12月7日(土)、ブラジル・サンパウロにてABB FIAフォーミュラE世界選手権の2024/2025年シーズンがいよいよ開幕する。
全17戦で争われるシーズン11は、新型マシンGEN3エボの導入やピットブーストの採用など、新要素が多く勢力図が大きく変わることが予想される。そこで、ニッサン・フォーミュラEチームでチーフ・パワートレイン・エンジニアを務める西川直志氏に、現在のチームでの役割や市販車開発との関係、そしてシーズン11へ向けた見通しと意気込みを聞いた。
■「パワートレインの占める役割はかなり支配的」新世代フォーミュラEの戦いとは
──まずは、改めてになりますが西川エンジニアの今のチームでの役割を教えてください。
「自分はチーフ・パワートレイン・エンジニアなので、パワートレインの開発統括をしています。メインにやってきたのが、今から登場するGEN3エボの開発なので、自分が開発を主導してきたものがついに来週から走り出すというタイミングに『ドキドキワクワク』みたいな感じです(笑)」
──フォーミュラEというレースにおいて、パワートレインがレースの勝敗を占める割合は他のカテゴリーより大きいと思いますが、どの程度になるとお考えでしょうか。
「フォーミュラEではバッテリーが共通部品なので各社同じバッテリーを使っていて、かつ決勝レースではFIAから『このレースでは合計何kWまでエネルギーを扱っていい』と定められているので、そのルールに対してどうやって走るかという戦いになるのですが、まずレースでは絶対に全開走行で走り続けることはできません」
「そのなかで、どうやってエネルギーマネジメントをしているかというと、コーナーに入る前に必ず『リフトオフ』と言ってアクセルを離して惰性で走る区間を作るということを行っています。そうすると、やっぱりパワートレインの効率が良ければ良いほどラップタイムは速く、良いペースを保つことにも繋がります。レースだけを見ると、フォーミュラEはパワートレインの占める役割はかなり支配的だと思っていて、戦いの8〜9割を占めると言っても過言ではないと感じています」
「一方で予選となると、エネルギーマネジメントはまったく関係なく、むしろマシンのセッティングの部分が重要です。予選で失敗して10番手以降のスタートになると、いくら本番のペースが良くてもレースで勝つのは厳しくなってしまうので、そこはバランスをきちんと取らないといけないですね」
──その予選でパワーユニットを全開にしたときの各メーカーの差というのは、どのぐらいあるのでしょうか。
「決勝とは異なりパワートレインそのものが与える影響は小さいと考えています。例えば効率の良い悪いでタイヤのトラクションに影響があったとしてもです」
これまであまり語られてこなかったフォーミュラEにおけるパワーユニットの役割や、予選と決勝の違いなどが明かされ、とくに重要なのはエネルギー効率であると語る西川氏。レース中のエネルギーマネジメント戦略などには、どこまで関与しているのかを尋ねると、実はノータッチなのだという。
──レースウィーク中の西川エンジニアは、エネルギーマネジメントの戦略についてどういった仕事をしているのでしょうか。
「エネルギーマネジメントはレース戦略のひとつであり、トラックエンジニア担当の領域となりますので、開発担当の私がレースウィーク中になにかをするということは基本的にありませんし、エンジニアルームは人数が制約されているので、登録された人間しか入れません」
──では、他のレースカテゴリーで行われているような、現場からファクトリーへデータを送って、セットアップやエネルギーマネジメントの戦略に関与するというような作業は行っているのでしょうか?
「それはできますが、ファクトリー側で行う遠隔対応についても人数が制約されていますので、その領域もトラックエンジニア担当となります。ですので、開発フェーズが終了したら次シーズン向けのパワートレイン開発に軸足を置くのが基本となります。むしろ、レースウィーク中の情報交換が遠隔含めて登録エンジニアしかできないので、ライブで私が得られる情報はフォーミュラEのアプリでドライバーを選んで聞けるチームラジオしかなく皆さんと一緒ですよ(笑)」
──なるほど。そうしましたら、シーズン中のアップデートなどについてはいかがでしょうか?
「フォーミュラEでは、ハードウェアについては2年に1回しかホモロゲーションできないので、レースシーズン中にアップデートを入れることはできません。ですが、ソフトウェアは随時アップデート可能となるので、そちらの方はレース毎の分析やどのような開発を行うのかを検討することが重要になります」
■4輪駆動化への対処がチームの差に? シーズン11への見通し
──新しく開発されたGEN3エボは四輪駆動になったりレース中にエネルギーチャージができたりと、マイナー変更とは言えないほど新しいマシンになったと思うのですが、開発では具体的にどのような部分で苦労されましたか。
「いろいろな部分で苦労はしましたが、四輪駆動化については、これまで回生に使ってきたフロントのユニットは引き続き共通部品ですので、四輪駆動化に合わせて前後ハードウェアを新しく開発できるわけではありません。単純に、四駆の制御としてどういった前後配分が最善なのかというところが開発のメインになりました」
「とくに予選はエネルギーマネジメントが必要になりませんので、どのシーンでどういう前後配分がもっとも速いのかというシンプルな部分ですね。ただし、決勝レース中のアタックモードでの四輪駆動については、いろいろと考えることが必要になります。先ほど話した共通部品であるフロントのeアクスルは、自分たちの作ったリヤのものに比べると効率が圧倒的に悪いです」
「したがって、エネルギー的な観点では、駆動配分をリヤに寄せればエネルギー消費は抑えられますが、ラップタイムで言うと、駆動を前に配分した方が速く走れるので、レース全体のエネルギーマネジメント戦略として各チームの特色が出るのではないかと思っています」
西川エンジニアはさらに、レース中に急速充電を行う『ピットブースト』についても言及する。
「そして、最終的には『ピットブースト』という名前になった急速充電ですが、チャージャー自体がFIA供給の共通部品になるものの、当初予定していたシーズン9からの導入が大幅に遅れたことからお察しのとおり、導入自体に苦労した部分はありました」
「ピットブーストで充電されるエネルギー自体が約4kWhで各車共通になるので、急速充電によってチャージされるエネルギー量に差はありません。また、ピットイン可能なタイミングがエネルギー残量によって定められたウインドウになりますので、結果としてチームの2台がこのウインドウ内にピットを終えるためには各チームが似たようなタイミングでピットインせざるをえません」
「実際にこの間のプレシーズンテストでレースエクササイズを行ったときには、まさしく予想通りで、みんなが同じタイミングになりました。トラックレイアウトによって異なりますが、大体4〜5周ほどがウインドウになります。この同じタイミングというのが結構危なくて、うちのチームもピットアウトのときにぶつかりそうになりましたし、他のチームも隣のガレージのメカニックを轢きそうになっていたりしました」
■「かなり進化しているのは間違いない」GEN3エボでニッサン初の王座獲得なるか
──お話を聞いて、シーズン11のイメージが徐々に湧いてきました。ちなみにですが、ニッサンのEV技術は、GEN3エボのマシンにはどのように活かされているのでしょうか。
「それは言えない部分ですね(笑)。ニッサンがどんなことをしているのかが分かってしまうので。ただ、どういった言い方がいいのかわかりませんが、EVの基礎研究分野など、量産車開発で積み重ねてきた経験が活きているのか、という質問に関しては『イエス』と言えます」
「ただ、量産車の部品をフォーミュラEのマシンにポンと付けましたということではありません。モータースポーツとして性能に特化した開発をしていくなかでも、『やっぱり物作りの本質が変わらないな』ということを実感しています」
──最後に、シーズン10の反省を含めつつ、シーズン11へ向けた抱負をお聞かせください。
「シーズン11はポイントランキングでぶっちぎりのトップを走って、(PU供給している)カスタマーチームのマクラーレンも一緒に表彰台に乗るというかたちを期待しています。ドライバーのふたり(オリバー・ローランドとノルマン・ナト)も、『クルマの感触はすごくいいよ』と言っていますし、我々がかなり進化しているのは間違いありません」
「GEN3ではジャガーやポルシェに対してエネルギー効率で負けているなというのはバッテリー残量を見て思いましたし、イタリア(ミサノ)では失格の繰上げで1位にはなりましたが、やっぱりエネルギー面でビハインドを背負っている分で勝てていませんでした。GEN3エボでは勢力図もリセットされると思うので、少なくともそういうシーンは見たくないなと思っています」
いよいよ始まるフォーミュラEのシーズン11。ピットでのチャージなど新しい要素が入り、マシンも四駆化されて、どのようなレースになるのか。5月に迎える2度目の東京大会がどのようになるのかも含めて、新しいシーズンの開幕が注目される。
Profile:西川直志(にしかわただし)
2004年に日産自動車へ入社。『スカイライン』『フェアレディZ』『リーフ』など、市販車のドライブトレイン開発を担当。2021年からはニッサン・フォーミュラEプロジェクトに参画し、現在はチーフ・パワートレイン・エンジニアを務める。プロジェクト全体を管轄しており、エンジニア業務のみならずマネジメント領域にも携わる。