誌「女性セブン」が中居氏の「深刻なトラブル」を報じる。直後の12月20日、「週刊文春」が中居氏から女性への9000万円の解決金支払いを報道。この段階でフジテレビは「社員の関与はない」と全面否定の姿勢を取る。


 年が明けて2025年1月15日、フジテレビはようやく外部弁護士による調査開始を発表。しかし、すでに情報は錯綜(さくそう)し、SNSではさまざまな臆測が飛び交う事態となっていた。そして1月17日、港浩一社長による第1回記者会見。メディアの参加制限、質問の事前選別という閉鎖的な運営は、さらなる批判を招く結果となった。


 批判は収まるどころか強まる一方となり、スポンサー各社が次々とCM出稿の見直しを表明。この事態を受けて1月27日、フジテレビは2回目の記者会見を開催する。開始から10時間以上に及んだこの会見で、最大の焦点となったのは日枝久取締役相談役の不在だった。


 日枝氏の取締役在任期間は40年以上に及び、創業家の鹿内春雄氏の死去後、フジテレビの企業文化を形作ってきた立役者とされる。フジメディアホールディングス(FMH)の金光修社長自身が「現場にはタッチしていないが影響力は大きい。企業風土の礎をつくっていることは間違いない」と認める一方で、嘉納会長(当時)は「この会見は基本的には事案に関する件。取締役相談役は全くタッチしていない」として日枝氏の不在を正当化。この矛盾した説明は、組織としての一体性の欠如を如実に示すものとなった。


●3つの重大な判断ミス


 フジテレビの対応における重大な判断ミスは以下の3点に集約される。


 第1に、「スピード」の欠如だ。事態発覚から外部調査開始までの「7カ月の空白」は、現代のメディア環境では致命的だった。


 第2に、「透明性」の欠如。「社員の関与はない」という事実と異なる説明や、1回目に開催された閉鎖的な記者会見の運営は、組織の姿勢そのものへの不信感を生んだ。


 第3に、「感度」の欠如。これは最も本質的な問題だ。2017年のハリウッドから始まった#MeToo運動は、セクシュアル・ハラスメントを「個人間のトラブル」から「組織の構造的な問題」へと捉え直す大きな転換点となった。続く2023年のジャニーズ事務所の問題では、長年にわたる人権侵害を見過ごしてきた日本のメディア界全体への批判が巻き起こった。そして2024年の松本人志氏の問題は、権力者による性的搾取を、もはや見過ごすことのできない重大な人権侵害として日本社会が認識する契機となった。


 こうした急速な社会の価値観の変化の中で、フジテレビの一連の危機対応は、あまりにも時代遅れだったと言わざるを得ない。日枝氏の不在と、それを正当化しようとする経営陣の矛盾した説明は、まさにこの「感度の欠如」を象徴するものだった。


●2. 「スピード」と「透明性」がダメージを左右する


 フジテレビの初動対応における最大の問題は、事態を「個別の不祥事」として処理しようとしたことにある。


 2017年、ニューヨーク・タイムズは同社のスター記者グレン・スラッシュ氏に関するセクハラ疑惑が報じられた際、Vox Mediaによる調査報道が公開されてから即座に、以下の対応を完了させている。


・スラッシュ氏の即時職務停止


・広報担当上級副社長による明確な声明の発表


 特に注目すべきは、同社の声明の明確さだ。「この行為は当社の基準と価値観に反するものであり、深刻な懸念事項である」という断固とした姿勢を示しながら「調査中は詳細なコメントは控える」という適切な情報管理も行った。


 さらに重要なのは、この事案を単なる個人の問題として扱わなかったことだ。組織の価値観と照らし合わせ、調査結果が出る前から「容認できない」という明確な判断を示した。これは、フジテレビの対応と好対照をなしている。


●「完璧な説明」か「迅速な公表」か


 ニューヨーク・タイムズの事例が示唆するように、現代の危機管理において最も難しい判断の一つが情報開示のタイミングだ。完璧な説明を準備するために時間をかけるべきか、それとも不完全でも速やかに公表すべきか。


 注目すべきは、自社のスター記者に関する問題であっても、「透明性」を優先させた点だ。スラッシュ氏は同社のホワイトハウス担当記者として知られ、トランプ政権の取材で数々のスクープを生み出していた。その意味で、彼の職務停止は同社にとって大きな痛手となり得る判断だった。


 しかし、同社は「基準と価値観」を優先させた。これは、組織としての一貫性を示す上で極めて重要な判断だった。なぜなら、ニューヨーク・タイムズは#MeToo運動の火付け役となり、社会に大きな変化をもたらしたハーベイ・ワインスタイン氏のセクハラ問題を暴いた調査報道で、この問題に関する議論をけん引してきた媒体だったからだ。(2018年、この調査報道によりニューヨーク・タイムズはピュリッツァ賞を受賞している)


●3. 経営者と担当者が更新すべき「感度」


 「問題は起きてから対処すればいい」──。


 多くの組織が陥るこの考え方の危うさを、私は危機管理広報の専門家として何度も目の当たりにしてきた。重大な危機は、必ずその前に小さな予兆がある。それを見逃さない組織の想像力と、声を上げられる組織文化が、被害を最小限に抑える鍵となる。


 組織の在り方を根本から問い直すきっかけとなったのが、英BBCを震撼させたジミー・サヴィル事件だ。サヴィルは1960年代から約50年にわたりBBCの看板司会者として活躍し、王室からナイトの称号を授与されるほどの国民的スターだった。しかし2012年、彼の死後に衝撃的な事実が明らかになる。数百人もの少女たちへの性的虐待を、半世紀近くにわたって繰り返していたのだ。


 BBCは当初、この問題を過去の個人の不祥事として扱おうとした。しかし、その後の検証で驚くべき事実が次々と明らかになる。実は数十年前から、現場レベルでは「サヴィルと少女たちを2人きりにしてはいけない」という暗黙のルールが存在していた。メークさんや番組スタッフたちの間で、違和感や懸念は共有されていたのだ。しかし、その声は組織の上層部まで届かなかった。届いても「大したことではない」と軽視された。この「気付きの機能不全」は、他人ごとではない。多くの組織に共通する課題なのだ。


●具体的なアクションプラン


 BBCの事例は、多くの組織が抱える構造的な問題を照らし出している。


 では、何をすべきなのか。以下4つの観点から具体的なアクションプランを提示したい。


1. 社内コミュニケーションの刷新


 「お客さまとの会食には若手女性社員が同席した方が雰囲気が良くなる」


 こうした「暗黙の了解」が、いまだに多くの企業に存在する。これを放置することは、今や重大な人権リスクになり得る。具体的には以下のような指針を検討する。


・会食の目的と参加者の役割を明確化


・深夜に及ぶ会食の原則禁止


・2人きりの商談や会食の回避


・緊急時の連絡体制の整備


・問題提起ができる内部通報制度の確立


2. モニタリングの強化


 もうひとつ見直すべきは、タレントやインフルエンサーの起用基準。従来の「知名度」「好感度」という指標に加えて、以下の要素を加える必要がある。


 「この人物に何か問題が起きた時、会社としてどこまで説明責任を果たせるか」


 「その人物の過去の言動や、周囲との関係性まで、把握できているか」


 「問題が起きた時の対応プランは用意できているか」


 これらの問いに答えられない起用は、すでにリスクが高いと考える。従来の「炎上リスク」の範囲を大きく広げ、取引先や起用タレントの問題まで視野に入れる。また、SNSの反応だけでなく、海外メディアの動向や、社会の価値観の変化までウォッチする必要がある。


3. スポンサーとしての新しい責任


 放送局やメディア企業とのリレーションも見直す。


 単なる「広告枠の購入者」ではなく、「社会的影響力を行使する共同責任者」としての自覚が求められる。そのために必要なのは、定期的なコンプライアンス体制の相互確認や、問題発生時の連絡体制の構築、視聴者からの意見への対応方針の共有となる。


4.役員会での定期的な議論


 「影響力の及ぶ範囲」で起きている問題の洗い出しと対策の検討を行う。


 「うちの会社が大切にする価値観」を、具体的な言葉で社内外への明確なメッセージとして発信し続けることが重要になる。


●「失敗上手」な組織とは、どんな組織なのか。


 「失敗上手」な組織とは、失敗を恐れない組織ではない。むしろ、失敗を真摯に受け止め、そこから学び、成長できる組織のことだ。問題が発生した際の初動の「スピード」と「透明性」は確かに重要だ。しかし、それ以上に重要なのは、日常的な「気付き」と「対話」の感度を高め続けることだ。


 予兆を見逃さない感度を磨き、本音で対話できる関係性を築き、失敗から謙虚に学ぶ。これらは一朝一夕には実現できない。しかし、毎日の小さな積み重ねが、やがて組織の文化を変えていく。


 経営層には、定期的な現場との対話や危機管理体制の見直しが求められる。現場では、気付きの共有や相互フィードバックを日常的に行う必要がある。そして組織全体として、これらの取り組みを支える仕組みづくりが不可欠だ。


 失敗を恐れることは、より大きな失敗を招く。重要なのは、失敗にどう向き合い、そこから何を学ぶかだ。その意味で、フジテレビ問題は、全ての組織に貴重な学びの機会を提供しているのかもしれない。


(大杉春子、レイザー代表取締役/RCIJ代表理事)



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