共働きの妻には感謝しているけど
「今どき、何か言えば“モラハラ”でしょ。近所のママ友の間で『あの家のダンナさん“モラ夫”なんだって』なんて言われたくないですからね」そう苦笑するのはヒサトさん(40歳)だ。2歳年下の妻との間に8歳になるひとり娘がいる。妻は在宅で仕事をしているが、主たる稼ぎ主はヒサトさん。だがもちろん、そんなことはおくびにも出さずに生活している。
「僕は仕事8割、家事・育児2割。妻はその逆。それでうちはバランスがとれていて平等であるという認識です。正直、家事は週末くらいしかしませんからね、毎日、夕飯を作るというのは大変なことだと思う」
週に1度くらいは仕事関係の食事会や飲み会があるものの、そのほかの日はできるだけまっすぐ帰って娘と話したいと思っていると彼は言う。
「食事も実は楽しみなんです。妻は料理上手で、結婚当初は帰宅するのが楽しみでした。子どもができてからは、もちろん大変なのはわかっているから、どんなに手抜きをしてもかまわないと思っていた。ただ、もう娘も8歳ですから食育という面でも、なるべく手作りがいいんじゃないかなと考えないでもないわけで……」
ヒサトさん、だんだん声が小さくなっていく。そういう要求を妻にはできずにいるからだ。希望を述べても、妻からの「私だって忙しいんだから」の一言で打ち切られるのはわかっている。
おでんが3日間続いて、つい言ってしまった
「でもね、1月だったかな。1週間、鍋料理が続き、その後、3日間、おでんが続いたんですよ。鍋料理も前日の残りに野菜を足して、少し味変しただけ。
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妻はチラと彼を見つめて、「風邪ひいて調子が悪かったの!」と叩きつけるように言った。すみませんと言うしかなかったと彼は笑う。
「2月に入ってから早めに帰れる日があったので、娘が食べたがっていたビーフシチューを僕が作ったんです。手間も時間もかかったけど前日から準備して、じっくり煮込んで。
娘が大喜びしてくれたから僕もうれしかったんだけど、妻はあとから『そうやって自分だけ点数稼ぎしないでよね。やるなら毎日やって』って。それはないでしょ。
どうして『パパが作ってくれてよかったねー』と素直に言えないかなあとつぶやいてしまいました」
すると妻は、「夕飯作りのハードルをあげようとしている」と感じるからプレッシャーなのだと言った。
責任感が強すぎると気づいて
それを聞いたとき、ヒサトさんは「手を抜いてばかりいるのに、プレッシャーだなんてよく言うよ」と内心思った。
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「適当にやっておくことができない。やるかやらないかのどちらか。本来はそういうタイプなのに、プレッシャーを感じて頑張らなくてはいけないと思ったからこそ、鍋が1週間続いたんだと気づいたんです。
惣菜を買ってきて済ますほど無責任にはなれない。だけど自分が納得いくようなものは作れない。だから鍋に頼ったんだろうと」
しかも彼がビーフシチューを作ったために、妻はより追いつめられてしまった。
それに気づいたヒサトさんは、アバウトでいいから献立を作ろう、週末に常備菜を作ろうと提案した。妻はそれを受け入れ、週末は娘も一緒にキッチンに立つことが増えた。
「それにしても在宅ワークの妻がどうしてそこまで忙しいのか……。それとなく娘に聞くと、妻は帰宅した娘のその日の授業をすべて復習させているらしい。
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妻は母親としての辛さを初めて打ち明けた
それよりもっと楽しい生活をしよう、勉強より大事なものがあるはずだと彼は力説した。妻はすでに疲弊していたのだろう。子どもができてからずっと辛かったと初めて打ち明けた。「いい母親にならなければいけない、勉強のできる子にしなければいけない、妻としても完璧を目指さなければいけないと思っていたようです。
僕はそんなこといっさい要求していないのに。食事を作れない日があってもいいし、惣菜や冷凍食品を活用することがあってもいい、みんなでご飯を作る日もあればいいし、僕が凝ったものを作りたくなったら作る。
誰かが誰かに何かを強要することがあってはいけない。僕はそういう家庭にしたい。そう言ったら、やっと妻も少しラクになったみたい」
折に触れてそういうことは言ってきたはずなのだが、常にプレッシャーでガチガチになっている妻の耳には入らなかったのだろう。きちんと言葉にして伝えることは、常時しなければ意味がないとわかったと、ヒサトさんは神妙な面持ちで言った。
亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。(文:亀山 早苗(フリーライター))