【今週はこれを読め! SF編】分岐世界、戦闘ロボット、タイムトラベル......わかりやすいアイデアSFのアンソロジー〜倪雪婷編『宇宙墓碑 現代中国SFアンソロジー』

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2025年05月13日 11:40  BOOK STAND

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『宇宙墓碑 現代中国SFアンソロジー (ハヤカワ文庫SF SFニ 4-1)』倪 雪婷 早川書房
 編者の倪雪婷(ニー・シュエティン)は広州生まれ、十一歳で家族とともに英国に移住し、ロンドン大学を卒業。2008年に中国へ戻り、中国文化を世界に紹介する活動をおこなっている。本書は2021年に英語版が出版された(作品の英訳も倪雪婷がひとりでおこなっている)。中国語版というのは存在していないようだ。ただし、この邦訳版は、編者から提供された中国語テキストに基づいている。全十二篇。
 中国SFのアンソロジーはすでに何冊も紹介されているが、個人的には本書がもっとも取っつきやすい。作品レベルの問題ではなく、SFとしてのアイデアがわかりやすい作品が多いのだ。筆者のような1950年代アメリカSFや60年代日本SFを原点としてこのジャンルに入ってきた読者には居心地がよい。
 もちろん、それはあくまで作品のスタイルについてであり、主題的なところや物語のディテールは現代的である。編者は「イントロダクション」で、このアンソロジーの意図を〔前回中国SFが大規模な復興を果たした1980年代以降の、中国におけるある種の科幻を考察してみたというもの〕と明かしている。科幻というのはもはや日本でも馴染みになったが、中国におけるSFの呼称だ。女性作家の作品を積極的に採用したとも述べている。ちなみに倪雪婷本人も女性である。
 とは言え、正直なところ、どれが女性作品かといちいち意識することはない。たとえば、王侃瑜(レジーナ・カンユー・ワン)「月見潮」は、双子惑星のそれぞれで潮汐力を研究している青年学者ふたり(男女)の物語で、暦藻(こよみぐさ)という不思議な植物がギミックとして用いられる。ロマンチックな作品で作者は女性だが、とくに女性だからこそとは感じなかった。SF設定を活かしたロマンスは、アメリカのロバート・F・ヤングだって日本の梶尾真治だって得意とするところだ(言うまでもなく、ふたりとも男性)。
 巻頭を飾る「最後のアーカイブ」の作者、顧適(グー・シー)も女性。こちらは、巨大情報の保存技術により、人生を任意のセーブ時点に戻ってやり直すことが可能になった世界。分岐世界が無制限に生まれるわけであり、そのなかで主人公は「これは孤独な世界ではないか」と疑問を抱く。テッド・チャンを思わせる哲学的味わいの一篇。
「九死一生」を書いた念語(ニエン・ユー)も女性だ。どちらの陣営も戦闘にロボットを用いるのがあたりまえになった未来。そんな戦場のなか、主人公のジョーイはあえて生身の人間として敵方に潜入する。これは人間ならではの賢さを活かした奇策で、狙っているのは膨大なエネルギー量を有する化合物の奪取だ。しかし、なぜ俺たちはそれほどのエネルギーが必要なのか? 物語が進むにつれ、いろいろと辻褄の合わないことに突きあたる。ニューロティックな展開はフィリップ・K・ディックばりだ。
 女性作家の作品をもうひとつ紹介しておこう。趙海虹(ジャオ・ハイホン)「一九三七年に集まって」は、南京大虐殺を題材にしている。タイムトラベルが可能となったため、この時点へと調査員を送り、日本軍がおこなったことの検証が企てられる。いっぽう、それを阻止しようという狂信的な者もいて......という、時間改編をめぐるサスペンスである。それをストレートに語るのではなく、このストーリーを小説として構想中の作家が外側におり、メタフィクション仕立てになっているのがミソだ。技巧のための技巧ではなく、テーマを立体化する手だてである。
 男性作家の作品では、まず、ゾンビ禍の世界を舞台にした、阿缺(アーチュエ)「彼岸花」が印象に残った。ゾンビが勢力を増していくなか、人間は絶望的な戦いをおこなっている。この状況を、まだかろうじて人間らしい意識が残っているゾンビ(主人公)の視点から描いているのが面白い。主人公のアイデンティティ、人間(ゾンビも含む)関係をめぐる緊張、ゾンビ対人類の趨勢をめぐり、二転三転する終盤が読みどころ。
 馬伯庸(マー・ボーヨン)「大衝運」は、火星から地球への里帰りシーズン----いわば惑星間版の春節休暇----の大混乱を描く。トボケたドタバタSFで、筆者のようなロバート・シェクリイやハリイ・ハリスンの風刺ユーモアが好きな読者にはたまらない。
 宝樹(バオシュー)「恩赦実験」は、終身刑に服している主人公にある実験と引き換えの恩赦が持ちかけられる。その実験とは、不老長寿をもたらす新薬の検証だ。実験には想像を絶する苦痛がともなう。さらに主人公が思いもしなかった陥穽が......。初期の筒井康隆作品にありそうな、切れ味のよいブラックユーモア・ショートショートだ。
(牧眞司)



『宇宙墓碑 現代中国SFアンソロジー (ハヤカワ文庫SF SFニ 4-1)』
著者:倪 雪婷
出版社:早川書房
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