【今週はこれを読め! エンタメ編】それぞれの身体感覚と焦燥感〜青山七恵『記念日』

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2025年05月12日 18:20  BOOK STAND

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 生き方も年代も違う三人の女性が、ひょんなことから知り合い距離を縮めていく物語である。...というと、女性たちがそれぞれの経験や得意分野を活かして助け合ったり連帯していき、勇気や元気をもらえたり、ほっこりした気持ちになる展開を期待される方も多いと思う。そういう要素がないわけではないが、予想されるイメージとはたぶんだいぶ違うということをまずはお伝えしておきたい。簡単に型にはまらないのだ。出てくる人々も、この小説も。

 ソメヤは非正規の図書館職員である。42歳になる今まで司書として真面目に働いてきた。勤め先の任用期間がまもなく終了するというタイミングで、マンションの契約更新ができないと告げられた。とにかく、一時的に安く住める住居をと考えて選んだのはシェアルームである。家主のミナイは大学を卒業したばかりの女性だ。面接に来たソメヤを見て「もう少し年上の方かと思った」となぜか不満そうだ。無愛想で神経質な若い家主とのルームシェアには緊張を強いられ、職場ではかつて不倫関係にあった副館長の存在に苛立ち、体にはさまざまな不調が出てきており......、限界を感じ始めたある日、ミナイからおかしな提案をされる。

 ミナイは以前から若い自分の体がしっくり来ないと感じていて、早く老人の体になりたいのだという。それを体験するための商品を開発して販売する会社を立ち上げたいと考えており、試作品の膝が痛くなるサポーターを、ソメヤに使ってみてほしいのだという。

 なんだそれ。意味わかんないし、体調が良くない状況でそんなものをつけるのは危険すぎる。丁重に断るのが普通の考えだと思うが、ソメヤはミナイとの関係をこれ以上悪化させたくないという思いから、ためらいつつも引き受けてしまう。変なサポーターのせいで転んでしまったところを助けてくれたのは、息子の代わりに『ハリー・ポッター』シリーズを借りにきていた図書館利用者の乙部さんだ。76歳の乙部さん(の体)にミナイは強い関心を持ち、親しくなろうとする。一方、乙部さんもソメヤに勝手な願望を抱いている。長く働いていないらしい息子と食事に行ってほしいと頼まれ、断りきれずに引き受けてしまうのだが......。

 ミナイも乙部さんも、なぜたいして親しくもないソメヤに身勝手な要求を押し付けてくるのか? 軽い嫌悪感を覚えつつ、結局は受け入れてしまうソメヤの弱気ぶりにもイライラしてしまう。語り手は、ソメヤからミナイへ、そして乙部さんへと移っていく。それぞれの自分の体に対する違和感、世間から向けられる視線との乖離、抱えている事情、厄介な個性と本音がじわじわと描かれていく。はっきりしなくて苦手だと思ったソメヤにも、関わりたくないタイプと思ったミナイにも、薄気味悪いとすら思った乙部さん(とその息子)にも、意外な一面や事情がある。それぞれの身体感覚や焦燥感を描く著者の表現には、独特の細やかさとすごみがあり惹きつけられる。特に、乙部さんが語り手となる最終章は、すばらしいとしか言いようがない。

 自分の体も人生も、自分自身のものだ。なのに好きなようにすることはできないし、思ったようにコントロールすることもできない。そのことに苦しんでいるのは自分だけではないことを、私たちは他人と関わることによって知る。だからこそ、自分とは違う誰かを愛しく思ったり、幸福を祈ったりするのだろう。当たり前だけど忘れがちなそういうことに、気づかせてくれる小説だ。

(高頭佐和子)


『記念日』
著者:青山 七恵
出版社:集英社
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