9月ぐらいからすでに法案が出されたことは報じられてきたが、オーストラリア議会は11月28日、16歳未満のSNS利用を禁止する法案を可決した。近くオーストラリア連邦総督の裁可を受けて、成立する。来年1月から仮運用され、1年の猶予期間を設けて2026年1月には全面施行となる。
【画像を見る】日本では8割以上がSNS禁止にネガティブの反応。しかし投稿を見ると……
具体的には、X、TikTok、Instagramなどが対象とされ、これらの運営企業には子供がアカウントを持つ事を防ぐ措置が求められる。一方健康や教育関係のコンテンツを持つYouTubeは、対象から外れた。もっともYouTubeは、一般的にはSNSとは解されない。その他メッセージングサービスやオンラインゲームも対象外だ。
この法律のポイントは、具体的な規制を受けるのは子供というより、SNS運営企業である。法律に違反した場合は最高4950万豪ドル(約50億円)の罰金が科される一方で、保護者や子供への罰則は設けない。
こうした動きに対して、日本のネットの意見は興味深い事になっている。Yahoo!リアルタイム検索によれば、83%がネガティブな反応と出ているが、具体的な書き込みを読んでみると明確に反対している人はあまりおらず、むしろ日本でもやるべきという意見が目立つ。それだけ現代のSNSは、デメリットが目立ってきたという事だろう。
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一方で、こうした法が成立した背景については、どのメディアもあまり詳しく追ってはいないようだ。唐突に暴走したように見える法規制だが、本当にそうなのだろうか。
●規制はどのように進んだのか
オーストラリアのインターネット関連の規制法の経緯を調べていくと、かなり早くから法整備がされていたことが分かる。KDDI総研が公開している調査レポートでは、早くも99年には、インターネット上のコンテンツを規制するための法律である「1999年放送サービス修正(オンラインサービス)法」(Broadcasting Services Amendment(Online Services)Act 1999)の成立を受けて、「1992年放送法」が改定されている。
オーストラリアの法律は、法律名に成立年を入れるのが慣例のようで、後年の改正で新しい規制が追加されても、法律名としては古い年号が付いたままとなる。
このコンテンツ規制は、95年に整備された「1995年格付法」に基づいている。これはコンテンツを一般、15歳未満、18歳以上など6段階にレーティングするものだ。国際社会ではこの頃、コンピュータゲームのレーティングがスタートしており、暴力や性的表現に対する青少年保護が活発化した時代である。
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ちなみに日本のゲームレーティング機構であるCEROは02年設立だが、規制が遅かったわけではない。各ゲーム機メーカーが独自基準で審査を行ってきたものを、標準化したのが02年頃という話である。
この一例でも分かるように、日本は基本的に事業者や業界団体の自主規制が望ましいと考えている。一方欧豪といった先進諸国では、自国内にめぼしい事業者がおらず自主規制が機能しないという事情もあり、法規制に傾く傾向がある。日本でも、事業者が少ないインターネットサービスに関しては、法規制で対応して行く方向にある。
国立国会図書館の調査資料によれば、オーストラリアでは15年には児童に対するネットいじめ対策として、「2015年児童オンライン安全強化法」が制定している。これにより、「児童ネット安全コミッショナー」制度が導入され、コミッショナーによるネットいじめに対する苦情取扱制度などがスタート、ネットいじめの書き込み削除通告などが規定された。
この法は17年に改正され、その範囲を成人にも拡大した。現在は法律名も「児童」が取れて、「2015年オンライン安全強化法」となっている。またこの改正時に、いわゆるリベンジポルノ対策として、教育及び調査がスタートしている。この結果を受けて18年には、性的画像を被写体となった者の同意なしに共有することを禁止する改正を追加している。
19年に起こった隣国ニュージーランド・クライストチャーチ銃乱射事件により、犯人の画像や「マニフェスト」がインターネット上に拡散した。しかし安全強化法では、ISPに対して有害情報へのアクセスを遮断させる権限を持たない。
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これを重く見て、21年には暴力的行為を促進・煽動するようなインターネット上の書き込みへのアクセス遮断をISPに対して要求できる「2021年オンライン安全法」が新たに制定された。「2015年オンライン安全強化法」はこれに吸収されている。
こうしてみると、オーストラリアは有害情報(主に性的なもの)への対応は00年以前から始めており、早かった。一方日本では、有害情報から青少年を保護することを目的としてフィルタリング等の導入を規定した「インターネット環境整備法」は、08年に成立している。
ただ日本ではそれに先だって、誹謗中傷などへの対応をまとめたプロバイダ責任制限法が01年に制定された。これは子供に限らず、大人も対象である。何に重きを置くかは、重大事件の発生などが引き金になる事も多く、国ごとに事情が異なる。
オーストラリアでは、青少年保護をネットいじめにフォーカスし、15年から急速に法整備が進んだわけだ。これ以降、急速に法規制一辺倒に進んでいるように見えるが、そうでもない。今回のSNS禁止法可決の直前には、危険性の高い誤情報が拡散するのを防止する行動規範をSNS事業者らに義務付ける法改正案が提出されたが、通らなかった。検閲につながりかねないという主張が勝ったとされており、議論もなしに規制一辺倒で進んでいるわけではないことが伺い知れる。
今回のSNS禁止法は、青少年保護の方向性が非常に強い。この背景には、15歳の少女がネットで10代のふりをした50代の小児性愛者により殺害された事件や、10代の少年がオンラインのセックス強迫詐欺の被害に遭い自殺する事件などが起こり、子供を死から守らなければならないという、喫緊のテーマがあったものと思われる。
●法規制の現実
ちょうどオーストラリアの法規制が話題になり始めた9月ごろ、Instagramが新しく「ティーンアカウント」の運用を発表した。
このティーンアカウントは、基本的に全ての保護機能がマックスで適用され、その解除には保護者の許可が必要になる。具体的な方策は、以下のようになっている。
・非公開アカウントがデフォルトに: アカウントはデフォルトが非公開なので、見ず知らずのアカウントに勝手にフォローされることがなくなる。これは16歳未満の全てのアカウントに適用され、これからInstagramに登録する18歳未満にも適用される。
・メッセージ制限: メッセージは自分がフォローしている相手か、すでにフォローされている相手のみに限定される。
・不適切なコンテンツの制限:もっとも厳しいコンテンツレーティングが適用され、発見タブやリールに表示されるコンテンツが制限される。
・交流の制限: タグ付けやメンションができるのは、自分がフォローしている相手だけに限定。いじめ防止機能の「非表示ワード」の最も厳しい設定が自動的にオンになり、コメント欄やDMリクエストから不快な語句が排除される。
・制限時間のリマインダー: 毎日60分が経過すると、アプリから離れることを促す通知が届く。
・スリープモードの適用: 午後10時から午前7時までスリープモードがオンになり、お知らせがミュートになり、DMには自動返信が送信される。
リベンジポルノ対策に関しては有効な対策は含まれていないものの、ネットいじめに対する策は含まれている。オーストラリアではこの発表から60日以内に開始とされているので、11月中旬にはスタートしているはずだ。Metaとしては全面禁止以外のプランを提案したわけだが、オーストラリアはこの施策による効果測定を待たずに、法規制へ進んだ事になる。
こうした背景から、Metaからは「証拠や若者の声をしっかりと考慮せず、法案通過を急いだ」とのコメントが出されたのだろう。
SNS事業者にとっては、上記のような施策をほそぼそやるより、利用禁止にしたほうが手間はない。だが16歳未満がごっそり抜ければ、SNSとしての規模が縮小し、広告モデルが回りにくくなるという事情もある。
もう一つの課題は、16歳未満であるという判定だ。これは逆に16歳以上であるという証明を提出することになり、SNS事業者に一定の個人情報を渡す事になるのではないかという懸念がある。オーストラリアでは、政府が発行する身分証明書を使った年齢確認の仕組みを検討している。日本風に言えば、マイナンバーカードを使って年齢確認をすると言っているようなものだろう。
日本では、年齢確認にキャリア回線契約情報を使っている。キャリア回線契約では必ず誕生年月日による年齢確認が行われている。未成年者の場合は、法律上保護者が契約主体となるからだ。SNS事業者は、アカウント作成時に利用者の電話番号を求めることになっており、その番号でキャリアに年齢を照会、キャリアは「指定された年齢より上か下か」だけの情報を返す。Wi-Fiのみの利用者や、キャリアによる年齢が確認できない利用者は、未成年モードが適用される。まあまあよくできた仕組みなのである。
子供のSNS禁止は、一種のコミュニケーションの制限に該当する。これは弱者、例えば性的マイノリティーやなんらかの障がいを抱えた子供達の保護という面では、大幅に後退することになる。
またそこまでの弱者でなくても、SNSの恩恵を受けているケースもある。例えば筆者の子供達は、中学生になる頃にここ宮崎県に転校することになったわけだが、慣れるまでの孤独を支えたのは、小学生時代の友達がSNSでつながっていたからである。この関係は今でも続いており、大学進学による再会を今から楽しみにしている。
SNSが禁止されれば、こうした支えも得られなくなる。オーストラリアでは、そうしたメリットよりも、子供が死んでしまうことが問題であると判断したわけだろう。それはその国それぞれの深刻な事情があるのだろうし、他国のものが一概に誤りだとか性急だとは決められない。メリット、デメリットのバランスを選ぶのはその国の成人した国民であり、その判断が法律として具現化する。
SNSは確かにブームだった頃に比べて、つながるメリットが見えづらくなってきている。それはSNSが社会に浸透し、当たり前になったからだ。そうなると、デメリットのほうが目立つことになる。こうした中に子供達を招き入れるのは良くないことではないのかと懸念する人が目立ってきたのは、しかたがないことである。
一方で、それだけ子供のことを心配する善人もそこそこ多いということでもある。この点においては、SNSもまだ捨てたものではないと思いたい。
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