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「昼休みにコンビニにコーヒーを買いに行ったはずが、気付けばTシャツも手に取っていた」――ファミリーマート(以下、ファミマ)のコンビニエンスウエアが全国展開された2021年春以降、SNSにはそんな体験談が散見された。
【写真4枚】普通にオシャレ。ファミマで買える服のラインアップ
“急場しのぎ”の域を出なかったコンビニ衣料。ファミマはそれを“普段着”へ押し上げ、「コンビニで服を買う」という新習慣を創出しつつある。
なぜ、ファミマは服を売るのか。そして、そこにはどんな狙いがあるのか。本稿では、ファミマにおける衣料販売の戦略について、マーケティングの視点から考察したい。
●ファミマの衣料展開に見る“PEST分析的視点”──社会と技術進化の追い風
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コロナ禍以降、消費者は徒歩圏の選択肢を厳しく吟味するようになった。セブン-イレブンが食品の品質、ローソンがデザートや健康商品で差別化する一方、ファミマは衣料という“空白カテゴリー”に着目した。
立地の優位性などを生かせば、在宅勤務用の服を買い足す会社員や週末のジム帰りに速乾インナーを補充するフィットネス層、保育園送迎後に服を買い足す子育て世帯など、それぞれの目的に応じた需要を掘り起こせる。ファミマはそこに勝機を見いだしたのである。
ファミマの衣料展開は、コンビニに来る生活者の“ついで買い”を狙った棚の拡充ではない。変化した生活シーンに合わせて、新たな価値を提供しようという明確な戦略がある。
こうした取り組みは、ビジネス戦略の考え方で言えば、「既存の顧客層に対して新しい商品を投入する」新製品開発型の成長アプローチだ。フレームワークで表すなら、「アンゾフのマトリックス」における「既存市場×新製品」に該当する。
また、こうした展開が可能になった背景には、コロナ禍を経てライフスタイルや買い物行動が大きく変化した社会的要因(ソサイエティー)や、AIによる自動発注支援などの技術進化(テクノロジー)といった外部環境の変化がある。これは「PEST分析」で言うSとTの要素となるが、それが衣料事業を後押ししたとも言える。
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●“近くで買いたい”に応える、生活シーン別カラー戦略
ファミマが優れていたのは、製品開発の前段階で、ターゲットがどのような価値や魅力を求めているかを見極めた点にある。マーケティングで用いられる「STP理論」においても、そのアプローチは特徴的だ。市場の区切り方(Segmentation)は性別や年齢といった属性ではなく、“生活シーン”を基準に設定している。また、ターゲット(Targeting)は、時間や場所に制約のある生活者全般とし、ポジショニング(Positioning)は「コンビニだからこそ手が届く、高品質ベーシックウエア」として打ち出した。
生活シーン別のペルソナの例は、以下の通りだ。
1.在宅勤務の合間の人
画面映えするトップスを、近所で手軽に手に入れたいと考える30代会社員。
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2.週末のスポーツ帰りの人
汗をかいた帰り道に、速乾性のあるロングTシャツに着替えたいフィットネス層。
3.子どもの送迎後の人
保育園帰りに、そのまま公園に行けるような楽なスウェットを買い足したい親世代。
これらのペルソナに合わせ、黒や白、ネイビーといった定番色を軸にしつつ、季節ごとに蛍光イエローやラベンダー色など、鮮やかな差し色を投入するカラー戦略を採用している。
選択肢を絞り込みつつも、“地味”にはならない。その絶妙なバランスが、選択肢が多すぎるとかえって選べなくなるという“選択のパラドックス”をも避け、目的買いにも対応できる色展開を実現している。
●コンビニ衣料を“選ばれる商品”に変えた、4つの戦略軸
ファミマの衣料展開には、マーケティングの基本である「4P(製品・価格・販売場所・プロモーション)」を意識した、きめ細かな戦略が見てとれる。
製品(Product)
素材や縫製はユニクロと同等の水準に設定し、靴下からデニムまで約90種類の商品を展開。
価格(Price)
Tシャツは1490円、スウェットは上下で2990〜3990円と、ファストファッション水準の価格設定で「高品質なのに手頃」感を打ち出す。
販売場所(Place)
都心の小型店でも導線を妨げないよう、入口付近にハンガーラックを配置するなどの工夫をしている。
プロモーション(Promotion)
ブランド立ち上げ時からSNSキャンペーンを展開し、ファッションショー「ファミフェス」で話題化。認知拡大とトライアル促進を同時に狙った。
これらの施策を通じて、コンビニ衣料に対する“急場しのぎ”のものという先入観を払拭(ふっしょく)し、生活者の購買行動に自然に入り込む設計がなされている。
●伊藤忠の調達網と、データ駆動型運営で効率よく
親会社である伊藤忠商事の強みである生地の調達網は、低ロット・高回転の生産体制を可能にし、ファミマの衣料展開を支えている。さらに店舗レベルでは、AIによる自動発注支援なども進めており、食品分野で培った“データ駆動型運営”を衣料領域にも横展開している。
こうした戦略的な仕組みづくりと運営効率の追求により、看板商品である靴下は累計2000万足を超える販売実績を記録。直近では、ショートパンツが累計20万枚、オーガニックコットン吸水ショーツも4万枚を売り上げるなど、派生アイテムのヒットも続いている。これにより、2023年度の衣料売り上げは前年比30%増の100億円超となった。
これら衣料の売上は、店舗当たりの客数や客単価を押し上げる要因としても、ファミマのIR資料で言及されている。
また、環境への配慮という観点でも動きは加速している。ファッション業界では廃棄の多さが課題とされるなか、ファミマは2024年から不要衣料の回収実証実験を開始。回収品は、状態の良いものは海外チャリティに、傷んだものはRENU原料として再生されるスキームを構築した。
こうした取り組みは、SDGsの目標年とされる2030年を待たずとも、「数分の買い物時間を社会貢献に転換できる」という点で、“便利”と“善意”を両立させるハイブリッドな価値提供と言えるだろう。
●「生活インフラ」化を目指す、ファミマの次なる一手
セブン-イレブンは食品強化、ローソンはヘルスケア志向と、それぞれがぶれない軸を持っている。一方、ファミマは「生活そのものを支える存在」になることを目指している。衣料はその序章にすぎない。今後は、家具のリースや家電のサブスク、さらにはメタバース試着サービスなど、リアルとデジタルを横断した“暮らしのOS”として進化できるかが焦点となるだろう。
ファミマが服を売る理由は、「コンビニで買えるものの限界」を変えることで、生活者の時間価値を最大化することにある。食品や日用品で築いた信頼に「着る」が加わることで、ファミマは“最初に想起されるブランド”へと変わりつつある。
コンビニ戦争の次の主戦場は、もはや棚の奪い合いではない。「生活そのものを誰がプロデュースできるか」が問われている。
入口のラックに掛かる衣料こそが、“棚を超えた戦い”の幕開けを告げるのろしなのかもしれない。
【お詫びと訂正:5月22日午前10時29分の初出で、商品の価格や各種施策について誤りがありました。5月22日午後2時、該当箇所を修正いたしました。お詫びして訂正いたします。】
●著者プロフィール:金森努(かなもり・つとむ)
有限会社金森マーケティング事務所 マーケティングコンサルタント・講師
金沢工業大学KIT虎ノ門大学院、グロービス経営大学院大学の客員准教授を歴任。
2005年より青山学院大学経済学部非常勤講師。
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