限定公開( 6 )

国内の女性用下着市場をけん引してきたワコール(京都市)が、自動車産業に進出する。
【画像】Melooopを活用して制作した自動車用アームレスト
化学メーカーのBASFジャパン(東京都中央区)と協業し、自社開発の立体成型技術「Melooop」(メループ)を自動車分野へ展開する。6月には同技術を活用した自動車用アームレストのコンセプトモデルを開発し、名古屋国際展示場で開催された「人とくるまのテクノロジー展2026 NAGOYA」のBASFジャパンブースで展示した。
「ワコールは『より美しく、より健康に、より快適に』を提供する企業。下着は、その価値を提供するための1つの手段でしかない」こう話すのは、ワコールの人間科学研究開発センター センター長 兼 Melooop事業準備室 開発責任者を務める清家望氏だ。
人口減少で国内の下着市場が縮小する中、ワコールは長年培ってきた技術や知見を見直し、新たな事業領域の開拓を進めている。なぜ同社は自動車業界を選んだのか。
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●「綿菓子」のように吹き付ける? 「Melooop」とは何なのか
ワコールが自動車分野への展開の核と位置付けるのが、独自の立体成型技術「Melooop」だ。
同技術はもともと、ブラジャーのカップ製造における課題を解決するために開発された。従来は縫製技術の熟練度に依存していたり、成型時に材料の廃棄が多く発生したりしていたことから、新たな製造方法を模索。2018年から不織布の製造手法の一つである「メルトブロー法」を応用した立体成形技術「Melooop」の開発に取り組み、2020年に実用化した。
Melooopは、熱で溶かした熱可塑性ポリウレタン(TPU)などの樹脂を細い繊維状にし、3Dプリンタで製作した型に吹き付けて立体形状を作る。社内では、その製造工程を「綿菓子を作るようなイメージ」だと表現しているという。
特徴は、繊維を吹き付ける量を調整することで、1つの部品の中に硬い部分と柔らかい部分を作り分けられることだ。例えば、支える部分は硬く、肌が触れる部分は柔らかくするといった設計ができる。
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接着剤を使わず、単一の素材だけで立体構造を作れることも特徴だ。使用後も素材を分別する必要がなく、リサイクルしやすいほか、必要な部分だけに繊維を吹き付けて成型するため、材料の無駄も少ない。
さらに、一般的な樹脂成形では金属製の金型を用いるが、Melooopでは3Dプリンタで製作した樹脂型を使用できる。このため、開発コストや開発期間の削減にもつながる。原料に染料や顔料をあらかじめ加えることで自由に着色できるため、染色工程も省略できる。
こうした特徴が、自動車業界で求められる軽量化や環境への配慮、開発期間の短縮といったニーズに合致した。
自動車分野への展開で協業するのがBASFジャパンだ。ワコールはこれまでも、Melooopを採用したブラカップの開発で、BASFジャパンの高性能熱可塑性ポリウレタン(TPU)素材「Elastollan」(エラストラン)を採用してきた。こうした関係を基盤に、両社はMelooopの新たな用途として、自動車分野への展開を進めている。
●ワコールはなぜ「自動車業界」を選んだのか
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ブラジャーのカップ向けに開発したMelooopを、ワコールはなぜ自動車分野へ展開しようと考えたのか。その理由について、ワコールの人間科学研究開発センター課長兼Melooop事業準備室技術責任者を務める深川直哉氏は、自動車業界の特徴として「品質基準の厳しさ」と「市場規模」の2点を挙げた。
自動車部品には、耐久性や耐熱性、安全性など厳しい品質基準が求められる。こうした要求を満たせば、他の業界にも技術を展開しやすくなるという。もう1つの理由が市場規模だ。自動車は量産されるため、新規事業として育てていく上でも十分な需要が見込める。
自動車分野で技術を磨きながら、将来的には他分野への展開を視野に入れる。特に、環境配慮が求められている業界について、国内外にこだわらずアプローチしていく考えだ。
こうした取り組みの一環として、ワコールは2026年5月、京都市にMelooopの研究開発や用途開発を進める拠点として「Melooopラボ」を開設した。深川氏は「多くの企業の皆さまに足を運んでいただいて、実物を見ながらああでもない、こうでもないと新しい価値を創造していけたらと思っている」と話した。
6月に実施した「人とくるまのテクノロジー展2026 NAGOYA」のBASFジャパンブースでは、自動車用アームレストのコンセプトモデルを展示。来場者からは「ワコールが自動車部品を手掛けるのか」といった驚きの声や、触り心地、環境配慮を評価する声が寄せられたという。
●「下着は手段だった」 ワコールの本当の強みとは?
下着向けに開発した技術を、なぜ自動車へ応用できたのか。清家氏は「人と物の関係性を突き詰めていくことがわれわれの強み」だと話す。ワコールでは長年、女性の体形だけでなく、姿勢や動き、皮膚への圧力、着心地などを研究してきた。
これまでは、その知見を主に下着づくりに生かしてきた。しかし、人が快適に過ごせる形状や素材、身体との接触のあり方を考えるという点では、下着に限らずさまざまな製品に応用できる。対象が「下着を着る女性」であっても、「自動車のシートに座るドライバー」であっても、人と製品との関係性を設計するという考え方は共通している。
実際、ワコールはこれまでも身体に関する研究成果を他分野に応用してきた。例えば姿勢研究を生かし、ランドセルの開発に携わった実績もある。
近年は製品だけでなく、製品開発で培った技術や知見そのものを事業として展開する取り組みも進めている。
清家氏は「メーカーとして製品開発に注力しすぎていた面もあった」と話す。製品開発で培った計測技術や研究成果、データにも価値があると考え直し、それらをサービスとして提供する方向へかじを切ったという。
その一例が、3D計測サービス「SCANBE」(スキャンビー)だ。3Dボディースキャナーを用いた約3秒のセルフ計測で、自身の身体を360度確認できる3D映像や、全身20カ所の数値、体形の特徴、インナーウェアのサイズなどを知れるサービスだ。全国の一部店舗で導入している。
計測のみの利用は無料だが、骨格タイプを診断する3500円の骨格診断や、ボディーデータから「スマホ首」「猫背」などの姿勢レベルや「お疲れネコ」「ぐらぐらキリン」などの動物に例えたバランスタイプを診断する2000円の「からだバランス診断」といった有料サービスも提供している。
下着開発のために培ってきた身体計測技術を、自分の体形を可視化できるサービスとして展開した形だ。4月時点で約35万人分の計測データが蓄積されているという。
7月1日からは、スポーツジムやヘルスケア施設での利用を想定した3D計測サービス「SCANBE base」(スキャンビー ベース)の提供も開始した。3Dデータを用いて身体の形状やサイズを可視化し、日々の運動やトレーニングの成果を視覚的に確認できる。今後、スポーツ量販店や競技団体、自治体、研究機関などへの設置も視野に入れる。
●約60年にわたる人体研究が背景に
こうした取り組みの背景には、約60年にわたる人体研究がある。1964年のワコール人間科学研究開発センター設立以来、毎年1千人近くの4歳から69歳までの女性の人体計測を行い、これまでに延べ約4万5000人以上のデータを収集してきた。
中でも、同じ女性を30年以上にわたり追い続けた「時系列データ」は、他社ではあまりない貴重なデータだという。体形だけでなく、姿勢や筋肉量、座った際などの身体の変化などを調査しているそうだ。
これまで、こうしたデータは主に下着の開発に活用してきたが、今後は新たな分野への応用も視野に入れる。ワコールは、下着メーカーではなく「人とモノとの関係性」を研究する企業として、長年培ってきた技術や知見の活用領域を広げようとしている。
「『ひとりひとりが自分らしく美しく いられるように 世の中が自信と思いやりにあふれるように からだにこころに いちばん近いところで寄り添い続けます』というのがわれわれのミッション。そのための手段は、下着などの製品だけでなく、サービスや情報も含まれる。その中で『ワコールがこんなこともやっているのか』と思ってもらえるソリューションも提供していきたい」(清家氏)
下記の関連記事にある「【完全版】女性用下着のワコールが、なぜ「自動車業界」へ? “綿菓子のように立体を作る技術”が車内に」では、配信していないMelooopに関する写真とともに記事を閲覧できます。
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