写真 ノンバイナリーの子をもつアミア・ミラーさん(59歳)の奮闘記『ノンバイナリー協奏曲「もう息子と呼ばないで」と告白された私の800日』。
突然、子どもからノンバイナリーであることを打ち明けられたアミアさん。ノンバイナリーとは、性自認を男性・女性に当てはめない性のあり方のことをいいます。
息子として育てた子から「男でも女でもないし、男でもあり女でもある」と言われ、すぐには受け入れられなかったといいます。我が子を理解したいという気持ちはあったものの、最終的に受け入れられるまでにかかった期間は800日。この長い月日のなかで、当事者の子をもつ親としての孤独感や苦悩を抱きながらも、「共感」を求めていたといいます。本書の言葉を借りるなら、「親にもアライ(※)が必要」なのです。
インタビュー記事前編では、実際にカミングアウトを受けた当初の心境を語ってもらいました。そして、本記事では「カミングアウト」と「アライ」をキーワードに話を聞きました。
※アライ…「味方」や「同盟」といった意味の英単語だが、この意味から転じてLGBTQ+を理解し、支援する仲間を意味する言葉でもある
理解できないことを認めてあげる
◆カミングアウトを受けた親が、我が子から絶縁されてしまうケースも
――ノンバイナリーの子どもをもつ親として大変だったことはありますか?
アミアさん:私が理解できないことで、子どもから絶縁されてしまうことを恐れていました。一般的にカミングアウトというと、親が子どもを追い出すケースを思い出しますが、実際は子どもたちの方から「理解されないなら、もういい」と絶縁されてしまうことが多くあります。
カミングアウトを受けてから、私は子どもに本音を言えないことに気づきました。その代わりに、自分で調べて学ぶしかないと思いました。そのなかでジェンダー・セクシュアルマイノリティの子をもつ親の会に参加したとき、「そのような気持ちになるのは当たり前のことだよ」と言ってくれて、とても安心したのを覚えています。「理解しなくてもいい。無理に自分に負担をかけなくてもいい」と、子どもたちのために理解しなければならないという考えから抜け出すことができました。
――お子さんと関わるなかで「理解できない」という状態から少しずつ変化が見られたんですね。
アミアさん:「理解しなくてもいい」と思うようになり、それからは気持ちがラクになりました。カミングアウトを受けた当初は悩みましたが、最終的には理解できないことを自分で認めたというか。子どもや当事者のために勉強はしてきたけれど、私自身も助けてもらいたいし、「親にもアライが必要だ」と思うようになりました。
時間はかかりましたが、今はリラックスした状態で過ごせています。子どもを愛する気持ちがあれば、ほかはどうでもいい。「子どもは子ども」と受け入れられるようになりました。
◆世代によって異なる価値観とどう向き合うか
――理解できないことの理由として、価値観の世代差が大きいように感じました。世代間ギャップについて、詳しく聞いてもいいですか?
アミアさん:50代以降の親にとって、今の若者の考え方は理解できないことが多いと思います。「パーティシペーショントロフィー(直訳すると「参加賞」。そこにいるだけでトロフィーがもらえること)」という言葉があるように、今の世代はその人が存在しているだけでいいという考えをもっています。
具体例を挙げると、サッカーの試合では勝ったチームだけがトロフィーをもらいますが、今の20代は、試合に勝たなくても、参加した人みんなが同じように評価されるべきという考えをもっているということ。つまり、努力しなくても評価され、がんばらなくても褒めてもらえるという考え方が当たり前になっているのです。
その結果、仕事でも「時間通りに出勤しなくても、今来たんだからいいじゃない」という考えをもつ若者が増えてきました。親世代からみると「どの立場の人が言っているんだ」とか「どこでそんな決定権を手に入れたんだ」と言いたくなるわけです。自分を大切にすることはいいことですが、それだけでは社会でうまくやっていけません。もう少し現実的に考えるべきだと思いますが、それを言うと「古臭い」と思われてしまうのも事実。なので、この世代間で現れる価値観の違いとうまく向き合う必要があると感じています。
――世代間のギャップを受け入れるために親ができることは何ですか?
アミアさん:勉強はもちろんしていくけれど、最終的には、子ども世代の若者との意見は一致しなくてもいい。こう考えるのに時間はかかりましたが、自分をもう責めていないのでその分気がラクになりました。どの時代にも若者の言葉、行動、パワーが世代間で議論されますが、しばらく放っておくと落ち着く。私はたまたま今回は「若者」の世代ではないのでギャップを大きく感じているのかもしれません。
ジェンダー・セクシュアルマイノリティの子をもつ親の会に参加して、自分が抱いていた感情は決しておかしいことではないし、わからなくて当たり前だと言ってもらえました。一時期、ノンバイナリーについて話したくないし、本も読みたくないし、ずっと寝込んでいたことがありましたが、結局は話す人がいることで救われたと思います。親にも理解や共感を示してくれる人が必要なのです。
◆アライになるためにできること
――アライになるためにできることは何でしょうか?
アミアさん:まず最初に、SNS上で助けを求めている人とつながることです。ここでいう「つながる」というのは、その人に直接会う必要はなく、電話やメッセージで話を聞くなど、自分にできる範囲で支えてあげることです。
同じ経験をしている人でなければ、相手のことを理解するのは難しいですが、寄り添うことはできます。私自身、「悩んでいいんだよ」とか「泣いてもいいんだよ」と言ってもらえるだけで助けられました。
なので、同じ経験をしていなくてもどこかで悩んでいる人がいたら話を聞いてあげてください。そして、悩んでいる人は、寄り添って話を聞いてくれる人が見つかるまで、諦めないでください。
――実際にアミアさんが行動に移してやっていたことはありますか?
アミアさん:とあるママさんコミュニティのなかで、「◯◯がほしいです」という若者たちの要望に応える活動をしていました。この◯◯というのは、ものではなく気持ちです。スーパーなどで買えるようなちょっとしたお菓子に「あなたのことを想っています」といったメッセージを添えて送っていました。なかには、「電話相手がほしい」「今つらいから、今日起きた出来事を話したい」という人もいます。
――本書ではアライを「共犯者」という言葉で表現されていました。
アミアさん:ここでいう「共犯者」は、決して罪を犯しましょうと言っているのではなく、「当事者と一緒になって、もっと大きくてダイナミックな行動を共にできる人」「当事者に寄り添って、もっとレベルの高い、もっと真剣に行動できる人」のことを指します。とても覚悟のいることだと感じる人もいるかもしれませんが、私は「当事者にとって支えが必要なときに後ろから現れる人」くらいの認識でいいと思っています。
その人のニーズに合わせてしか支えることはできないので、何が必要かがわかった時点で、できる範囲で行動するのが大切です。身近な人にクッキーをあげるだけでもいい。当事者が「誰かが自分のことを想ってくれている」「私は忘れられていないんだ」と思えることが、その人の生きがいにつながるのです。
<取材・文/Honoka Yamasaki 撮影/市村円香>
【Honoka Yamasaki】
昼間はライターとしてあらゆる性や嗜好について取材。その傍ら、夜は新宿二丁目で踊るダンサーとして活動。Instagram :@honoka_yamasaki