蓮佛美沙子instagramより 蓮佛美沙子の魅力を「20年に1人の逸材」と評したのは、大林宣彦監督である。大林監督は、蓮佛にとって映画初主演作となった『転校生 -さよなら あなた-』(2007年)を監督した。
同作以来、ちょうど20年近く経った今でも蓮佛の存在感は、みずみずしい。毎週月曜日〜木曜日よる10時45分から放送されている『バニラな毎日』(NHK総合)では、その魅力が実に顕著に浮かんでいる。
男性俳優の演技を独自視点で分析するコラムニスト・加賀谷健が、“永遠の新人”みたいにみずみずしい蓮佛美沙子の魅力を解説する。
◆生活に自然と溶け込む夜ドラ
NHK連続テレビ小説の通称は朝ドラだが、同じ15分枠で毎週月曜日から木曜日夜に放送されるNHKドラマ枠を夜ドラと呼ぶ。朝は朝ドラでしゃきっと、夜は就寝前に夜ドラでさくっと。生活に自然と溶け込む15分間である。
現在放送中の夜ドラは、蓮佛美沙子主演の『バニラな毎日』。ほどよく弛緩した作風で、夜のさくっと感に適している。毎話のテーマとなる洋菓子が、甘い夢と快眠を用意してくれそうな気にもなる。
でもパティシエである主人公・白井葵は、快眠というわけにはいかない。繁盛していたはずの店が閉店することになり、借金を抱えた。葵は、ひたすらバイトに明け暮れている。ただ、店舗は残してある。ある日、バイト先に料理研究家である佐渡谷真奈美(永作博美)がやってくる。葵は真奈美の料理教室として閉店した店舗を渋々貸すことにする。
◆こんな魅力的な新人俳優がどこにいたのか……
料理教室の初回にやってきたのは、外資系コンサルタントの順子(土居志央梨)。葵は完全に真奈美のペースにのまれながらもサポート役に回る。内心納得しているわけではない葵は、かなり淡々と無愛想である。相手が有名ミュージシャン・秋山静(木戸大聖)でも同じ。
眼差しだけはどこまでも澄んでいる。洋菓子作りの作業中、葵は基本的に相手の様子を見つめている。まん丸の目を見開いて、ひたすら見つめる。クリアな凝視を執拗に繰り返す。
この素晴らしい凝視を見たとき、筆者は最初、葵役を演じる俳優が誰だかわからないで見ていた。こんな魅力的な新人俳優がどこにいたのか、と呑気に。いや、新人にしてはあまりに演技の体幹が良過ぎる。何か、見たことがある気がじわじわ、じわじわ……。
◆“永遠の新人”みたいにみずみずしい魅力
見たことがあるどころじゃなかった。実際に目の前にしたことがあるのだった。かなり前だが、ある作品で朗読を担当した蓮佛の映像インタビューで、筆者がインタビュアーを任されたことがある。
聡明な受け答えの人だった。そしてインタビュアーに注ぐ透明な眼差し。その記憶を手繰り寄せてみて、やっと気づく。あぁ、葵役で一際クリアなあの眼差しと同じ俳優なんだと。
これはちょっとしたデジャヴュというやつなのか。不思議な感覚である。でもそれくらい、『バニラな毎日』の蓮佛美沙子は、極めて新鮮な印象を与える。“永遠の新人”みたいにみずみずしい魅力の持ち主である。
◆「魔法使い」のようだった大林宣彦監督
その稀有な魅力を裏書きする評言がある。蓮佛にとっては映画初主演作となった『転校生 -さよなら あなた-』(2007年、以下、『転校生』)の大林宣彦監督の言葉「20年に1人の逸材」である。出典元がはっきりしていない言葉であるにもかかわらず、蓮佛の才能を説明するときに引用されることが多い。
2020年に監督が82歳で亡くなったことを受けた蓮佛は、監督の存在についてこうコメントした。「監督は私が知る限りいちばん魔法使いに近い人」。このコメントは、ほんとうにそうだなと思った。上述した蓮佛インタビューよりさらに前、大林監督にも直接会ったことがある。
高校生だった筆者がある映画祭事務局に押し掛け、大林監督に面会する機会を得た。監督は歓迎してくれ、大きな手でみかんをむいてくれた。帰り際には、こちらの緊張を解くために優しく肩を抱いてくれた。
あの手と抱擁から感じた温もりは、まさに「魔法使い」にだけなせるものだった。そんな映画的記憶を手繰り寄せてくれる蓮佛美沙子という俳優もまた『転校生』から20年近く経ってもみずみずしくいられる魔法使いの弟子なのだろう。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト / アジア映画配給・宣伝プロデューサー / クラシック音楽監修「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu