藤井太洋の第二短篇集。十一篇を収録する。初出はさまざまな媒体にわたるが、日本に先駆けて海外(中国語・韓国語・英語)で発表されたものが六篇あるのは、国際的な文芸のネットワークを積極的に開拓しているこの作者ならではだろう。各篇に作者による解題が付され、巻末の勝山海百合「解説 やがて龍になる少年は月夜の海に漕ぎだす」では一篇ずつ短評が加えられているのも嬉しい。
「ヴァンテアン」は、遺伝子組み換え大腸菌によって論理素子とするバイオコンピューターの開発をめぐるユーモアSFで、ロバート・シェクリイの現代版といった趣がある。その大腸菌は野菜と羊羹によって駆動するというあたりが面白い。名づけてサラダコンピューター。科学技術的ディテールが興味深いが、伝統的なハードSFのようにただガジェットやアイデアの斬新性を押しだすのではなく、そのガジェットが社会に(もしくは包括的なシステムのなかに)、いかに実装・運用されるかを描きだす。そこが藤井太洋ならではだ。そのうえで、登場人物たちが物語を織りなしていく。サラダコンピューターを発明したマッドサイエンティストの飄然としたふるまい、特許をめぐる国際的なドタバタ劇、そして結末では唖然とするヴィジョンが示される。
「おうむの夢と操り人形」も、現在の科学技術や社会状況の延長線上に設定された作品である。主題となるのは、接客や介護といった対人におけるAIの活用だ。日常的な応答のなか、相手が心ある存在だと感じる根拠が問われる。
「読書家アリス」は、創作でも編集でもAIが活用されている近未来。もちろん野放図に用いられているのではなく、権利保護が制度的にも技術的にも組みこまれており、AIエージェントをいかに使いこなすかもプロフェッショナルの才覚なのだ。SF雑誌の編集長ボブが活用しているのは、編集支援エージェント〈読書家アリス〉である。〈アリス〉には不思議な特徴があった。投稿作品を査読させると、高確率で人間が執筆した(つまりAIを用いて書かれたものではない)ものを選ぶのだ。〈アリス〉はどのようにして、その区別をおこなっているのか?
「距離の嘘」も近未来が舞台だ。語り手の僕は防疫分析のエンジニアとして、カザフスタンの難民キャンプに招聘される。そこでは、感染症との闘いもさることながら、国境を侵犯してくる隣国の軍勢が大きな脅威だ。キャンプのコミュニティは、いかにして生き延びることができるか? 暗澹たる事態のなか、この作者らしい善性への希望が(ひじょうに皮肉な展開ではあるが)垣間見える一篇。
本書には、宇宙を舞台にした作品もいくつか収録されている。
「まるで渡り鳥のように」は、太陽系外へ入植するため片道の旅に出発する語り手と、故郷である地球を離れられない恋人との物語。古典的な宇宙SFのシチュエーションだが、登場人物それぞれの文化背景がしっかりと描きこまれていることや、異星環境に適応するためのポストヒューマン的なアイデアに、現代のSFの息吹が感じられる。渡り鳥のモチーフを幾重にも変奏しながら、物語をふくらませていく小説構造もみごとだ。
「羽を震わせて言おう、ハロー!」は、太陽系外惑星の探査に赴く星間船の主観で語られる、壮大なスパンの物語。寂寞な宇宙と無常の時間をカンヴァスとして、ひとすじの光のような詩情が尾を引く。
「落下の果てに」も、詩情を感じさせる宇宙SF。宇宙空間で木星有人観測船の建造中に、太陽フレアに見舞われた男の物語である。彼の咄嗟の判断によって、観測船の機関部は損傷を免れるが、男自身は意識を失うほどのダメージを負ってしまう。救命艇によって助けだされ、身体は覚醒したものの、魂は依然として宇宙を落ちつづけている。
「祖母の龍」も、宇宙空間での太陽フレアとの遭遇が描かれる。ひとりの主人公に焦点をあてた「落下の果てに」に対し、こちらの作品は祖母と孫とのもつれた関係が主軸になる。祖母の文子は、軌道ステーションに常駐し、太陽フレア対策をおこなうエキスパートである。かつては巫女だったが、その役目を娘の春乃(ハルノ)に譲り、宇宙へ登った。巫女の資質が、太陽フレアと対峙するうえで力を発揮するのだ。太陽フレアが発生しない普段の時期は人工冬眠をしているため、文子は若さを保っている。いま、文子の孫にあたる文芽(アヤメ)がステーションに到着した。彼女がこの物語の語り手だ。文子と文芽は初対面である。文芽はいっこうに地球に戻らず、家族を一顧だにしなかった祖母に対し、複雑な感情を抱いている。しかし、文子には彼女なりの考えと事情があった。このタイミングで最大級の太陽フレアが発生し、宇宙島から地球へと向かう客船が危機にさらされる。文子と文芽、そしてステーションのオーナーである趙鋼(ジャオガン)は、有効な対策が打てるだろうか?
「海を流れる川の先」は、本書収録のなかでも異色の一篇。江戸時代最初期、薩摩の琉球侵攻によって激動する奄美大島を、現地の少年の目を通して描く。現世的な戦闘と神話的世界観とが混淆するマジックリアリズム。奄美は藤井太洋の故郷である。
「従卒トム」と「晴れあがる銀河」は、トリビュート・アンソロジーに寄稿した作品。前者は、伊藤計劃✕円城塔『屍者の帝国』を題材にした『NOVA+ 屍者たちの帝国』(大森望責任編集/河出文庫)、後者は田中芳樹『銀河英雄伝説』の世界を舞台にした『銀河英雄伝説列伝1 晴れあがる銀河』(創元SF文庫)が初出であり、どちらも初出時に本欄で紹介している。
https://news.livedoor.com/article/detail/10727699/
https://www.webdoku.jp/newshz/maki/2020/11/17/094319.html
オリジナル作品の設定や世界観を活かしながら、まったく新しい登場人物と物語をつくりだし、現代的なテーマ(本書収録の諸作品とも共鳴するような)を惹起しているのが素晴らしい。
(牧眞司)
『まるで渡り鳥のように: 藤井太洋SF短編集 (創元日本SF叢書)』
著者:藤井 太洋
出版社:東京創元社
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