「クレームがない=いい接客」ではない 斎場スタッフが語った深すぎる接客論

2

2026年05月20日 07:20  ITmedia ビジネスオンライン

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia ビジネスオンライン

斎場スタッフが大切にする「出しゃばらない接客」

 「接客業は奥が深い」とよくいわれる。


【その他の画像】


 愛想よく笑顔を浮かべ、明るく元気にハキハキと、正しい言葉遣いで対応していてもクレームが入ることがある。マニュアル的な対応を押し付けがましく感じたり、鼻につくと受け取ったりする人もいるのだ。


 かといって、一歩引いて落ち着いた雰囲気で対応すると、今度は「冷たい」「やる気がない」などと文句が飛んでくる。相手が生身の人間である以上、十人の客がいれば十通りの感情があり、寄り添い方も十通り必要になる。これさえやっておけば「正解」というものがないのだ。


 そんな「答えのない仕事」の中でも、他業種と比べて次元の異なる奥深さがあるのが、「斎場スタッフの接客」だろう。


 大切な人を失って、悲しみに暮れる喪主や家族をサポートするという点では、葬儀業者と重なる部分もあるが、斎場スタッフが特殊なのは、遺体を火葬し、遺骨を遺族の前に運び、骨壺に納めるという一連の役割を担う点だ。いわゆる「お骨上げ」「収骨の儀」を執り行う点だ。


 大切な人を亡くした場面を想像していただきたい。つい先ほどまで生前の姿だった人が、骨という「物質」に変わり、それが箸でつままれて、小さな壺に納められていく光景を見たら、心が揺さぶられてしまうはずだ。そんな行き場のない「負の感情」を、目の前の斎場スタッフにぶつけてしまう人もいるだろう。


 では、そんな過酷な「感情労働」の現場で、斎場スタッフたちはどうやって、悲しみに包まれた人々に寄り添っているのか。火葬によって大切な人の「死」を改めて実感し、ショックを受けている人たちに、少しでも穏やかな気持ちで斎場を後にしてもらうために、どんなことを心がけているのか。


 それを知ることは、外食やホテルなど「感情労働」を生業(なりわい)としている人たちはもちろん、顧客のクレーム対応をしなくてはいけないビジネスパーソンにとっても大きな気付きにつながるはずだ。そこで今回は、東京博善(東京都港区)のベテラン斎場スタッフ2人にインタビューした。


●ベテランスタッフが共通して語ったこと


 興味深いのは、それぞれ個別に話を聞いたにもかかわらず、2人のベテランが語った内容はほとんど同じだったということだ。彼らがこの仕事をするうえで、大切にしている原則や哲学は、以下の3つに集約されている。


 (1)「主役にならない」謙虚さを持て


 (2)「言われていないクレーム」を想像せよ


 (3)マニュアルでは伝えられない「心」を磨け


 まず、(1)の重要さを訴えたのは、東京・新宿にある「落合斎場」行事課のベテランスタッフ、山田さん(仮名)だ。行事課とは、火葬にまつわる業務全般を担当する部署で、火葬炉で、ご遺骨をきれいに火葬するための火力を調整するだけではなく、火葬炉前で収骨も執り行う。ここで20年以上のキャリアを積んできた山田さんが後輩を指導する際によく言っているのが、この言葉だという。


 「収骨のときには、われわれが遺骨の説明をする場があります。そこでは各自が勉強したり、先輩のやり方をまねて遺骨について昔から言われている話や、遺骨の状態について説明するのですが、『勉強になりました』とか『詳しく教えていただいてありがとうございます』と、すごく反応が良いこともあるので、若手スタッフの中にはそういうふうに盛り上げていくことがベストだと勘違いしてしまう。だから『それは思い上がりだよ』と後輩には伝えています」(山田さん)


 なぜ、山田さんがこのような苦言を呈するのかというと、参列者が収骨に立ち会う際の感情は、まさに千差万別だからだ。気持ちの整理がついていない人もいれば、まだ故人の死を受け入れられない人もいる。当然、遺骨の説明なんて詳しく聞きたくない人もいれば、とにかくこの場にいること自体がつらく、早く遺骨を自宅に持ち帰って休ませてあげたい人もいる。そういう心情を感じ取って、それぞれに合った形のサポートをするのが、斎場スタッフの役目だと山田さんは言う。


 「収骨の主役はあくまで喪主様やご宗家、参列者の皆さんですので、主役が望むような収骨のスタイルになることがベスト。自分が主役になって場を仕切ることは絶対にやってはいけない。でも、なまじ経験が積み重なっていくと、自分が主役だと勘違いしてしまうときがある。5年目くらいですかね、私もそうでしたから」


●「クレーム」を想像する


 これは、サービス業の「あるある」と言ってもいいかもしれない。仕事に慣れ、経験を積み重ねていくと、「客側はこういうのを求めている」という考えが強くなって、自分がベストだと考える「自分流のおもてなし」を客側の意向に関係なく、一方的に押し付けてしまう。


 一般の飲食店ならば「ガンコ店主のこだわり」として好意的に受け取られる可能性があるが、大切な人を失った悲しみに寄り添う場でそうなることはない。これは斎場スタッフならではの視点だが、その考え方は「クレーム」にも当てはまる。


 それが(2)「言われていないクレーム」を想像せよ、というものだ。


 よくサービス業では「クレームは成長のチャンス」というようなことが言われる。理不尽な言いがかりや誹謗中傷のようなものは論外だが、クレームの中には、自分たちでは気付けなかったサービスの「穴」や、さらなる改善点を教えてくれることがあるからだ。そのため、成長企業の中には寄せられるクレーム対応をカスタマーセンターなど顧客対応部署だけに任せず、経営企画室など社長直轄の部署で管理しているところもあるほどだ。


 山田さんの考えも全く同じなのだが、そこからさらに一歩進んでいるのは「言われていないクレーム」を想像することで、自分たちのサービス改善につなげようとしている点だ。


 「例えば、若手の収骨を後ろから見守っている際に、遺骨の納め方にまだ慣れていないせいか、ちょっと違うな……と思ったことがあるんです。そこで参列者の表情を観察したら、中には、私と同じように違和感を抱いているように見える方もいた。そこでその方の気持ちを想像してみて、どう感じただろうか……と。もしクレームを入れるとしたら、どこに不満や違和感を抱くだろうか、と突き詰めて考えていくんです。実際には誰からもクレームを入れられたわけじゃないですけどね」(山田さん)


●葬儀の場ならではの意識が働く


 この「寄り添い方」には考えさせられた。筆者も先日参列した葬儀で似たような経験があったからだ。葬儀業者側の段取りがあまり良くなかったのだが、誰もクレームを入れることはなかった。喪主や遺族に気を使ったところもあるが、このような場で雰囲気を悪くしてはいけないという意識が働いたのだ。


 「そういうものなんですよね。でも、それはそのスタッフにとっては成長、改善のチャンスを逃してしまったことになりますよね。つまり、クレームがないから良かった、クレームがないからいい仕事ができているなんてのは思い上がり以外の何者でもないということです。われわれの世界では『ご遺族の思いに寄り添う』ことがよく言われていますけど、本当の意味でちゃんと寄り添えているのか。これは私の中では永遠に自問自答するテーマです」(山田さん)


 ここまでホスピタリティにストイックなのは、山田さんがもともと外食業界で働いた後、東京博善に入社してきたということもあるかもしれない。良い「接客」をして感謝されることは、飲食店でも斎場でも変わらない。それがこの仕事を選んだ理由であり、大きなやりがいになっている、と山田さんは言う。


 山田さんとは異なるキャリアを歩みながらも、同じく「遺族に寄り添うこと」を追求しているのが、現在「四ツ木斎場」で後進の育成にあたる松本さん(仮名)だ。


 高校卒業後、東京博善に事務職として入社。ほどなくして自ら行事課への異動を申し出て以来、30数年間、火葬と収骨を執り行ってきた。一般の人はもちろん、大物政治家や芸能人、暴力団関係者など、さまざまな人たちを荼毘(だび)に付してきたこの道の「プロ」である。


 若手の指導に当たっている松本さんは、火葬の技術、礼儀作法、宗教ごとの知識などを身につけることも重要だが、この仕事で最も大切なのは「心」だと断言する。つまり、(3)マニュアルでは伝えられない「心」を磨け、ということだ。


●マニュアルでは伝えられない「心」とは


 「私たちの仕事は“心”がなければ成り立ちません。心をこめなくては、ただ火葬をしているだけ、ただ収骨でご説明をするだけになってしまう。どうやって心をこめるのかは、斎場に棺が到着したときから始まっています。そのときのご葬家や会葬者の雰囲気をよく見ておく。悲しみの深さは人によって異なるので、相手の気持ちになって、その様子をしっかり見る。そして、私たちが何をしなくてはいけないのか、してはいけないのかという相手に合わせた対応を自分の中でつくり上げていくことが行事課の仕事だと、私は思っています」


 よく接客で大切なのは「観察力」と言われる。客の動きや発言に注意を払い、そこから何を求めているのか読み取って対応するのが接客のプロなら、さらに一歩進んで「悲しみの深さ」を読み取り、「想像力」を働かせていく。それが松本さんが30年以上続けてきた独自のメソッドである。


 「自分がされて嫌なことは、相手も同じように嫌だという思いを持つことですね。逆に、自分がされてうれしいことは、相手も喜んでくれるはずだ。そういう想像力が養われると、おのずと、できるだけきれいなご遺骨になるよう丁寧に火葬を行う。遺骨を説明する際の言葉遣いはもちろん、相手の目を見てしっかりと話すといったことが自然にできるようになるんです」(松本さん)


 そんな松本さんの「心」は、相手にもしっかり伝わっている。収骨時の丁寧な対応に心を打たれた会葬者から「近いうちに私もここで骨になりますから、そのときあなたにやってもらいたい」というようなことを言われたこともあるという。また、先日は収骨後に喪主から感謝の言葉を伝えられるだけでなく、名前まで尋ねられた。


 「こういうふうに感謝をしていただけると、ご葬家や会葬者の皆さんの悲しみに少しでも寄り添うことができたかもしれないと感じます。この仕事をやってきてよかったと思う瞬間ですね」(松本さん)


 そんな実体験があるからこそ、「心」の大切さを若手に伝えていくことが必要だという松本さんだが、毎日多くの葬儀が行われる人口約1200万人の都市・東京では、なかなかそれも難しいという。


●ビジネスパーソンにも参考になる「接客の真髄」


 「どうしても、火葬業務を早く正確に行おうとすると、入ってきた若い子たちは技術や作法など、形から覚えてしまう。次から次へとご遺体が到着するため、どうしても急かされてしまう面もある。業務に関してはしっかりとしたマニュアルが用意されているが、いくらその通りにやっても心がこもっていないと意味がないぞ、ということを伝えています」(松本さん)


 人と人が触れ合う接客には「心が大事」というのは誰もが頭では分かっているが、業務の効率化などの現実もある中で、それを本当に実践するのは容易なことではないのだ。だからこそ、「接客」という仕事は奥が深くて、人々を魅了するのだろう。


 AIの急速な進歩によって、近い将来、接客業もAIを活用して大きく変わっていくといわれている。確かに、オーダーを取ったり、顧客との一般的なコミュニケーションは今のAIでも難なくできるだろう。しかし、AIが『人間の深い悲しみに寄り添う」ことができるようになるのは、まだもう少し先ではないか。


 ベテラン斎場スタッフの「接客論」から学ぶことは多い。


(窪田順生)



このニュースに関するつぶやき

  • クレームが無い企業又はクレームを苦情とか認識できない企業や職員は期待できないしクレームを言う意味もない。つかわざわざ教える必要すらない。
    • イイネ!0
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(1件)

前日のランキングへ

ニュース設定