【夏の甲子園】京都国際が帝京以来となる35年ぶりの快挙 「ダブルサウスポー」が達成した記録とは?

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2024年08月20日 20:10  webスポルティーバ

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【3試合連続完封で4強進出】

 3年ぶり2度目のベスト4進出を果たした京都国際は、中崎琉生(なかざき・るい)、西村一毅(いっき)の "強力ダブルサウスポー"が看板。

 3年生の中崎は切れ味鋭いスライダーが最大の武器で、2年生の西村は威力十分のストレートとチェンジアップを織り交ぜる。投球スタイルの違うふたりの左腕が交互に先発して、ともに2試合ずつをひとりで投げ切った。

 1回戦の札幌日大(南北海道)戦で中崎が3失点完投のあと、2回戦の新潟産大付戦は西村が3安打完封。3回戦の西日本短大付(福岡)戦は中崎が14奪三振の快投で完封し、準々決勝の智辯学園(奈良)戦は西村が6安打に抑えて、自身2試合連続完封。チームとして3試合連続完封をマークして、準決勝進出を果たした。

 夏の甲子園でチームとして3試合連続無失点勝利(完封)は、1989年の第71回大会の帝京(東東京)以来35年ぶりの出来事。1974年の金属バット採用以降では、これまで8校しか達成しておらず、今回の京都国際が9校目の快挙となった。

 金属バット導入50年の今年、低反発の新基準バットが高校野球に大きな変化をもたらしているが、完封チームが激増しているのもその効果の表われのひとつ。35年ぶりに3試合連続無失点勝利チームが登場したことは、投手優位が顕著に見える今年の高校野球のトレンドを象徴している。

【絶対的エースによる達成がほとんど】

 1989年の帝京の例で言うと、準決勝の秋田経法大付戦、決勝の仙台育英(宮城)戦は吉岡雄二(元近鉄など)が完投で記録したが、準々決勝の海星(三重)戦は吉岡と池葉一弘の継投だった。

 その前の達成チームもやはり帝京で、1987年の第69回大会で芝草宇宙(元日本ハムなど)が2回戦の東北(宮城)戦のノーヒット・ノーランから3回戦の横浜商(神奈川)戦、準々決勝の関西(岡山)戦と3試合連続で完封勝利を挙げた。

 3試合連続完封は、このように絶対的エースと呼ばれる投手がひとりで投げ抜いて達成するケースが一般的で、最もイメージしやすい。

 金属バット採用以降では、1974年の銚子商(千葉)・土屋正勝、1975年の習志野(千葉)・小川淳司、1978年の天理(奈良)・中西潔、1980年の早稲田実業(当時は東東京)・荒木大輔、1981年の和歌山工・中田淳、京都商・井口和人、そして1987年の芝草である。1989年の帝京以外は、すべてひとりのエースが記録したものだった。

 ところが、今夏の京都国際は西村、中崎と複数の投手によるものだが、継投ではなく、いずれも完投による達成というところが、特筆すべき点である。

 ちなみに、金属バット採用以前も絶対的エースが快刀乱麻の投球を続けたというケースがほとんどで、1939年の第25回大会の海草中(和歌山)・嶋清一、1948年の第30回大会の小倉(福岡)・福嶋一雄が記録した「5試合連続完封」での優勝などはアンタッチャブルの大会記録として語り継がれている。

 複数投手がかかわって、かつすべて完投というのは、1963年の第45回大会の下関商(山口)の例があるだけ。ただこの時の下関商は、この年春のセンバツ優勝投手の2年生エース・池永正明が1回戦の富山商、2回戦の松商学園(長野)を連続完封。しかし、松商学園戦で走塁中に左肩を痛め、3回戦の首里(沖縄)戦は投げられず、急遽、ライトの坂本勝治が先発マウンドに上り、首里打線を相手に完封勝利を飾ったもの。いわば、緊急事態下で達成したものだった。

 複数投手のローテーションを確立したうえで、3試合連続完封という記録はこれまでに例がなく、京都国際のダブルエースの快投はすでに高校野球史の歴史を塗り替えたと言える。

 21日の準決勝・青森山田戦は、ローテーションでいけば背番号1の中崎が登板となる。今春のセンバツ初戦で敗れたリベンジを果たし、さらに4試合連続完封の偉業が達成されるのか注目だ。

■夏の甲子園連続試合無失点勝利(※は金属バット採用前)
(5試合)
1939 第25回 ※海草中/1回戦・2回戦・準々決勝・準決勝・決勝
1948 第30回 ※小倉/1回戦・2回戦・準々決勝・準決勝・決勝

(4試合)
1960 第42回 ※法政二/2回戦 準々決勝 準決勝 決勝
1974 第56回  銚子商/3回戦 準々決勝 準決勝 決勝

(3試合)
1932 第18回 ※明石中/1回戦・2回戦・準々決勝
1951 第33回 ※熊谷/2回戦・準々決勝・準決勝
1952 第34回 ※八尾/2回戦・準々決勝・準決勝
 〃  〃   ※芦屋/2回戦・準々決勝・準決勝
1953 第35回 ※松山商/2回戦・準々決勝・準決勝
1961 第43回 ※桐蔭/1回戦・2回戦・準々決勝
1963 第45回 ※下関商/1回戦・2回戦・3回戦
1968 第50回 ※興国/1回戦・2回戦・3回戦
1970 第52回 ※高松商/1回戦・2回戦・準々決勝
1971 第53回 ※桐蔭学園/1回戦・2回戦・準々決勝
 〃  〃    ※磐城/2回戦・準々決勝・準決勝
1975 第57回 習志野/3回戦・準々決勝・準決勝
1978 第60回 天理/1回戦・2回戦・3回戦
1980 第62回 早稲田実/3回戦・準々決勝・準決勝
1981 第63回 和歌山工/1回戦・2回戦・3回戦
 〃  〃    京都商/3回戦・準々決勝・準決勝
1987 第69回 帝京/2回戦・3回戦・準々決勝
1989 第71回 帝京/準々決勝・準決勝・決勝
2024 第106回 京都国際/2回戦・3回戦・準々決勝

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