川口いじめ自殺「教育委員会は大ウソつき」 被害うったえ続けた15歳少年を「黙殺」した教育現場の汚点

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2023年06月30日 10:51  弁護士ドットコム

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「教育委員会は大ウソつき」。2019年9月8日未明、埼玉県川口市の特別支援学校に通う男子生徒(当時15歳)が、そう書き残して自殺した。


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生前、彼がいじめ被害を訴えていたので、いじめ防止対策推進法にもとづき、市の調査委員会が設置されていた。いじめの有無や不登校、繰り返された自殺未遂との関連が調査中だった。そのような中で、いじめの被害者が自殺するのは異例のことだ。



遺族の要望を受けて、調査委(旧調査委)は解散。新たに立ち上がった調査委(新調査委)が調査をすすめた。川口市は今年6月23日、新調査委による報告書を公表。学校や教育委員会の対応を問題視する内容だった。これを受けて、遺族は筆者の取材に応じた。(ライター・渋井哲也)



●「くるしい くるしい くるしい くるしい」

自殺した小松田辰乃輔さんの母親は、いつものように少年漫画雑誌『Vジャンプ』を仏前に供えた。



「好きな漫画が載っていて読んでいたので、亡くなってからも毎月購入しています。私の中では、今でも辰乃輔が帰ってくるんじゃないかと思って、文句を言われる前に買っておくんです」(母親)



報告書によると、辰乃輔さんが受けたいじめの特徴は5つある。



(1)自殺未遂を何度も繰り返していたこと
(2)いじめへの対処過程で加害者・関係者、学校側の言動によって二次被害のダメージが重かったこと
(3)いじめ事実の曖昧さ
(4)小学校野球チームでのいじめ被害と指導者による性加害という二重被害があったこと
(5)いじめ被害者の知的障害による影響



「報告書は何度も読みました。過去のことを思い出して、死のうと思ったくらいです。ストレスなのか、今は、夜になっても電気をつけられません。内容については、いじめだけでなく、学校や市教委がいじめを放置するなどの二次被害についてもきちんと書いてくれています。どうしてこんなに長くかかるのかと思っていましたが、結果として、ここまで調べてくれて、新調査委にはとても感謝しています」(母親)



遺族側代理人の石田達也弁護士も報告書を高く評価する。



「いじめによる不登校もあり、自殺未遂もあった。それなのに、調査委がなかなか立ち上がらず、調査委が設置されても『秘密会』でした。設置自体を秘密にしたのは、これまで聞いたことがありません。また、調査中に当事者が亡くなるのは極めて異例のことです。



いじめ防止対策推進法は、被害者のための法律です。いわば『いじめ被害者救済法』。そのため、調査する際には、被害者の目線で振り返るのが本来のあり方だと思います。(新調査委は)辰乃輔くんが書き残した言葉を真剣に受け止めてくれました」(石田弁護士)



辰乃輔さんは2019年4月、特別支援学校の高等部に進学してすぐ、小中学校時代のいじめによるトラウマを訴えるようになった。きっかけは、中学時代の同級生とバス停で出くわしたことだ。「辰乃輔が通っている学校は学校じゃない」などと悪口を言われてパニックになったという。辰乃輔さんのノートにはこう記してある。



<そとにでたくなくなる。
怖い 怖い 怖い 怖い 怖い
くるしい くるしい くるしい くるしい>



「ノートは小学生のころから、思った心のうちをその通りに書いていました。最近になって新しいノートが見つかりました。日付が書いていませんでしたが、『昨日、死にきれなかった』とありました。報告書では、高校に入ってからは安定していたと書かれていましたが、憎しみがつづられていました。読んで、また悲しみが湧いてきました」(母親)





●「いじめた人を守ってウソばかりつかせる」

辰乃輔さんは2019年9月7日、髪を切ったあと、祖父母宅へ泊まりに行った。翌8日未明、自宅近くのマンション11階から飛び降りた。



その3日前の9月5日も、辰乃輔さんは一時的に行方不明になったが、マンション階段付近にいたところを近隣住民に保護されている。その日のノートには次のようにつづっていた。



<今の学校は、楽しいけどいじめられた時の事を思い出す。教育委員会はウソばかりでぼくをいじめた人をひどい事言った人をばかりを守る。大ウソツキ…(略)…いじめられた人間はずっとくるしまなきゃいけない。さようなら>



その後も自殺衝動は続き、9月6日には次のように記している。



<教育委員会は大ウソつき。いじめた人を守ってウソばかりつかせる。いじめられたぼくがなぜこんないもくるしまなきゃいけない。ぼくは、なんのためにいきているのか分からなくなった。…(略)…ぼくの味方は家族だけ。くるしい。つらい>



●「ぼくはサッカー部の友達からいじめられている」

自殺の大きな背景には、中学時代のいじめと学校対応・ケアの不十分さがある。



報告書によると、辰乃輔さんは2016年4月、地元中学に入学して、サッカー部に入った。同年5月ころから、ほかの生徒とのトラブルを担任に訴えることが多くなり、母親は「辰乃輔が学校へ行きたくないと言っている」と連絡した。サッカー部の部員から嫌なことを言われたり、試合中に水筒の中身を飲まれてしまうことがあったという。



「その他にも、シャープペンシルの芯が折られる、上級生から、邪魔だから試合にくるなと言われる、無視されたり仲間はずれにされるとのこともあったとのことであるが、この点について、顧問において事実確認を行ったり、また、名前を出して辰乃輔が嫌な思いをしているなどの説明も指導が行われたという形跡は確認できなかった」(報告書)



同年9月ごろ、辰乃輔さんは精神状態が不安定になった。「もう耐えられない」。小学校時代のいじめのトラウマがあってか、腹痛と発熱に悩まされた。一時的な失踪を繰り返すようになり、9月19日には自殺をはかったが、未遂に終わった。前日のノートには、<今サッカー部のぼくをいじめた人、クラスでぼくをじゃまにおもった人、ぼくは、いなくなります>と書いていた。



このあと、学校は「いじめ問題対策委員会」を開催した。しかし、いじめ重大事態が発生した(いじめの結果、自殺未遂があった)という認識は、学校側にまったくなく、このときの調査では、クラスで「いじめに関する内容は特定できず」、サッカー部でも「新事実はなし」と結論づけた。



「学校は、いじめをきちんと確認していません。いつ、どこで、どういういじめがあったかを曖昧にしていました」(石田弁護士)



そんな中で、2度目の自殺未遂が起きた。10月25日21時ごろ、辰乃輔さんは自宅の自室で制服のベルトをドアノブにかけ、首を吊ったのだ。母親が発見して、市内の病院に救急搬送された。翌日のノートには次のように書いている。



<学校にいじめられてた事を死んでわかってもらい。口で言わないといじめにしてくれない。紙に書けるなら口で言うれると言ったきょうとう先生うまく口じゃあつたえられないから手紙なんです>





●「いじめがかいけつするように」と絵馬に書いたが・・・

中学1年の3学期になり、クラスの生徒が1人ずつ絵馬に願い事を書くことになった。辰乃輔さんは「いじめがかいけつするように」と記載した。しかし、担任はその絵馬の受け取りを拒否した。



<いじめもないことになっているんだ。やっぱりぼくが消えないと、わかってもらない> (1月20日のノートより)



そして3度目の自殺未遂は、3月22日のことだった。夜に家を抜け出した。発見されたとき、辰乃輔さんはカッターナイフを持っていた。腹部には刺した傷があった。



<死んでぼくいじめられてた事を分かってください学校の先生たちへいじめた人たちへ 早く死にたい>



中学2年1学期の4月10日にも、4度目の自殺未遂。友人宅のマンション3階から飛び降りた。



<ぼくがいじめられた事をウソだと思っているから何もしてくれないんだ>



2学期になると、第三者委員会設置に向けて、市教委は市長に説明をおこなった。2017年11月2日から、第三者委員会が開催された。3年生になってからは、教頭が交代し、市の教育研究所が関わった。2018年8月になって、辰乃輔さんと母親は、報道機関の取材で、第三者委員会の設置を初めて知った。



市教委は第三者委を「秘密会」として、伝えていなかったのだ。しかも、「いじめ重大事態」の調査でもなかった。



「繰り返しいじめを訴えていたのに、学校も市教委もいじめと認識していなかった。1度目に飛び降りたあと、市教委はノートを取りにきました。少なくともその時点で、辰乃輔の心情はわかっていました」(母親)



●少年野球チームの指導者から「性被害」にあっていた

実は、いじめ以外にも「心の傷」になる体験があった。性被害だ。



「性被害について本当に苦しんだと思います。子どものメンタルケアは学校にとっても必須の支援項目です。情報共有や引き継ぎだけでなく、きちんとケアをしていれば、その後、ここまで被害的になっていないかもしれない。しかし、性被害がトラウマになっていた部分もあるのではないか。辰乃輔くんの件では、性被害は隠れたテーマでもあります」(石田弁護士)



小学5年のとき、少年野球チームに入団した辰乃輔さん。小学6年の夏休み、栃木県内でおこなわれた合宿で、トロッコ列車に乗ることがあった。しかし、同じ学校の児童を含むほかのメンバーと一緒に乗ることを拒否された。 いじめと認定されているが、同時に性被害も受けていた。



朝、目を覚ますと、少年野球チームの指導者が酔っ払って、辰乃輔さんの頭部に陰部を乗せていたいう。



これらの影響からか、辰乃輔さんは「学校に行くなら死んだほうがマシ」と言うようになり、ある日、自室で首を吊った。母親が発見して、一命を取り留めたが、当時の担任に報告したところ、管理職は特に対応しなかった。それどころか、辰乃輔さんのノートを見た管理職は「1人で作成したものではない」と考えて、親子の問題と捉えたという。



「手洗いやシャワーは長くなっていました。ガス代も高くなり、ガス屋さんに『家族、増えましたか?』と聞かれるほどでした。それだけ『自分が汚い』と思うようになっていました。被害者本人にとって、性被害は時効がないんです。しかし、家庭での過ごし方について学校から聞かれたことはありませんでした。学校は、辰乃輔が不安定なのは、親子の問題だとして、逃げていたと思います」(母親)



中学2年の自殺未遂後、辰乃輔さんは「警察に言って対応してもらいたい」と言い、栃木県まで現場検証に立ち会っている。学校も知っているという。辰乃輔さんが性被害のトラウマを抱えていたことを示すエピソードの1つだ。



「辰乃輔くんの性被害は、地域の野球チームで起きました。市教委のスポーツ課が関与しています。今回は、学校外の出来事も『いじめ』と認定されました。昨今、部活の地域移行という話になっていますが、まさに先取りした問題でもあります」(石田弁護士)



報告書は「辰乃輔さんの精神的苦痛が軽減することなく、数年間にわたって継続したためである。したがって、これに対する何らかの適切な介入が行われ、苦痛を軽減できていれば、辰乃輔さんの自殺を回避できた可能性がある」と結論づけている。



遺族は今後、報告書に対する所見を提出するかどうかを検討する。また、提言を実行するための検証委員会を求めることにしている。


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