2次元の漫画・アニメ・ゲームを原作とする3次元の舞台「2.5次元ミュージカル」を筆頭に、日本の舞台ビジネスが沸いている。
2023年6月にはサイバーエージェントが、2.5次元ミュージカルなどを手掛ける舞台製作会社ネルケプランニングを買収。2024年10月には、米ニューヨークの「New York City Center」で『進撃の巨人』-the Musical-(英タイトル:ATTACK on TITAN:The Musical)を上演した。日本発のライブエンターテインメントが、世界でも認められている状況だ。
ぴあ総研が公表した2.5次元ミュージカル市場動向の推計によると、2023年の市場規模は、対2022年増減率7.9%増の283億円だった。コロナ禍によって2020年は77億円まで落ち込んだものの、2021年から3年連続で過去最高記録を更新している。タイトル数も2019年の作品数を超え、市場規模の増加に寄与した「刀剣乱舞ONLINE」シリーズをはじめ過去最高の236本を上演したという。
そんな中、ホリエモンこと堀江貴文氏主演&プロデュースのミュージカル『ブルーサンタクロース』が、12月18日まで東京キネマ倶楽部(東京都台東区)で上演している。本作は2018年から2023年にかけて毎年、同時期に公演していたミュージカル『クリスマスキャロル』を一新した新作だ。インターネットテレビ「ABEMA」は、ABEMA PPV(アベマ ペイパービュー)で、同公演を12月18日午後7時に独占配信する。
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脚本はNetflix『極悪女王』が話題の元・放送作家の鈴木おさむ氏が書き下ろした。『ブルーサンタクロース』公演の狙いを、演出を担当したウチクリ内倉氏に聞いた。同氏は俳優として舞台「『刀剣乱舞』山姥切国広 単独行 -日本刀史-」などにも出演している。
●ディナーと共に楽しむ観劇スタイル 真意は?
『ブルーサンタクロース』は、観客がただ単に劇を見るのではなく、ディナーを楽しみながら観劇するスタイルが特徴だ。チケットは、一番安い軽食付きの椅子席を1万2000円で提供し、ディナー付きテーブル席は5万円、VIP席になると15万円に設定している。VIP席の観覧者には幕間で堀江氏をはじめとする出演者があいさつに回り、歓談もできるようにした。席数もVIPの割合が多い。
上演中、ソフトドリンクやアルコール類は飲み放題で、静かに観劇する従来のミュージカルの在り方に一石を投じている。この観劇スタイルは、2023年まで上演していた『クリスマスキャロル』と変わっていない。主に富裕層をターゲットにしているものの、これまでチケットが完売した公演もあり、反響は上々だ。プロデュースを務めた堀江氏は「クリスマスのこのミュージカルを楽しみにしてくれる人も増えてきた」と話す。
「長く続けているうちに、飲食しながら観劇するスタイルにも抵抗がなくなってきて、昔の基準から言えば多少チケットが高くても売れています。2023年は8000円だった椅子席も、軽食を付ける形にして1万2000円に値上げしました。しかし、すぐに売り切れました。いままでためてきたノウハウを運営にかなり生かせています」(堀江氏)
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過去6回にわたって公演した『クリスマスキャロル』を、今年は『ブルーサンタクロース』に変えた。この作品の脚本は元・放送作家の鈴木おさむ氏が書き下ろしている。鈴木氏は2024年3月末で放送作家業と脚本業からの引退を表明しており『ブルーサンタクロース』が最後の舞台脚本となるという。
完全新作の劇となっていて、これまでの『クリスマスキャロル』ではできなかった工夫をした。『ブルーサンタクロース』の演出を手掛けたウチクリ内倉氏は「新たな観劇の在り方に合わせた演出を心掛けた」と話す。
「お客さんには演劇の開始から食事を楽しんでもらえる内容のため、前半部分はあまりドラマティックな展開にしていません。テレビ番組仕立ての掛け合いなどもあり、飲食をしながら気軽に楽しんでいただける演出を心描けました。皆さんの食事が終わる中盤から終盤近くになると、ドラマが一気に動き出し、観客が物語に引き込まれるような構成にしています」(ウチクリ氏)
●全体の半分弱を占めるクリスマスJ-POP
全体で2時間弱の公演時間のうち、半分弱がミュージカルパートで占められている。その楽曲には山下達郎「クリスマス・イブ」や松任谷由実「恋人がサンタクロース」、稲垣潤一「クリスマスキャロルの頃には」、レミオロメン「粉雪」など、J-POPを代表するクリスマスソングを配した。
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「全体のうち約55分をJ-POPを歌うパートにしています。普段ミュージカルや演劇を見にこない人でも楽しめるように、誰もが知っているJ-POPを積極的に取り入れました。通常、ミュージカルはせりふをそのまま歌わせるのですが、今回は既存の歌詞を歌わせるため、歌詞と劇の流れを合わせる部分が悩みどころでした。この演出はもともと鈴木おさむさんの脚本にはないものなので、この部分を考えることが特に大変でしたね」(ウチクリ氏)
主演のブルーサンタクロース役を務めた堀江氏も、「普段演劇を見にこない人たちを見にこさせるにはどうしたらいいか。役者としてだけでなく、せりふなど演出面もウチクリさんと一緒になって考えた」と振り返る。
新しい客層を意識した要因の一つが、2.5次元ブームによる観劇人口の増加だ。
「この10年間で、演劇をめぐる環境は変わってきていると思います。10年前は、それこそ『演劇って食えないんでしょ』というネガティブな見方をされることも珍しくありませんでした。ところが、近年では2.5次元ブームによって演劇全体の需要が増え、認知度が上がってきているように感じます」(ウチクリ氏)
ウチクリ氏自体、俳優業と演出業を兼務しており、俳優業としてはゲーム『刀剣乱舞』やジャンプ漫画『マッシュル-MASHLE-』などの2.5次元の舞台にも多く立っている。20年以上のキャリアの中でも、特に最近の舞台ビジネスの盛り上がりには目を見張るものがあるという。
●俳優がベストを発揮するための環境作りとは?
演劇の業界では、プレイヤーである俳優が、舞台演出をする側に回ることはそう珍しくない。俳優出身の演出家として、チームビルディングをする上で何を心掛けているのか。
「私は俳優でもあるので、演出を手掛ける上では、役者がベストなパフォーマンスを発揮するための環境作りを一番心掛けています。どうすれば役者全員を前に出すことができるのか。各キャラクターの見せどころや、やりがいをどうしたら作れるのか。そういうところを大事にして演出をしています」(ウチクリ氏)
俳優は脚本を読み、その人物を想像し、自分なりの意味づけをしなければならない。いわゆる役作りといわれるものだ。ウチクリ氏は演出家として、俳優たち一人ひとりの特性を見抜き、時には彼らに対して、役の意味を伝えたり、演技の方向性を示したりして、全体を構築していくのだ。
同時にビジネス面への配慮も必要となる。今回も『クリスマスキャロル』と同様に、「キャスト応援チップセット」を販売。10枚5000円から販売し、チップ4枚で一部のキャストとチェキ撮影ができるシステムを導入している。
「『クリスマスキャロル』では、ステージと観客席の間にはある種の壁がありました。『ブルーサンタクロース』では、その壁を取っ払って、役者が観客に話しかけてもいいし、観客も積極的に巻き込んで、劇場が一体となる演出を考えています。その一つが『チップ』です。観客はチップを事前に買うことで、客席に来た演者さんに渡すこともできるし、物販に使えるようにしています」(ウチクリ氏)
冒頭の堀江氏の独白シーンは圧巻だ。堀江氏自身の人生を投影したせりふが約12分間続く。堀江氏が鈴木おさむ氏に「俺が嫌なこと書けるの、あんただけでしょ」と依頼した真意が浮かぶ場面だ。ウチクリ氏も「『クリスマスキャロル』と比べて堀江さんの出番が5倍くらい増えている」と言い、堀江氏自身の負担が増す形になっていた。だが、堀江氏は一切の妥協なく役作りに挑んでいる。同時にプロデューサーとして『クリスマスキャロル』で得たノウハウを『ブルーサンタクロース』に応用した。
こうしたノウハウを、衣装やメークといった裏方のスタッフを集めて実際に形にしたのが、緑山(グリーンサンタ)役を務めたアシスタントプロデューサーの澤田拓郎氏だ。澤田氏に2.5次元のヒットの理由を聞くと「コロナ禍によってアニメを好きな層が、アニメを見尽くしたこともあると思う」と話す。
「今期のアニメ全部見ちゃったけど、あの好きだったアニメの『舞台をやっているらしいよ』と、演劇にも目を移すことになったのではないでしょうか。コロナ禍によって演劇自体を休まざるを得なかった期間にクリエイターが企画していたものが、その後どんどん出てきた。『進撃の巨人』が米ニューヨークで公演されたり、『刀剣乱舞』が人気だったり。クリエイターたちがコロナ禍に作ってきたものが花開いたのだと思います。お客さんたちも外に出られなかった分、演劇というものを知らなかったけど見てみようかなという機運にもなってきた」(澤田氏)
澤田氏も「演劇というスタイルそのものに変革を、という堀江さんの運動自体が素敵だと感じている」と話す。2時間も同じ席に座り、水も飲めない。そういった“呪縛”にとらわれた従来の観劇の在り方が、少しずつ変わっていくかもしれない。折しも2.5次元のブームの影響で、一般層の演劇の楽しみ方も変わろうとしているのだ。『ブルーサンタクロース』で新たな観劇スタイルが広まるかどうか、注目したい。
(河嶌太郎、アイティメディア今野大一)
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