『ルポ 日本異界地図 行ってはいけない!? タブー地帯32選』風来堂 "異界"とは、今いる場所とは異なる世界を指す言葉。多くの人が「あの世」など、想像上の世界を思い浮かべるだろうが、実はこの世に存在する日常から切り離された特殊な場所も"異界"と表現できる。
今回紹介する『ルポ 日本異界地図 行ってはいけない!? タブー地帯32選』(清談社Publico)は、そんな"異界"の歴史にスポットを当てた1冊だ。同書では、"異界"を3種類に分けて紹介している。
「色街や芝居街などの『悪所』=異界1。ヤクザや芸能の民などの『裏共同体』=異界2。ここではそれに、宅地と山の境や、夜と昼の境(逢魔が時)など、人の界隈に隣接する『人でない者の界隈』=異界3を加えます」(同書より)
では、具体的にどのような場所が同書にて"異界"と紹介されており、そこにどのような歴史があるのだろうか。ここでは、その一部を紹介しよう。
まずは、沖縄本島南部にある糸数アブチラガマ。「ガマ」とは沖縄の方言で自然にできた洞窟を指し、「アブ」は深い縦穴の洞穴を、「チラ」は崖を意味するという。その名の通り、アブチラガマは深い洞窟で、地下には全長270mの細長い空間が広がっている。
この地にはかつて、地下に日本軍の陣地が築かれ、陸軍病院が入っていた。病院で傷病者の看護にあたったのは、有名な「ひめゆり学徒隊」だ。1945年5月下旬、陸軍病院の撤退と共に、ひめゆり学徒隊がガマから撤退。残された約150人の重傷患者には、自決用の青酸カリが配られた。
ガマの中にいた人々は、食料庫を見張るために残っていた4人の日本兵から、米軍への降伏を禁じられていたという。6月6日、米軍はガマの中に投降を呼びかけたが、当然この呼びかけに中の人々が応じることはなかった。結果的に、米軍の攻撃によって、ガマの中では多数の死傷者が出た。
現在、アブチラガマは戦跡として保存され、ガイドと共に見学できる。生と死の狭間に立ち戦争の悲惨さを伝える、貴重な"異界"の1つだ。
同書では、色街も日常の向こう側にある"異界"として紹介されている。例えば、横浜市中区にある黄金町は、かつて売春や違法薬物が横行する危険な"異界"だった。立ち並ぶ違法風俗店は「ちょんの間」と呼ばれ、夜になると女性たちが立って男性を誘う光景が見られたという。ところが2000年以降、地域住民による環境改善活動が活発化した。
「2005(平成17)年には警察による集中的な売春摘発を行う『バイバイ作戦』が始まった。
これにより、約250店もあったとされるちょんの間は閉店を余儀なくされ、黄金町の性風俗業は壊滅した」(同書より)
性風俗店を一掃したあと、黄金町はアートによる街おこしを目指したとのこと。その取り組みは現在も続いており、かつて危険な"異界"だった黄金町の姿は次第に消えつつある。わずかに残っている、かつてちょんの間だった空き家が、"異界"の名残をとどめる程度だ。
最後に、東京都台東区の山谷地域について紹介しておこう。山谷地域とは、台東区の清川、東浅草、日本堤、橋場、荒川区では南千住を含む一帯を指す。戦後の高度経済成長に伴い、日雇い労働者が集まったこの地には、「ドヤ」という簡易宿泊所が立ち並んだ。
「山谷の人口がピークとなったのは1963(昭和38)年。222軒の簡易宿泊所に約1万5000人が宿泊していた」(同書より)
彼らの労働力なくして、昭和39年の東京オリンピック開催に向けて進められた都市基盤の建設・整備はありえなかったそうなのだが、その扱いはひどいものだった。
「建設業で見てみれば、大手ゼネコンがトップにあり、下請けが連なり、日雇い労働者は最底辺。仕事を差配する手配師がピンハネするお金は暴力団に流れていく。安定して仕事があるわけではなく、現場で怪我などしても、まともな補償はない」(同書より)
手配師とその背後にいる暴力団の労働力搾取、そして日雇い労働者を不当に扱う警察への不満から、山谷では度々日雇い労働者による暴動が起きていた。山谷の交番は何度も襲撃され、1万人の機動隊が出動する騒ぎも起こったこともあるほど。
また、山谷では「山谷争議団」という労働組合が結成され、手配師を束ねる暴力団の「日本国粋会金町一家」と衝突している。争議団の中心メンバーである佐藤満夫は、暴力団との抗争をドキュメンタリー映画にしようとしたところ、金町一家の組員によって刺殺された。佐藤の遺志を継いで映画を完成させた山岡強一も、組員に射殺されている。
そんな山谷地域だが、2002年に「ホームレス自立支援法」が施行され、簡易宿泊所住まいでも生活保護が受けられるようになり、暴動は減っていった。現在は、数々の自立支援施設やボランティア団体が生活保護受給者を支える、優しい街となっている。
触れがたい、複雑な歴史を持つ"異界"。日常から切り離されたタブー地帯には、日の当たらない場所だからこその暗い魅力がある。なかなか知り得ない"異界"の真実に迫り、好奇心を満たしてみてはいかがだろうか。
『ルポ 日本異界地図 行ってはいけない!? タブー地帯32選』
著者:風来堂,宮台真司,生駒明,橋本明,深笛義也
出版社:清談社Publico
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