“光の流体”で曲がった時空をシミュレート 実験室で「人工ブラックホール」の再現へ 海外チームが発表

0

2025年06月24日 08:11  ITmedia NEWS

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia NEWS

写真

 フランスのSorbonne Universiteと米ルイジアナ州立大学に所属する研究者らが発表した論文「Polariton fluids as quantum field theory simulators on tailored curved spacetimes」は、光の流体を制御することでブラックホール周辺の曲がった時空を実験室で再現した研究報告だ。


【その他の画像】


 ブラックホールは光さえも逃げられない天体として知られているが、1974年にホーキングは驚くべき提唱をした。量子力学的効果により、ブラックホールはかすかな光を放射しているというのだ。しかし、この「ホーキング放射」は極めて微弱で、実際の宇宙で観測することは不可能に近い。そこで研究者たちは、実験室でブラックホールに似た状況を作り出そうと考えた。


 研究チームが注目したのは、半導体微小共振器の中で光と物質が混ざり合った「ポラリトン」という粒子だ。ポラリトンの集団は液体のように振る舞い、「光の流体」を形成する。この流体を用いて、曲がった時空を実験的にシミュレートする。以降は、この流体の中を伝わる波があり、音波に似ているため音波で説明する。またこの音波にも伝ぱ速度があるため音速と表現する。


 ここで重要なのは、流体の流れる速度を場所によって変えられることだ。空間光変調器を用いてレーザー光の位相を空間的に制御することで、流体がゆっくり流れる領域と速く流れる領域を作ることが可能。流体の速度が音速を超えると、そこから上流に向かって音波は伝わることができなくなる。これはちょうど、ブラックホールに落ち込んだ光が外に出られないのと同じ状況だ。


 実験では、流体が亜音速(音速に達していない速度領域)から超音速(音速を超える速度領域)に変わる境界(音響的ホライズン)を作り出し、そこでの波の振る舞いを詳しく調べた。重要な発見は、超音速領域で「負のエネルギー」を持つ波が現れることだ。通常、波は正のエネルギーを持つが、流れに引きずられることで特殊な状態が生まれる。この負エネルギー波の存在は、ホーキング放射が起こる条件が整っていることを示している。


 この実験系の優れた点は、さまざまなパラメータを自在に制御できることだ。例えば、亜音速から超音速への変化を急にしたり緩やかにしたりできる。これは実際のブラックホールでは不可能な操作だ。また、波に「質量」を持たせることも可能。質量のない波(通常の音波)から質量のある波まで、連続的に変化させられるのは、この系ならではの特徴だ。


 さらに、音響的ホライズンの内側に密度の低い領域を作ると、そこに波が閉じ込められて共鳴する現象が起こる。これは「準正規モード」と呼ばれ、ブラックホールの近くで起こる特殊な振動に対応する。


 将来的には、時間とともに変化する人工ブラックホールや、回転する人工ブラックホール、ホーキング放射に伴う量子もつれを測定することも期待される。光の流体は、ブラックホール物理学の謎を解き明かすための新しい実験ツールになるかもしれない。


 Falque, Kevin, Delhom, Adria, Glorieux, Quentin, Giacobino, Elisabeth, Bramati, Alberto, and Jacquet, Maxime J. Polariton fluids as quantum field theory simulators on tailored curved spacetimes Phys. Rev. Lett.- Accepted 22 May, 2025 DOI: https://doi.org/10.1103/t5dh-rx6w


 ※Innovative Tech:このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。X: @shiropen2



    ランキングIT・インターネット

    アクセス数ランキング

    一覧へ

    前日のランキングへ

    ニュース設定