インディカーのハイブリッド時代が開幕。初戦は開発陣営がまさかの低迷、カギはマニュアル回生か

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2024年07月12日 16:20  AUTOSPORT web

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2024年NTTインディカー・シリーズ第9戦ミド・オハイオ 優勝を飾ったパト・オワード(アロウ・マクラーレン)
 7月6日から7日にかけて行われた2024年NTTインディカー・シリーズ第9戦ミド・オハイオで、ついに新開発のハイブリッド・システムが導入された。

 サプライヤー選定の失敗にコロナウィルスのパンデミックも重なって遅延していた導入がついに果たされた。シーズンの真っ只中でマシンのスペックを大きく変更するのは前代未聞だが、新技術、しかも市販車でも幅広く使用されているモーターとエンジンのハイブリッドを、インディカーおよび出場マニュファクチャラーのホンダとジェネラルモーターズは少しでも早く導入したかったということだろう。

 今季のミド・オハイオ以降の後半8戦は、すべてハイブリッドマシンでの戦いになる。

■初実戦では、開発チームがまさかの苦戦

 インディカーの採用したハイブリッドシステムは、モータージェネレーターユニット(MGU)をシボレーエンジンを手掛けるイルモア・エンジニアリングがエンペル社とともに開発し、スーパーキャパシターを使ったエネルギーストレージシステム(ESS)はホンダ(HRC US)がスケルトン社と開発を行ったものを使用している。

 実走行での開発に協力したのは、ホンダ側はメインがチップ・ガナッシ・レーシングで、サブがアンドレッティ・グローバル、シボレー側はチーム・ペンスキーがメインで、アロウ・マクラーレンがサブだった。その他のチームは、今年に入るまでハイブリッドマシンをテストする機会を一切与えられなかった。

 テスト現場での視察や、情報公開などはある程度行われていたが、開発チームおよびドライバーがどんどんと経験やデータを積み上げて行ったのに対して、それ以外のチームは完全に放置されている状態に近かったため、大きな不利を強いられるのは間違いないものと見えていた。

 その一方で、新システムは信頼性の確立にも万全が期されるべきでもあり、チャンピオン争いを行う面々にトラブルが襲いかかる事態にでもなったら目も当てられないので、このオフに全チームにシステムをテストさせる時間を十分に与え、信頼性の確保をさらに徹底的に行ったうえで、2025年シーズンの開幕に実戦投入を行うのが良いのではないか、という考えもあった。

 しかし、インディカーはシーズン途中からの採用に踏み切った。その初レースとなった第9戦ミド・オハイオの予選、決勝での結果を見ると、開発チームとそうでなかったチームの差は、考えられていたよりも小さく、下位に沈んだ選手もいた。

 レースのトップ5はメインおよびサブの開発チームによって占められ、予選のファスト6はメイン開発チームから2人とサブ開発チームから3人で、どちらでもないチームからひとりが予選ファイナルに進んだ。なお、最後のひとりはデイビッド・マルーカス(メイヤー・シャンク・レーシング)で、彼はこのオフまでマクラーレンに所属していたためにテストを担当したことがあった。

 ここまでを見ると、「やっぱり開発チームに優位はあったな」との印象を持つかもしれないが、ハイブリッドマシンでの走行距離をもっともこなして来ていたスコット・ディクソン(チップ・ガナッシ・レーシング)とウィル・パワー(チーム・ペンスキー)の予選結果は14番手と16番手と低迷。

 ペンスキー側でテストを多く行っていたはずのジョセフ・ニューガーデンも18番手と、ハイブリッドマシンの経験豊富なはずの3人がQ1突破さえ果たせなかった。一方、各陣営の若手であるマーカス・アームストロング(チップ・ガナッシ・レーシング)やスコット・マクラフラン(チーム・ペンスキー)は好戦を見せていたが。

 迎えた決勝レースは、ポールポジションのアレックス・パロウ(チップ・ガナッシ・レーシング)と、2番手のパト・オワード(アロウ・マクラーレン)の一騎打ちとなった。ファースト、セカンドスティントこそはパロウがリードしたが、2回目のピットタイミングで逆転したオワードが、パロウのかけるハードなプレッシャーを跳ね除け、0.4993秒差での逃げ切り。今季2勝目、キャリア6勝目を挙げた。

■ハイブリッドの効能はまだまだ未知数

 見応えある優勝争いは、ハイブリッド採用の影響を受けてのものだったか……は微妙だ。もちろん、ふたりとも新たなパワーをフル活用して戦っていたのは間違いなく、彼らはインディカーのハイブリッド化を大歓迎している。

 パワー回生(リジェネレーション=リジェン)がマニュアルでも行うことができる点と、走行中に回生量をいつでも調整できる点は、今後ドライバーたちによって使用法が洗練されていく可能性を残しており興味深い。

 首位を争うふたりが3番手以下を大きく突き放した理由は、彼らのマシンがライバル勢を大きく引き離すレベルにあったからだろう。新システムに対し、一歩抜きんでた適応を見せた結果かもしれない。

 ディクソンもトラブルがなければ、パロウに近いパフォーマンスを発揮し、トップ5に迫るぐらいまでは上がって来た可能性があっただろう。予選こそ沈んだが、決勝日の午前中のファイナル・プラクティスで最速ラップをマークしていたほどだった。

 アンドレッティ・グローバル勢は奮闘して3人全員がトップ10フィニッシュをはたしたが、結果は4、5、8位で、3位表彰台のマクラフランにも明確な差をつけられていた。しかし僚友のパワーとニューガーデンは、16、18番手だった予選と大きく変わらないパフォーマンスしか見せることができていなかった。ただ、今後のオーバル戦ではまた一転する可能性も秘めているが。

 今回導入されたハイブリッドシステムで得られるパワーは、60馬力程度と大きいわけではなく、スーパーキャパシターがフルチャージされた状態となっても、そのパワーが使えるのは5秒程度と非常に短い。

 リジェンにかかる時間もほぼ同じ5秒程度で、要する時間が短い点はインディカーのシステムの美点で、MGUパワーはリジェンすれば何度でも使える、という点も新鮮だ。ただし、そのようなパワーを与えられたとしても、それを効果的に使える場所といえば当然メインとなるストレート部になってしまう。

 誰もが毎ラップ同じ区間でシステムを使えば、60馬力のパワーアップが毎周5秒間、全ドライバーに与えられるだけ。それでは差が生み出されやしない。

■オーバーテイクは難化との見方も

 ハイブリッドシステムの搭載でマシンが30kgほど重くなったことで、『逆にオーバーテイクは難しくなったのでは?』との見方もある。

 重くなったマシンに装着されるファイアストン・タイヤの性能もそこには大きく関係しているだろう。ハイブリッド使用での初レースでは、プライマリー・タイヤ(ハード)とオルタネート・タイヤ(ハード)に与えられていた性能差があまり大きくはなかった。また、今回のレースではコースの舗装が新しくなされたばかり、という状況もそこには影響していただろう。

 率直に言って、『ハイブリッド化によるエクストラパワーは、それだけでオーバーテイクの数を増やしてはいなかった』ということだった。ただし、新たなMGUパワーと従来のプッシュ・トゥ・パスの併用が可能とされており、後者は相変わらず使用時間制限があるので、両システムのボタンを同時に押してのオーバーテイクは起こっていたはずだ。

 ただし、ポジションを争う相手がすぐ背後にいる状況で、MGUパワーも使わずプッシュ・トゥ・パスも押さない、なんて走りをする人はいないだろうから、併用の120馬力を使っての目も覚めるような豪快なパスというものは見られなかった。おそらく、あったとしても極めて稀だっただろう。

 結局のところ、ハイブリッドが導入されたあとも、“ライバルのパスにはプッシュ・トゥ・パスが不可欠”なのではないだろうか。

 そうだとしたならば、ハイブリッド導入前とコンペティション自体はあまり大きく変わっていないとも言える。ただ、見えづらい点としてはブレーキング時のリジェンがブレーキングの手助けとなるうえ、マシンのハンドリング特性を変化させることなどから、今後のレースでは、マニュアル・リジェンの活用法が差を生み出すことになるかもしれない。

 なお、各エントラントのハイブリッド・システムの使用状況は、全データがエントラント全員に公開される。このなかで、リジェンやデプロイを行った場所と時間はオープンにされるが、調整可能なリジェンの割合については、それぞれのエントラント自身とそのエントラントが使うエンジンのマニュファクチャラーにのみ知らされる。

 ミド・オハイオのデータから新たな戦い方を考え出し、アドバンテージを得るチームが第12戦トロント、さらには第14戦ポートランドなどの次なるロード/ストリートコースで現れることになるのだろうか。

 次戦のアイオワ大会は、ショートオーバルでのハイブリッド初レースとなる。コース特性としてはブレーキがあまり使われず、アクセルも全開に近い状態が保たれるため、リジェンが行われる機会は少ないだろう(ただし、1レースの周回数は多い)。ドラフティングに入っている状況でマニュアルリジェンを活用する、という戦い方がカギとなるかもしれない。

 オーバルレースでは、これまでと同じくプッシュ・トゥ・パスはレギュレーション上で使用することはできない。ハイブリッド化によるマシンの重量増が及ぼすハンドリングやタイヤの消耗への影響の方が、ハイブリッドシステムによって得られるプラス60馬力よりもインパクトは大きい、という事態になりそうだ。

 そういう意味では、常設ロードコースのミド・オハイオと同じく、マシンセッティングをどこまでコースに合わせ、ショートスティントでもロングスティントでもスピードの発揮できるマシンを作り上げることがポイントになるということだ。

 昨シーズンのショートオーバル戦では、インディ500を制したニューガーデンがライバル勢を明確にリードしていた印象だが、今年はマシンが重くなり、それに応じてタイヤも新しいスペックになっているので、その優位が保たれるかどうかはわからない。

 今季はアイオワがダブルヘッダー、その後にも第13戦ワールド・ワイド・テクノロジー・レースウェイ、第15/16戦ミルウォーキー・マイルのダブルヘッダー、さらには最終戦ナッシュビル・スーパースピードウェイと、シーズン後半戦はオーバル率が俄然高くなる。

 そのため、オフの間に研究、開発を重ねてきたライバルチームもセッティングを向上させているはず。それらの要素が盛り込まれたマシンの性能をもっともも引き出して来るのはどのチーム、そしてドライバーとなるのだろうか。

(Report by Masahiko Amano / Amano e Associati)

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