JR北海道「42駅廃止」問題に思う - 半世紀前に示された処方箋とは

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2023年07月08日 08:01  マイナビニュース

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北海道新聞の電子版は、「上川北部9駅廃止検討 『地域で維持難しい』『必要な交通手段どう提供』 沿線住民ら思い複雑」と題した記事を6月28日に掲載した。6月17日に報じられた「JR北海道、42無人駅の廃止検討 道内全駅の1割強、4駅は来春にも」の続報として、上川管内北部の名寄市、美深町、音威子府村、中川町の反応が紹介された。


記事によると、美深町は2021年6月にJR北海道から初野駅廃止の意向を伝えられ、2023年7月までに回答を求められているという。駅を廃止するか、自治体管理とするかの二者択一となる。美深町長は、「駅周辺に高校生を含む子どもが16人いる」「将来にわたって通学の足を守っていかなければならない」と語っている。



名寄市は対象となった日進駅、智北駅について、市の担当者による「駅を維持していく考えに変わりない」とのコメントを紹介。天塩川温泉駅、咲来駅、筬島駅を維持管理する音威子府村の村長は、「自治体財政も逼迫しており、地域の人々と議論する」と語る。中川町の町長は、地域住民にとって必要な交通手段をどのように提供できるか検討する意向を示した。



自治体の受け止めと方向性は美深町長の談話に集約される。高校生の通学手段として、駅と列車は必要。それゆえに、現在、駅周辺に住むこどもたちが高校に進学し、通学を終えるまでは駅を維持したい。自治体管理もやむをえない。



問題はその後だ。「現在のこどもたち」が通学を終え、駅をなくしたら、これから生まれてくるこどもたちの高校通学に列車を使えない。これは子育ての不安要素のひとつになるだろう。子育てしたい家庭は町や村を離れていくかもしれない。若い世代の転入も期待できない。すでに来春の廃止を宣告された石勝線の滝ノ上駅は、「高校生が帰省のために使う」と報じられている。つまり高校生も平日は下宿や寮生活となり、自宅から通学していない。週末や長期休みしか帰って来ない。



北海道に限らず、過疎問題に悩む自治体にとって、駅や鉄道路線の廃止はただ不便になるだけでなく、自治体の消滅危機になりかねない。子育て世代が離れて人口の転出が進み、若い世代からも転入先に選ばれなくなる。現在も住み続ける人々がいなくなれば、自治体の存在は意味を成さない。



鉄道がなくてもバスや乗合タクシーを使えばいいという考え方もある。しかしそれは過疎化を肯定するだけで、人口増加の未来を描けない。



鉄道利用者の減少と列車の減便はどちらが先で責任があるかという議論もある。鉄道利用者の減少は鉄道会社の失敗だけでなく、沿線の人口減少も理由のひとつだ。鉄道ばかりに責任を問うのではなく、過疎に至らしめた国政や沿線自治体の施策も咎められるべきではないか。



そもそもなぜ過疎化か起こり、鉄道の需要がなくなってしまったか。鉄道だけでなく、商業等の需要もなくなってしまった。その原因は何か。

○■半世紀前に改革を唱えた田中角栄



かなり歴史をさかのぼる。農村人口が多かった時代、農業には働き手が必要だった。しかし農作業の機械化、減反政策などによって人手が不要になった。まず農家の次男、三男の仕事がなくなる。長男以外は跡を継げない。そこで若者たちは仕事を求め、都会へ出て行った。男性が減れば農家の女性も嫁に行くあてがない。大都市の経済を発展させたパワーは、農家の跡を継げなかった人々が作り出したと言っていい。



北海道の場合、離農も深刻だった。高齢化や経営破綻で農場を去って行く。本来、農業は重要な産業で、農地があれば仕事はある。だから都会から仕事を求めて農業を志す人がいてもおかしくない。新規就農者に対する国の助成制度もある。しかし新規就農者も5年以内に3割が離農するという。



離農のおもな理由として、「生活が安定しないから」が多い。繁忙期の労働時間が長く、収入に見合わない。ネットで見かけるような「専従農家との付き合いトラブル」は少ないようだ。もしそれがきっかけだとしても、背景には「割に合わない仕事で嫌な思いをしたくない」との考えがあるだろう。農業が儲かれば、多少嫌なことがあっても、作業がつらくても耐えられる。

「すべては農業が儲からなかいからだ」とも言えるが、それは今に始まったことではない。昔から儲からなかったがゆえに、農閑期の女性は内職し、男性は出稼ぎに出て、都会のインフラ建設に従事した。日本国民の食糧と都市建設はこのような人々の努力で支えられてきたといえる。しかし、長期間にわたって家族が離散する状態は幸せだろうか。



これをどうにかすべきだと訴えた政治家がいた。第64代内閣総理大臣の田中角栄である。著書『日本列島改造論』(1972年、日刊工業新聞社)」の中で、「太平洋用ベルト地帯に工業が集中した結果、公害やインフラ整備費用が膨大になっている。周辺の地価が高騰し、住居も狭く、勤務地から遠くなっている。これは幸せな生活とはいえない」とし、工業の地方分散を唱えた。そうすれば、農家の収入が低くても、出稼ぎは都会ではなく、自宅から通える範囲になり、家族で一緒に暮らせる。



工業再配置にあたり、日本海側と北日本は最適だとしている。北国は工業に不適と言われているが、世界のおもな工業地域は北緯40度以北、すなわち秋田県八郎潟より北にある。むしろ先進国は国土の北側で工業、南側で農業を発展させてきた。工業を発展させるために大量の水を必要とするが、北に行けば雪という天然のダムがある。



そして工業を地方に分散させるべく、「新幹線を全国に作り、空いた在来線は貨物列車を増発して、地方で作った工業製品を消費地に運べばいい」と提案した。農地の工業転換にあたり、農家は先祖代々の土地を手放したくないだろうと思いやり、定期借地権による工業誘致も提案している。



田中の理想が実現していれば、地方も発展し、並行在来線問題もなく、鉄道貨物輸送によってトラックドライバー不足もなかったかもしれない。ローカル線問題も、いまより少しはましだっただろう。なぜこれが実現できなかったのか。

○■例えるなら『日本列島改造論』は「ラプラスの箱」



筆者にとって、田中角栄といえば「我田引鉄」とばかりに上越新幹線を建設させるなど地元贔屓で、国鉄が赤字にもかかわらずローカル線の建設を進めようとした人物、という印象だっだ。もっとも、筆者にとっても田中政権の時代やロッキード事件は幼い頃の記憶しかない。



田中角栄は戦後の1947(昭和22)年から1990(平成2)年まで国会議員を務め、通商産業大臣、大蔵大臣、郵政大臣を歴任し、1972〜1974年に内閣総理大臣となった。1993(平成5)年に75歳でこの世を去るまで、いやその後も自民党政権に大きな影響を与えている。日中国交正常化などの功績と同時に、ロッキード事件による政財界の大スキャンダルと逮捕、黒い金脈も語り継がれてきた。



筆者も田中角栄に対し、「ロッキード事件で逮捕されたずるい政治家、ラスボス、お金だけが大事な人」との印象を持っていた。田中角栄の現役時代を知らない人も、筆者と同様の印象だったのではないかと思う。『日本列島改造論』も、上越新幹線をはじめとする新幹線の必要性を訴え、赤字ローカル線建設の理由を述べた本だと信じ込んでいた。その意味で読んでみたいと思っていたが、絶版の上に古本屋で見つけられず、ネットでは5桁の金額がつく高価な本で、手を付けられなかった。



その『日本列島改造論』が、2023年3月に復刻された。1,800円と手頃な価格だったので、早速手に取って読んでみたところ、読む前の印象と違っていて驚いた。それが前出の「日本の工業再配置計画」であり、具体的に日本各地の地名も挙げられていた。新幹線と道路整備はその手段にすぎず、在来線は貨物列車のために必要な存在になっていた。



たしかに田中角栄は上越新幹線をゴリ押ししたかもしれないが、それは工業再配置計画のモデルケースとして、自分が睨みをきかせられる新潟で実験して見せたのではないか。事前に土地を取得して儲けたやり方はまずかったが、「こうすれば地方の政治家も利があるから進めなさい」というメッセージだったかもしれない。



実際に『日本列島改造論』を読んで、その先見性に驚き、筆者の田中角栄に対する印象は大きく変わった。筆者が好きなアニメに例えるなら、『機動戦士ガンダムUC』の「ラプラスの箱」である。ガンダムを知らない人には、「いまの日本国憲法は手違いで定められた。本当はこっち」と言われたような衝撃かもしれない。やや大げさだけど。



田中角栄の構想通りに工業再配置が進めば、地方は活性化し、都会への人口流出も食い止められたのではないか。ローカル線は貨物輸送の責務を全うし、通勤通学列車は数両の編成で満員だったかもしれない。もちろんそこには赤字路線の廃止も、駅の廃止もない。そもそも国鉄は民営化されていない。その理想が現在の政治家に引き継がれなかった。



『日本列島改造論』は1972(昭和47)年の刊行当時、91万部も売れたという。当時、筆者はまだ幼稚園児だったから、読者は筆者の父親の世代ということになる。その91万人の読者は、いままで何をしてきたのか。ただし、筆者は過去の話を解明したいのではない。『日本列島改造論』に書かれた理想の実現は、いまからでも遅くはないと思う。地方創生、地方活性化、そのひとつの答えがここにある。私たちにできること、いまの政治にできることはあるはずだ。



地域の開発は、これから着手しても長い年月を要するだろう。だから、現時点で使われていない駅は廃止してもかまわない。地域が発展し、また住民が集まったところで、新たに駅を設置すればいい。ちなみに、ひたちなか海浜鉄道が新設した高田の鉄橋駅は、短いホーム1本だけで約3,000万円かかった。JR北海道の無人駅の維持費は年間100万円である。じっくり地域を開発して、30年後に駅をつくるという考え方もあるだろう。線路がある限り駅はつくれる。そう、線路がある限り。(杉山淳一)

このニュースに関するつぶやき

  • ラプラスの箱 とか書いてるから田中角栄がニュータイプ云々言ってたんか?とか思ったら 筆者の好きなガンダムで例えると とか書いてある ガンダムに例えるとかを記事に使うなやw
    • イイネ!1
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