
確かに肥満になると心臓に負担がかかり、代謝バランスも乱れて動脈硬化などが引き起こされやすくなります。結果として心筋梗塞や脳梗塞が引き起こされれば、命にかかわる危険があります。
しかし、最近アメリカのオハイオ州立大学の研究チームが発表した研究論文(Brain, Behavior & Immunity, 121: 56-69, 2024)では、別の衝撃的な結果が報告されました。
ネズミに高脂肪を含んだ餌を短期間摂取させただけで、脳内の免疫系が過剰に活性化され、シナプスが刈り込まれてしまうという事実が明らかになったのです。分かりやすく解説します。
高カロリーのハンバーガーを3日間食べたらどうなるか? マウスによる実験内容
まず、この研究には、人間のアルツハイマー病で認められる遺伝子異常を組み込むことで、加齢に伴ってアルツハイマー病を発症するよう改変されたマウス(3xTg-ADマウス)が用いられました。
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通常飼料:カロリーが1g当たり3.0kcal、29%のカロリーがタンパク質、54%が炭水化物(甘味料無添加)、17%が脂質(0.9%が飽和脂肪酸、1.2%が一価不飽和脂肪酸、2.7%が多価不飽和脂肪酸)
高脂肪飼料:カロリーが1g当たり5.1kcal、18.4%のカロリーがタンパク質、21.3%が炭水化物(90g/kgスクロース、160g/kgマルトデキストリン)、60.3%が脂質(37%が飽和脂肪酸、47%が一価不飽和脂肪酸、16%が多価不飽和脂肪酸)
3xTg-ADマウスは、この通常飼料か高脂肪飼料のどちらかを、各種試験を行う3日前から自由に摂取しました。なお、高脂肪飼料の組成は、さまざまなファストフード店で提供されているチーズまたはベーコン入りダブルパティバーガーと、ほぼ同等になるよう決められたそうです。
つまり、「高カロリーのハンバーガーを3日間食べたらどうなるか」というイメージの実験だと考えればいいでしょう。
脳内のシナプスが減少? 短期間の高脂肪食が脳が与える意外な影響
実験で調べられた行動解析の結果、高脂肪摂取群の3xTg-ADマウスは、記憶力(正確には長期文脈記憶および手がかり恐怖記憶)の低下が示されました。また、さまざまな脳内炎症マーカーが明らかに増加し、神経細胞間で情報のやりとりを行う「シナプス」の数が部分的に減少していることが分かりました。さらに実験では、脳の一部を取り出し、脳内で老廃物を食べて片付ける役割を担う「ミクログリア」と呼ばれる細胞をそれに与えています。すると、高脂肪摂取群の3xTg-ADマウスの脳においては、ミクログリアがまるで「食べる」ようにシナプスを刈り取ってしまうことも、明らかになったのです。
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つまり、高脂肪食は短期間とるだけでも、免疫系を乱し、脳のシナプスは要らないものと認識されて排除されることがありえる、ということです。
体重が増えてからでは遅い! 脳に異常が起こる
この実験にはもうひとつ重要な観察があります。高脂肪食をとったからといって、すぐに体重が増えるわけではないという点です。高カロリーの食事を長く続けたとしても、私たちは、「最近体重が増えたな」と自覚して初めて、体の変化に気付きます。しかしこの実験の結果からは、体重増加があらわれる前から、脳にはすでに異常が起こり始めていると分かります。
また、この実験で用いられた3xTg-ADマウスは、加齢に伴って徐々にアルツハイマー病を発症するように作られたマウスですが、短期間の高脂肪食だけではアルツハイマー病を特徴づける病変の悪化などは確認できませんでした。
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ただし、これはあくまでマウスを用いた実験結果です。私たち人間にあてはまるかどうかは分かりません。また、この実験では、3xTg-ADマウスと並んで、通常のマウスを用いて比較したデータが示されていますが、健康な通常のマウスでは、わずか3日の高脂肪食だけで記憶力が低下したり、脳のシナプスが過剰に刈り取られてしまうことはなかったようです。
したがって、この実験結果を受けて過剰に怖がり、極端に脂肪をとるのを控えたりする必要はないでしょう。いわゆる「こってり系」の食事や、ジャンクフードのような食事が多いと自覚されている方が、食生活の習慣を見直すきっかけになればと思います。
阿部 和穂プロフィール
薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。(文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))